抄録
【はじめに、目的】高齢者の体力が加齢に伴い低下することは,文部科学省が毎年公表している新体力テストの結果からもうかがえる.しかし,柔軟性に関する測定項目は長座体前屈のみでありで,立位で体をそらす伸展(以下,体そりかえり)の柔軟性は評価されていない.体そりかえり動作では、股関節屈筋の伸張と胸腰部の伸展,骨盤の前方移動により,重心を支持基底面内に保つのが通常である.股関節屈筋を充分に伸張できない場合,骨盤の前方移動が困難となり,膝を屈曲して体をそらす代償動作がみられる.それを補正して体そりかえり角度を簡便に測定できれば,胸腰部と股関節の複合的な伸展の柔軟性の有用な指標となるかもしれない.先行研究では,パーキンソン病患者の体幹伸展度を健常者と比較した江口らの研究があるが,体そりかえり角度を地域在住の中高齢者を対象とした新しい柔軟性の指標として用いることは意義があると考える.本研究の目的は,地域在住の中高齢者を対象に,体そりかえり角度の測定を行い,他の身体機能の評価指標との関連性を明らかにすることである.【方法】対象は,平成22年度と23年度にN市で行われた運動指導サポーター養成教室に参加した女性92名(平均年齢67.5±6.0歳)である.参加者自身には日常生活に支障となる障害は特になかった.体そりかえり動作は,肩幅に両足を開いた立位で,両手を胸の前で合わせた開始肢位から,目の高さの前方を見たまま,体をそりかえらせ,数秒止めてから元に戻るという流れとした.「止めて戻れるところまで」「膝はできるだけ曲げないように」「頸をそらさないように」との説明を行い,原則として1回の練習の後に1回で測定した.測定者は被検者の左外側に位置し、安全のため被検者の後方に補助者をつけた.測定の指標は,左の肩峰,大転子,大腿骨外側上顆,外果とし,触診によりその部位を特定し目印のシールを貼付した.測定にはゴニオメーターを使用し,5°単位で読み取った.測定者は,被検者が体を最大にそりかえらせたところで,基本軸を大転子と大腿骨外側上顆を結んだ線,移動軸を肩峰と大転子を結んだ線に合わせて,鋭角の角度を測定し,体そりかえり角度とした.次に,安静立位での膝肢位(伸展角度)と,治療台の上での他動的な膝伸展角度を測定した.これらの測定結果および年齢との間でスピアマンの順位相関係数の検定を行った.また,体そりかえり角度と,Timed Up & Go(TUG)テスト,ジャンプ動作時の下肢筋パワーおよび%標準値,膝伸展筋力,握力,背筋力との間でも同様に相関分析を行った.さらに,体そりかえり角度を目的変数,それと有意な相関関係が認められた変数を説明変数として,回帰分析を行った.いずれも有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,発表者が所属する大学の倫理委員会の承認を受けて実施され,参加者全員に説明の上,書面により同意を受けた.【結果】体そりかえり角度の中央値は35°(範囲15~45°)であり,年齢との相関関係は有意ではなかったが,立位での膝肢位(rs = 0.55,p<0.001)と膝伸展可動域(rs = 0.51,p<0.001)で有意な正の相関関係が認められた.年齢と立位での膝肢位(rs = -0.27,p = 0.003),年齢と膝伸展可動域(rs = -0.17,p<0.015)の間では、有意な負の相関関係が認められた.体そりかえり角度と各種テストとの間では,膝伸展筋力(右,rs = 0.20,p = 0.082;左,rs = 0.24,p = 0.033)で有意な正の相関関係もしくはその傾向が認められたが,それ以外のテストとの相関関係は有意ではなかった.回帰分析では,膝伸展可動域を説明変数とした単回帰分析の結果,膝伸展可動域(x)から体そりかえり角度(y)を予測するのにy = 0.694 * x + 31.1という回帰式が役立つことが認められた(p<0.001).【考察】体そりかえり角度の測定は,簡便にでき,安全に行えるテストとして,地域在住の中高齢者を対象に新しい柔軟性の指標として勧められる.膝伸展可動域の制限が体そりかえり角度の低下と関連している可能性が示唆され,関節可動域測定の重要性が示唆された.本研究の限界は,特に障害のない人たちを対象者とした結果であるということであり,対象者の範囲を拡げたさらなる研究が必要である. 【理学療法学研究としての意義】本研究は,地域在住の中高齢者を対象とした新しい柔軟性の指標として,簡便かつ安全に行える体そりかえり角度の測定を提案し,実践的にその意義を明らかにしたものであり,理学療法学研究としての意義がある.