抄録
【はじめに、目的】 一般高齢者を対象とした介護予防事業における理学療法介入効果は、運動機能が向上したか否かのみで判定することが多い。しかし、向上した運動機能が日常生活活動(ADL)や生活関連活動(IADL)にどのように反映されているのか、についての効果提示も求められている。廃用症候群モデルでは、加齢による運動機能の低下によって、ADL・IADLに困難さを感じ、実施回数の減少、実施不可となり、介護に至るという過程が予想される。したがって、日常生活における活動の困難さ(ADL・IADL困難感)を把握することによって、介護に至る前の予防策を検討できると考える。 そこで本研究では、困難が生じやすいADL・IADLを明らかにし、さらにADL・IADL困難感と運動機能との関係について明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は、保健センターによる介護予防事業(一次予防事業)に参加した60~82歳の高齢者86名とした。対象者には、日常生活上の活動15項目(a.長時間歩行、b.速歩、c.椅子からの立ち上り、d.起き上り、e.更衣、f.床から物を取る、g.整容、h.トイレ、i.入浴、j.階段昇降、k.バス・電車の利用、l.買い物、m.家事、n.外出、o.趣味)について、困難を感じるか否か調査した(ADL・IADL困難感)。また、運動機能測定5項目(上肢筋力の指標として握力、静的バランス能力の指標として片足立位時間、下肢筋力の指標として椅子立ち上がりテスト(CS-30)、歩行能力の指標として最大努力での5m歩行時間(5m歩行)、機能的バランス能力の指標として最大努力でのTimed Up and Go(TUGmax)を実施した。 分析方法について、困難と感じることが多いADL・IADLを特定するために、ADL・IADL困難感15項目ごとに「困難を感じる」と回答した者の割合を算出した。また、ADL・IADL困難感と運動機能との関係を明らかにするために、ADL・IADL困難感15項目ごとに困難を感じている者と感じていない者の2群における運動機能5項目の平均値を比較した(対応のないt検定)。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の趣旨を書面および口頭にて説明し、協力の意思について同意書への署名をもって同意を得た。また、本研究の実施にあたり、保健センターのセンター長からの同意を得た。本研究はヘルシンキ宣言に基づいて実施された。【結果】 ADL・IADL困難感15項目のうち困難を感じている者が多い項目(活動)は、j.階段昇降(44.9%)、b.速歩(38.2%)、c.椅子からの立ち上り(24.7%)、e.更衣(20.2%)、d.起き上り・f.床から物を取る・m.家事(19.1%)の順であった。困難を感じている者が少ない項目(活動)は、g.整容(3.4%)、i.入浴(5.6%)、l.買い物(6.7%)であった。 ADL・IADL困難感15項目ごとの困難を感じている者と感じていない者の運動機能の比較では、b.速歩・d.起き上り・j.階段昇降・k.バス・電車の利用はCS-30・5m歩行・TUGmax、c.椅子からの立ち上り・f.床から物を取る・o.趣味は5m歩行・TUGmax、e.更衣は握力・5m歩行・TUGmax、m.家事・n.外出は握力・CS-30・5m歩行・TUGmaxで2群間に有意差が認められた(p<0.05)。【考察】 一般高齢者はADL・IADLが自立しているため、介護予防事業における理学療法介入ではADL・IADL獲得は目標とならない。本研究において、階段昇降、速歩、椅子からの立ち上り、更衣、起き上り、床から物を取る、家事などに困難を感じている者が多いことが明らかとなったことは、これらの活動に困難を感じないようにすること(楽に行えるようにすること)が理学療法介入の目標となりうることが示された。 ADL・IADL困難感で調査した活動の多くで、困難を感じている者は歩行能力と機能的バランス能力が低下していること、また、階段昇降、バス・電車の利用、家事、外出などのIADLでは、歩行能力と機能的バランス能力の低下に加えて、下肢筋力の低下が明らかとなった。このことより、歩行能力と機能的バランス能力、下肢筋力などを向上させることによって、ADL・IADL困難感を改善させることができる可能性が示唆された。これについては、今後、介入研究によって検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 ADL・IADL困難感は一般高齢者を対象とした理学療法介入の目標となり得ること、また、運動機能を向上させることによってADL・IADL困難感を改善させることができる可能性を示唆したことに意義がある。