抄録
【はじめに、目的】五感とは、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚であり、日常的に情報量として脳がインプットしている割合は、視覚83%・聴覚11%・嗅覚3.5%・触覚1.5%、味覚1.0%となっており、圧倒的に視覚からの情報量が多い。人間は、右眼と左眼の視線を目標に合わせることで、より深い認知、観察を行っている。片眼で見てもそれなりに奥行きはつかめるが、立体感、距離感、方向性、視野の左右対称性など、両眼で同時に見ることで1 +1 が2 ではなく、3 にも4 にも眼の性能が上がる。Vision Training(以下VT)とは、様々な道具や手法を用いて、眼や脳に新しく理想的な習慣をつけさせ、「眼の質や技術」を高めていく学びのプロセスである。眼と体の動きや思考や知能との関係まで掘り下げて追及し、視力だけでなく「視る力」すなわち、視覚全般を判断し、改善していくトレーニングである。今回当院において、対象者へのVT実施が、周辺視・中心視の切り替えをスムーズにし、左右の眼のバランスが整い、患者のパフォーマンス(主に歩行スピード)に影響を及すかを、患者をトレーニング群・コントロール群に分け、10m歩行スピード、歩数、ケイデンス、FIM(運動項目)の値の変化での効果検討を試みた。【方法】対象は、2012 年2 月〜2012 年10 月の8 か月間に当院にて入院加療された患者のうち、整形・CVA患者12 名(男性3 名女性9 名)、平均年齢76 歳(48 〜88 歳)、平均身長152.3cm(143.0 〜173.4cm)、平均体重46.7kg(38.6 〜60.7kg)、MMSE27.6点(24 〜30 点)をトレーニング群・コントロール群と分けた。トレーニング群には、VTを1 ヶ月間実施した。トレーニング群にはブロックストリングという棒に紐とビーズのついた器具を使用し、片眼・両眼で視えているかを判断し、中心視群・周辺視群を分けるために、両眼の間に設置した棒から紐をつたって30cm、60cm離したビーズに焦点が合う患者を中心視群、90cm、120cm、150cm離したビーズに焦点が合う患者を周辺視群とした。さらに、10m歩行、FIM(運動項目)を測定後、VT を実施した。コントロール群には、10m歩行、FIM(運動項目)を測定し、VTは実施せず、一般的な理学療法(歩行、起立・着座訓練、ADL訓練)のみを実施した。統計学的解析には、対応のあるT検定を用いて、トレーニング前後の差を検定した。分析はMicrosoft Excel 2010 分析ツールを使用し、有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】対象には、VT実施時に本学会での発表をさせて頂くことを説明し、同意を得た。【結果】歩数はトレーニング前が平均30.3 歩(10m)からトレーニング後に平均25.3 歩(10m)に、FIM(運動項目)はトレーニング前が平均85 からトレーニング後平均90.5 に向上した。歩数(p=0.046)とFIM運動項目(p=0.02)においてトレーニング群において有意差が認められた。しかし、10m歩行に関してはトレーニング前が平均24.9 秒からトレーニング後平均16.3 秒に、ケイデンスは0.72 から0.66 と数値は向上したが、10m歩行(p=0.06)とケイデンス(p=0.29)においては有意差が認められなかった。【考察】歩数(p=0.046)とFIM運動項目(p=0.02)においてトレーニング群の有意差が認められた。パフォーマンスとして主に歩行スピードが向上するのではないかという仮説から実施した本研究であったが、VTがスピードよりも、同一距離に対しての歩数の減少という効果を及ぼすことが示唆された。これは、視野が拡がることにより、自分の進む方向を視覚で確認しやすくなり、無意識にリスクマネジメントを行い、一歩を大きく出しやすくなったからだと考えられる。FIM運動項目に関しては、視線を目標に合わせることで、段差を認識しやすくなったり、手すりの位置を把握しやすくなったり、動作を大きく行えるようになることに繋がる効果があったのではないかと考えた。【理学療法学研究としての意義】今回はVTの効果を検討した。歩数とFIM運動項目において有意差が認められ、VTが同一距離の歩数の減少やFIM運動項目の向上に効果があることが示唆された。治療の中で、その後のトレーニングに繋がり、患者様の眼が視えていると定量的に判断できる評価法・スクリーニング形式が確立されれば、セラピストにとって患者様と向き合う際の一助となるのではと考え、今回の発表に至った。今後は、評価項目を増やし、より科学的根拠に基づいたトレーニング・評価法としてVTを位置づけられるよう研鑚していきたい。