抄録
【はじめに】 介護予防の中で、要支援・要介護状態に陥るリスクの高い特定高齢者を対象としたものを二次予防といい、早期発見と早期対処により要支援状態の発生をできる限り防ごうとするものである。この二次予防の対象者の多くが日常生活動作(ADL)は自立しているが、心身の健康状態の悪化や生活機能の低下などを抱えており、生活空間が狭小化しているとされている。また、高齢者の運動機能の低下は日常生活における活動頻度の減少に続いて起こるとされ、運動機能の改善とともに生活空間の拡大が重要とされている。現在、介護予防の効果としては運動機能や転倒恐怖感、生活空間の改善などが報告されている。また、生活空間に関わる要因としては、運動機能や活動能力、心理・社会的要因など様々なものが関連していると報告されている。しかし、特定高齢者の生活空間の拡大に関わる要因を縦断的に検討しているものはほとんどない。そこで今回、心理的要因として転倒恐怖感を用い、特定高齢者を対象とした介護予防前後での生活空間の拡大に関わる要因を運動機能と心理的要因を含めて検討した。【方法】 対象は平成21年から平成24年までの当施設の介護予防に参加した特定高齢者40名(男性7名、女性33名、平均年齢75.1±5.9歳)で、ADLはすべて自立していた。介護予防は週1回×10週、1回90分で、内容は講義・集団運動・自主トレーニング指導を実施した。講義は運動習慣の重要性、転倒や脳卒中の予防について1回10分、計3回実施した。集団運動では筋力増強練習と持久力練習を実施し、負荷量は各参加者の能力に応じて設定した。自主トレーニング指導では冊子を配布し運動方法の指導を行った。評価は介護予防の初回と最終回に実施し、評価項目は運動機能として10m歩行時間(10MWT)、6分間歩行距離(6MD)、Timed Up & Go test(TUG)、30秒椅子立ち上がりテスト(CS30)を用いた。また、転倒恐怖感として日本語版Fall Efficacy Scale(FES)、生活空間としてLife Space Assessment (LSA)を用いた。解析方法は、介護予防前後でLSAが改善したものを改善群、維持もしくは低下したものを非改善群とし、各群間の実施前と実施前後の改善度を比較するために対応のないt検定、またはMann-WhitneyのU検定を用いた。また、各群内の実施前後の比較に対応のあるt検定、またはWilcoxonの符号付き順位和検定を用いた。危険率は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は実施施設長の許可を得て実施し、対象者には本研究で収集される資料の使用意図、個人情報を含めた資料の管理方法、同意の撤回の自由について口頭および書面にて説明し同意を得た。【結果】 実施前の群間の比較では運動機能に差がなかったが、年齢(改善群p77.3±6.1歳、非改善群p72.4±5.8歳)とLSA(改善群p72.9±15.7点、非改善群p91.2±24.5点)に有意な差があった(P<0.05)。実施前後の改善度で群間に差があったのはFESのみであった(改善群p2.3±4.1点、非改善群p-0.7±3.7点、P<0.05)。また、各群内の実施前後の比較では、改善群でCS30(12.3±3.2回、15.8±3.7回)、10MWT(7.0±1.4秒、5.9±1.0秒)、6MD(459±76m、510±60m)、TUG(9.6±1.8秒、7.1±1.4秒)、FES(31.7±4.1点、34.0±5.2点)が、非改善群でCS30(14.2±5.0回、18.0±4.1回)、10MWT(6.4±1.0秒、5.7±0.7秒)、6MD(478±55m、507±50m)、TUG(7.9±1.2秒、6.5±0.7秒)が改善しており、両群とも運動機能は有意に改善していた(P<0.05)。【考察】 実施前の各群間の比較では運動機能に差がなかったが、年齢とLSAで有意な差があった。このことは、運動機能の低下が顕著となる前に生活空間が狭小化していることが考えられ、先行研究と同様な結果であった。また、LSAの改善群と非改善群を比較したとき、各群内では両群ともに運動機能が有意に改善していたが、改善度で群間差があったのはFESのみであった。そのため、ADLが自立しているような特定高齢者の場合、生活空間の拡大には運動機能よりも転倒恐怖心などの心理的な要因がより関与していることが考えられる。今回、心理的要因として転倒恐怖感を用いたが、生活空間に関わる他の要因については十分検討することはできなかった。しかし、特定高齢者の生活空間の拡大に運動機能よりも心理的要因がより関与していた今回の結果は、今後の介護予防において外出の実施状況の確認や、それに影響している問題点の共有などより個別なマネージメントを含めた心理的・社会的なアプローチの必要性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 従来の介護予防では、対象者の運動機能の向上など単一因子のみに焦点があてられることが多かった。しかし、今回の結果から二次予防において、運動機能だけでなく転倒恐怖感などの心理的要因も含めたアプローチを実施することで、より生活空間の拡大に寄与する可能性がある。