抄録
【はじめに、目的】 神経筋疾患に対する呼吸理学療法において,肺活量(vital capacity:VC),通常の救急蘇生バックでの最大強制吸気量(maximum insufflation capacity:MIC),PEEP弁付き救急蘇生バックでのMIC(PEEP lung insufflation capacity:PIC)を比較し,MICよりもPICを得る吸気介助が有用であったという様々な研究が報告されている.今回,神経筋疾患においてVC,MIC,PICの比較をさらに息溜めができるかどうかでair stacking可能群と不可能群に分け,MICまたはPICを得る吸気介助どちらの方法が選択されるべきかを横断的に比較検討した.【方法】 対象は,当院入所中および外来フォロー中のDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)23例,筋緊張性ジストロフィー(MyD)6例,福山型筋ジストロフィー(FCMD)4例の計33例(air stacking可能群23例,不可能群10例)である.呼吸管理状況は,補助換気無し11例,夜間NPPV15例,終日NPPV7例.除外基準は,気胸の既往がある患者,TIPPV患者とした.通常の救急蘇生バックにてMICを測定し,PEEPバルブ付き救急蘇生バックにてPICを測定した.PIC測定は,ポップオフバルブ(60cmH2O)を使用し,PEEPバルブ(20cmH2O)からリークするまで強制的に送気しPEEP弁を外して脱気した値とした.VC,MIC,PIC測定は,フェイスマスクに直接簡易流量計を装着し,全て同条件になるように配慮を行った.統計解析は,分割プロットデザインの分散分析を用い,下位検定としてMann-WhitneyのU検定,Bonferroniの方法を選択した.統計ソフトSPSS17.0J for Windowsを使用し,検定における有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究実施においては、対象者に発表の趣旨を十分に説明し同意を得た上で行った.【結果】 分割プロットデザインの分散分析から交互作用(p<0.001)に有意差を認め,VC,MIC,PICの3群間(p<0.001),及びair stacking可能,不可能の2群間(p<0.05)にも有意差を認めた.下位検定からair stacking可能群においてVCとMIC間(p<0.001),VCとPIC間(p<0.001),に有意差を認めたが,MICとPIC間には有意差を認めなかった.air stacking不可能群においては,VCとMIC間に有意差を認めなかったが,VCとPIC間(p<0.001),MICとPIC間(p<0.001)に有意差を認めた.【考察】 air stacking不可能群において,PICを得る吸気介助を選択する方が,PEEP弁によりair stackingを代償するためMICを得る吸気介助よりも有用性が高いと考えられる.また,air stacking不可能な患者に対して,通常の救急蘇生バックやカフアシストなどを用いた深吸気介助では,吸気量を測定することは不可能であるが,PEEP弁付き救急蘇生バックを用いることによって吸気量を測定することが可能となる点でも有用な方法であると考えられる.air stacking可能群においては,MICとPIC間に統計学的な有意差を認めなかったもののair stacking可能群23例中15例はMICと比較しPICが低値となった.また,PICを得る吸気介助は,PEEP弁でair stackingを代償するため咳嗽に直接結び付きにくいことがある.これらからair stacking可能群には,症例に応じた評価が必要ではあるが,PICよりもMICを得る吸気介助を選択する方が,有用性が高いと考えられる.【理学療法学研究としての意義】 air stackingが困難な患者において通常の救急蘇生バックを使用した呼吸理学療法ではMICを得ることが難しい場合がある.PEEP弁付きの救急蘇生バックを用いることによって通常の救急蘇生バックよりも吸気量を得ることが可能となり,さらに吸気量を測定することも可能である.しかし,air stackingの評価が必要であり,本研究は,臨床上MICまたはPICを得る吸気介助どちらの方法を選択するべきかを評価する上で有益な情報になると考えられる.