抄録
【はじめに、目的】我々は三次元動作解析装置を用いた片麻痺運動障害の定量的評価法を開発し,臨床応用を始めている.その中に,Stroke Impairment Assessment SetのHip Flexion Test (SIAS-H)と同様の動作課題があるが,課題の遂行に際して,非麻痺側の足で床を強く押し付けながら,麻痺側下肢を挙上させている印象を受けることが多い.今回,非麻痺側の足底支持の有無が麻痺側のHip Flexionに与える影響を検討したので報告する.【方法】対象は,脳卒中による一側片麻痺者で指示理解良好かつ麻痺側股関節の随意運動が可能な27 例とした.そのうち,SIAS-Hが2 点,3 点の20 例を中等度麻痺群(年齢62.6 ± 7.5 歳,男性12 例,発症後日数792.6 ± 667.3 日),SIAS-Hが4 点,5 点の7 例を軽度麻痺群(年齢64.9 ± 6.3 歳,男性4 例,発症後日数156.4 ± 151.9 日)とした.方法は,対象者の麻痺側大腿骨外側上顆(膝)と同側外果(足)にマーカを取り付け,股関節・膝関節90°屈曲位の椅子座位をとらせ,SIAS-Hの課題を指示した.三次元動作解析装置KinemaTracer®(キッセイコムテック社製)を用い,非麻痺側の足底が床面に接地している環境(足底支持あり)と接地していない環境(足底支持なし)における麻痺側下肢の動きを計測した.指標は,膝マーカの鉛直方向への最大移動距離(最大挙上距離,正:上方),膝マーカの側方への最大移動距離(最大側方移動距離,正:外方),膝マーカと足マーカの側方への最大移動距離の差(下腿傾斜量,正:下腿が外方へ傾くことを意味)を算出し,最大挙上距離・下腿傾斜量は各対象者の大腿長で補正した.これら指標を足底支持あり,足底支持なしの2 条件で比較検討した.統計には,対応のあるt検定を用いた.有意水準をp<0.05 とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は本学疫学・臨床研究倫理委員会の承認を得て,全対象者には研究内容を口頭および書面にて十分説明し,書面にて同意を得て行った.【結果】中等度麻痺群における最大挙上距離・最大側方移動距離・下腿傾斜量は,足底支持ありで30.2 ± 16.4%,3.6 ± 2.3cm,39.3 ± 13.6%であり,足底支持なしでは19.9 ± 16.0%,2.1 ± 2.1cm,38.9 ± 14.9%であった.軽度麻痺群における最大挙上距離・最大側方移動距離・下腿傾斜量は,足底支持ありで56.1 ± 8.8%,4.0 ± 1.8cm,33.3 ± 5.1%であり,足底支持なしでは49.8 ± 15.1%,2.1 ± 3.5cm,38.3 ± 8.7%であった.足底支持あり・足底支持なしの比較では,中等度麻痺群における最大側方移動距離に有意差(p=0.044)を認めた.【考察】中等度麻痺群において,足底支持なしで,最大挙上距離・最大側方移動距離は減少,下腿傾斜量はほぼ一致する結果となり,最大側方移動距離にのみ有意差を認めた.つまり,非麻痺側の足底支持があると,麻痺側膝関節が上外方に大きく動く結果となった.これは,非麻痺側の足底を下外方に押した際の反力による骨盤の後傾,麻痺側への回旋などの結果,非麻痺側の足底支持があると,麻痺側膝関節が上外方へ動く現象が生じたと考えられる.また,下腿傾斜量は,麻痺側股関節の運動自体に変化がなかったため,違いが認められなかったのではないかと考えられる.軽度麻痺群では,足底支持なしの場合,最大挙上距離・最大側方移動距離は中等度麻痺群と同様に減少し,下腿傾斜量は,中等度麻痺群と異なり,増加する結果となった.麻痺が軽度の場合でも,非麻痺側の足底を下外方に押し,麻痺側の運動を大きくする傾向があることが示唆された.しかし,下腿傾斜量に関しては,有意差はないものの足底支持なしの方が高い値を示した.つまり,足底支持ありに比べて,足底支持なしでは下腿が外方に傾いている結果となった.この機序については明らかではないが,軽度麻痺群では,非麻痺側の足底支持により麻痺側股関節の外旋を抑制している可能性がある.今回は麻痺側下肢の運動のみに着目したが,SIAS-Hにおける麻痺側下肢の運動に影響を与える因子として,体幹の伸展・側屈運動の影響も考えられる.今後は,非麻痺側下肢の影響だけでなく,体幹・骨盤の運動が麻痺側下肢の運動に与える影響も検討していく必要があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】脳卒中片麻痺患者を対象とした本研究によって,座位における非麻痺側の足底支持が,麻痺側股関節屈曲運動に影響を及ぼす可能性があることが示唆された.麻痺側下肢の運動機能を正確に評価するために,注意すべき点の一つと考えられる.