抄録
【目的】トイレ動作の自立度は自宅復帰に関連すると報告されており、臨床でも「1人でトイレに行きたい」や「トイレに行けるようになって帰ってきて欲しい」等、トイレ動作は御本人やご家族のニードが高い重要な日常生活活動(activity of daily living:以下、ADL)動作の1つである。ADL評価にはfunctional independence measure(以下、FIM)が普及しているが、FIMの判定基準は介助量の指標が主であり、特にトイレ動作項目において時間的要素は曖昧な記述となっている。FIMのトイレ動作項目(以下、トイレFIM)では、下衣の上げ下げと清拭が評価項目となっており、理学療法においてはこの下衣の更衣動作を行うための立位バランスの獲得が要求されることが多い。しかし下衣更衣動作の自立度判定においては大前提転倒をさせないとして様々なバランス評価があり使用されているが、動作の自立に必要な時間因子を含めた評価は少ない。臨床では転倒なしに更衣動作が可能も時間がかかりすぎる場合等もあり、実際の病棟での自立度判定には難渋するケースもよく経験する。そこで今回我々は、脳卒中片麻痺者を対象にトイレ動作における下衣の更衣動作(以下、下衣更衣)時間を計測、身体項目との関連性やカットオフ値の検討を行い、トイレ動作の自立度判定や下衣更衣練習時の目標値作成の一助を得ることを目的とした。【方法】対象は、脳卒中片麻痺者32名(男性25名、女性7名)、平均年齢69.0±13.0歳、下肢Brunnstrom recovery stageはⅥ 6名,Ⅴ 9名,Ⅳ 5名,Ⅲ 9名,Ⅱ 2名であった。対象はトイレFIMにより各々、トイレ自立群 (FIM6以上)20名とトイレ介助群 (FIM5以下)11名の2群に分け検討を行った。評価項目は、立位姿勢での下衣更衣時間の計測、トイレFIM、身体機能としてBerg balance scale(BBS)、10m最大歩行速度(歩行速度)、Timed up & Go test(TUG)を計測し検討に用いた。検討項目は(1)下衣更衣時間と各評価項目の関連性(2)トイレFIM自立群と介助群間における下衣更衣時間のカットオフ値(3)身体機能評価の各参考値における下衣更衣時間のカットオフ値とした。統計は(1)にspearmanの順位相関係数を用い危険率は5%未満とした。(2)(3)にはReceiver Operating Characterristic曲線(ROC曲線)を用いた。【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に則り行い、対象者全員には書面にて本研究の趣旨を説明し同意を得た。【結果】下衣更衣時間とBBS、歩行速度、TUG間には相関が認められた。またトイレFIM自立群と介助群間の下衣更衣時間カットオフ値は10.4秒であった。さらに各身体機能項目の参考値を基準に下衣更衣時間のカットオフ値をそれぞれ算出した結果、BBS45点以上群と未満群で10.4秒、歩行速度0.33m/s以上群と未満群で9.7秒、TUG30秒以上群と未満群で9.7秒であった。【考察】結果よりトイレ動作における下衣更衣時間とバランス・歩行能力間に関連性が認められることから、下衣更衣時間は身体能力を反映する量的な評価となる可能性が示唆された。またトイレFIMにて自立と判定できる対象の下衣更衣時間カットオフ値が10.4秒であったが、対象を院内自立歩行に必要な最低速度と報告されている0.33m/s、転倒の可能性が高まると報告されているBBS45点、ADLに介助が必要とされているTUG30秒を基準に下衣更衣時間のカットオフ値を算出しても各々10秒前後であった。以上よりADL的にも歩行速度やバランスなどの身体機能的にも下衣更衣時間が約10秒と言うことが一つの目安となり、トイレ動作の自立度判定時にFIMや他の評価結果の補助的指標となること、臨床での立位バランス訓練時の目標となることなど、下衣更衣時間が臨床応用できる可能性が示唆された。今後は症例数を増やし、カットオフ値の正診率の向上や多施設間検討、荷重量や筋力値など他身体機能の参考値を検討することも視野に入れ考慮していきたい。【理学療法学研究としての意義】下位更衣時間の時間的検討を行うことでトイレ動作自立に向けた立位評価や練習における参考値となること、またFIMを用いた自立度判定時の補助的な指標となる。