抄録
【はじめに、目的】すくみ足(freezing of gait:FOG)はパーキンソン病(以下,PDとする)患者の30-60%に発現する運動障害であり,歩行の開始,継続,方向転換時など様々な局面での動作停滞を生じる.FOGは環境に大きく依存し,特に狭い場所を通過する際に頻発することが知られている(Almeida et al. 2011, Shine et al. 2012).また,FOGの発現はPD患者の在宅生活に大きく支障を来すことから,適切な評価と介入による歩行障害の改善策を考案することは極めて重要である.本研究では,間口幅の変化に対する歩行所要時間,ステップ数の関係性を検討することで,PD患者によく観察されるFOG や歩行の停滞といった特性を定量的に評価できる方法を考案することを目的とした.【方法】PDの診断を受けた者13 名を対象として,様々な幅の間口を通過する歩行課題を行わせた.被験者には,開始位置から3mの位置にある間口を通過し,4m先の終了地点まで本人の歩きやすい速度で歩行するよう指示を与えた.間口幅は40,50,60,70,80,90,100cmの7 条件とし,ランダムな順序で各幅2 試行実施した.歩行の様子を後方より映像記録し,間口通過までの所要時間とステップ数を記録した.間口幅に対する両変数の関係性を検討することで,FOGおよび歩行の停滞の発現を定量的に把握することとした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した.すべての参加者に対して研究の内容と想定されるリスク,個人情報の扱いに関する説明を行い,署名による同意を得た.【結果】FOGの有無に限らず全ての被験者において間口が狭くなるほど歩行速度を減少させた上で通過する傾向があり,間口幅に対する所要時間,ステップ数の関係性は,一次直線回帰で良く表現された(歩行時間:r=0.76, ステップ数r=0.74).特にFOGの発現が明確であった被験者3 名においては間口幅の減少に伴う歩行の所要時間の延長,ステップ数の増大が著しく,この特徴は一次回帰式の傾きとして定量的把握が可能であった.【考察】今回,PD患者の歩行特性を把握するための方法として,間口幅を段階的に変化させた際の歩行所要時間とステップ数の関連性を検討し,回帰式の傾きによってFOGの発現とその程度を定量化できる可能性が示された.この計測・分析方法は歩行所要時間とステップ数など,通常臨床場面でよく用いられる評価変数を,間口幅という物理量の変化との関連性から捉えたもので,臨床場面でのPD患者の歩行評価に活用できるものと考えられる.FOGの発現機序は,ドーパミン作動系によって説明できないとされており,薬物療法が効果的でないことも多く,FOGは歩行をとりまく環境や経験,文脈などによって大きく影響を受けている可能性がある.よって,自己身体に対する外部環境の変化を定量的に捉えることで,FOGに影響をおよぼす諸要因の整理,さらには発現機序の推察のための有用な手がかりが得られるものと思われる.今後,今回提案した方法を用いて狭い所を通過する際に生じるFOGの発現機序の考察を深め,歩行能力改善のための介入方法の立案とその効果の定量化,リハビリテーション経過に伴うFOGの改善の程度などを検討していく予定である.【理学療法学研究としての意義】PD患者のFOGの歩行特性を臨床現場で簡便に定量化出来ることは,理学療法の効果判定や在宅における家屋環境設定の指導において非常に意義深いと考える.