抄録
【はじめに、目的】高齢者の転倒予防や運動機能改善のための運動介入が各地で実施されており、その効果について検証されている。我々は、Kinectを用いたビデオゲームを作成し、地域在住の高齢者に週2 〜3 回程度、全24 回以上実施し、その結果、下肢筋力が向上したことを報告している。Kinectはマイクロソフト社によって2010 年に発売され、赤外線を使用したDepth sensor やRGB cameraを用いて、motion sensingを行う機器である。Kinectはゲームコントローラーを使用せず、自身の身体の動きをセンサーが感知してゲームの操作を行う事から、運動そのものを手軽に行う事が出来る特徴を有している。高齢者を安全に簡易に評価する機能テストとして日頃の臨床で実施されているファンクショナルリーチテスト(以下、FRTとする)や足趾把握筋力は、動的バランス能力や転倒との関係が報告されている。先行研究では、加齢とともにリーチ距離や足趾把握筋力は減少し、足趾把握筋力の低下が動作に影響すると報告されている。我々は、これまで運動時の姿勢制御において、床面に直接作用する部位として、足底圧の中でも特に足趾圧力に着目して計測を行っており、前方リーチ動作時の母趾圧において、高齢者は若年者と比較して動作時の母趾圧力が低下し、リーチ距離も低下することを報告した。今回、我々はKinectを用いたビデオゲームによる運動介入によって高齢者のリーチ距離やFRT動作時の足趾圧が変化しうるかを検討した。【方法】対象は、地域在住高齢者で医師から運動を禁止されていない24名(年齢71.5±4.8歳、男性8名、女性16名)。ビデオゲームは、マイクロソフトが配布しているKinect SDKを用い作成した。コンテンツはゲームコンテンツ作成ソフトUNITYを用いて上肢用、下肢用のコンテンツを作成した。1 回の運動は約30 分で、準備運動の後、上肢・下肢用ゲームを実施した。運動介入は、週に2 〜3 回、全24 回とし、介入前後に各運動機能評価を実施した。計測項目は、FR距離、最大リーチ時の母趾圧力、足趾把握筋力とした。FRTの動作方法は對馬らの方法に準じて両手リーチとした。安静立位姿勢から両上肢を90° 前方挙上させ、足底接地したまま自分のペースで前方へリーチさせた。このとき、安静立位、両上肢拳上位、最大リーチ位の各肢位を3 秒間保持するように指示した。計測は、足圧計測器(FDM-S:Zebris社製)の上でFRTを実施し、足底圧分布を計測した。その際、3 次元動作解析装置(Cortex:MotionAnalysis社製)で3 次元マーカーデータをPC内に同期させてサンプリング0.1KHzにて取り込んだ。得られたデータから、リーチ距離、最大リーチ時の左右母趾圧力を抽出し、左右合計した値を母趾圧力とした。足趾把握筋力は、足趾筋力測定器(竹井機器工業社製)を用い、左右それぞれ3 回測定し最大値を採用した。リーチ距離は身長にて、母趾圧力と足趾把握筋力は体重にて、それぞれ正規化を行った。統計処理は、IBM SPSS Statistics Ver.19 を用い、介入前後のリーチ距離、最大リーチ時の母趾圧力、足趾把握筋力の比較に対応のあるt検定を用いた。有意水準はいずれも5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】全ての被験者に、事前に本研究の目的と内容を説明し書面で同意を得た。なお、本研究は東北福祉大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:RS1203062)。【結果】介入後、リーチ距離、最大リーチ時の母趾圧力は有意に増加した。足趾把握筋力は左右ともに有意に増加した。【考察】立位における前方リーチ動作時には、前足部への荷重が増大し足趾での支持が必要となり、特に支持作用をもつと言われる母趾の機能が重要である。結果より、介入後のリーチ距離、最大リーチ時の母趾圧、足趾把握筋力に改善がみられた。今回実施したゲームの上肢用コンテンツは、立位にて3 次元に配置されたターゲットを上半身の動きでとらえるものとし、ゲーム実施の際は支持基底面を一定に保持しながら行うように指示した。これにより、支持基底面内に重心を保持する能力が求められ、特に前方に配置されたターゲットにリーチする際には足趾への荷重が必要となり、継続した運動により介入直後困難であったターゲットを取ることが可能となるなど改善がみられた。特に母趾を中心とした足趾への荷重量が増大するのが確認でき、結果として、リーチ距離、母趾圧力の増大につながったと考える。【理学療法学研究としての意義】高齢者の運動機能の改善を図ることは生活の質の維持・改善や転倒予防の観点から、現在の高齢者に対するリハビリテーションに強く求められている。本研究のようにKinectを用いたビデオゲームを高齢者に対する運動介入方法の1 つとして検討していくことは有用であると考える。本研究は平成20 〜24 年度戦略的研究基盤形成支援事業の助成を受けて行われた。