抄録
【はじめに、目的】コリジョンスポーツは激しい身体接触を伴うことで傷害も発生しやすい傾向にあり,そのなかでもラグビーフットボール(以下,ラグビー)は代表的なスポーツである.特に頚部傷害においては過去に頚髄損傷などの重大事故が発生した経緯もあり,必要十分な傷害予防対策を講じることはスポーツ理学療法分野における責務である.その傷害予防対策の中で頚部画像検査は重要な手段の1つであると考える.コリジョンスポーツ選手の頚部画像検査に関する報告は数多く存在し,その特徴が示されてきた.しかしながら,このような報告は本邦ではアメリカンフットボール選手を主に対象としており,ラグビー選手のみを対象とした報告はいくつか散見されるのみである.さらに,競技歴の長い大学トップレベル選手を対象とした報告はその中に見当たらない.そこで本研究では大学トップレベルのラグビー選手に対してメディカルチェックとして実施した頚部画像検査の所見をまとめ,その特徴を明らかにすることを目的とした.【方法】対象は,全国大会出場レベルのチームに所属する大学男子ラグビー選手で,シーズン終了後に検査が可能であった44名とした.いずれも検査時に頚部傷害を生じていなかった.なお頚部傷害は,シーズン中の練習あるいは試合で生じた頚部や頚部に起因する症状を伴うもので,受傷に伴い受傷日以降に練習や試合への参加が不可能となった場合と定義した.頚部画像検査は頚部MR撮像による頚椎椎間板変性・椎間板ヘルニア,また頚椎X線撮像による骨棘および前縁剥離(以下,骨性所見)・頚椎アライメント・椎間孔/椎体高比・Pavlov比の診断および計測を実施した.いずれも撮像は放射線技師1名,診断は整形外科医1名が行った.解析において,シーズン中に頚部傷害が生じた選手群を受傷群,頚部傷害が生じなかった選手群を未受傷群として,2群間で比較検証した.統計処理として,SPSS statistics 17.0 を用い,各項目に対し単変量解析を実施した.なお有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は筑波大学人間総合科学研究科倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:22-55).【結果】受傷群は未受傷群と比較して,骨性所見陽性の割合が有意に高く(陽性率,受傷群:70.0% vs. 未受傷群:23.5%,p<0.05),椎間孔/椎体高比で有意に低値を示した(平均値,受傷群:0.55±0.03 vs. 未受傷群:0.60±0.06,p<0.01).また他の項目として,脊柱管狭窄(Pavlov比0.8未満)は受傷群:60.0% vs. 未受傷群:55.9%,非前弯型頚椎アライメントは受傷群:80.0% vs. 未受傷群:82.4%以上,頚椎椎間板変性は受傷群:30.0% vs. 未受傷群:39.4%であり,頚部傷害の有無に関係なく比較的高率に頚椎退行性変化が存在することを示した.【考察】一般に骨性所見陽性や椎間孔狭小は1回の外傷だけではなく,骨強度が十分でない時期や高強度かつ反復的な負荷に伴い生じ易い背景(舟木.2002) (Swärd.1993)から,受傷群における頚椎退行性変化は,今回の頚部傷害発生時に限らず,より早期に既に生じている可能性が考えられる.また両群で高率に認められた脊柱管狭窄・非前弯型頚椎アライメント・頚椎椎間板変性は頚部傷害に関係なく,大学トップレベルのラグビー選手における特徴であり,各個人の既往やプレイスタイルが反映されていると推察される.今後は更に各世代・各レベルの対象を調査することにより,頚椎構造破綻の進行度が高い世代・レベルを確認でき,傷害予防策の介入や啓蒙が効果的および効率的に行えると期待する.【理学療法学研究としての意義】スポーツ理学療法分野における重要な課題の1つに競技者の傷害予防が挙げられる.特に,メディカルチェック時に行われるラグビー選手の頚椎画像検査は頚部傷害の発生危険度が高い選手を抽出するために重要である.ラグビー選手における頚椎画像所見の報告の多くが,競技レベルや諸条件を提示していない場合があり,比較検証を行うには十分な資料となるには至らない.一方,本研究では全国大会出場レベルの大学ラグビー選手を対象としており,得られた結果は今後同じレベルの選手を検査する際の指標となる点で非常に意義があると考えられる.