理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: F-P-01
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ポスター発表
脳卒中後のContraversive pushingに対する直流前庭電気刺激の即時的効果
1症例による予備的検討
中村 潤二湯田 智久喜多 頼広徳久 謙太郎岡田 洋平庄本 康治
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抄録
【はじめに、目的】 Contraversive pushing (Pushing)は脳卒中後に出現し, 多くの場合, 経過とともに消失していくが, 残存する症例もみられる.Pushingはリハビリテーションや日常生活活動の阻害因子となり, 入院期間を延長させることが報告されている. Pushingの機序は明らかではないが, 視覚や前庭感覚の不適合による身体の垂直定位の障害であることが報告されている. Pushingに対する有効な治療法は明らかではないが, Pushingの治療戦略として, 垂直感覚の偏移を修正するために姿勢制御に関わる様々な感覚に焦点を当て, 垂直知覚を修正する必要があるとされる. 姿勢制御は視覚, 体性感覚, 前庭感覚に依存する. 前庭感覚を刺激する方法として, 直流前庭電気刺激(Galvanic vestibular stimulation: GVS)がある. GVSは両側乳様突起に設置した電極から直流電流を通電し, 前庭器官を刺激する電気刺激法であり, 実施することにより陽極側への身体傾斜が生じる. GVSを脳卒中後の空間無視やパーキンソン病の姿勢異常に対して実施し, 軽減したとの報告が散見される. 近年, GVSをPushing症例に実施した報告があるが, 有意な改善は得られなかったとしており, Pushingに対するGVSの効果は明らかではない. 本研究の目的はPushingを呈する脳卒中患者一症例に対してGVSを実施し, 即時的な効果を調査することとした.【方法】 対象は多発性脳梗塞により左片麻痺およびPushingを呈した80歳代女性であった. 発症後4ヶ月を経過していた. 下肢の運動麻痺はBrunnstrom recover stageにてIIIであった. 感覚障害, 空間無視はなかった. 認知機能はMini-Mental State Examinationにて24点であった. PushingはScale for contraversive pushingにて1.5点であった. 立位は四点杖を使用し見守りであり, 歩行は四点杖を使用し中等度介助であった. GVSは両側の乳様突起に自着性電極を貼付して行った. GVSには直流電流を用いた. 刺激強度は感覚閾値の80%とした. 極性は左乳様突起を陰極とした. 刺激時間は20分間とし, 車椅子坐位にて実施した. GVS実施中および実施後には疼痛やめまいなどの不快感の有無について聴取した. 評価はPushingの評価としてBurke Lateropulsion Scale (BLS)を用いた. また立位バランスの評価として重心動揺計(ゲートビュー UGA-526, メディカ社)による開眼および閉眼静止立位を測定した. 測定項目は外周面積, 総軌跡長とした. 測定は四点杖を使用し, 近位見守り下で10秒間測定した. 評価はGVS前, GVS開始から10分後のGVS実施中, GVS終了後, GVS終了後2週間後とした. BLSはGVS実施中には測定しなかった. 【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は研究実施施設長および主治医の許可を得た上で実施した. 対象者には本研究の目的について説明し, 自署による同意を得た後に実施した. なお, 本研究はヘルシンキ宣言に基づき, 対象者の保護に十分留意して実施した.【結果】 BLSはGVS前が8点であった. GVS終了後は6点であり, 立位、歩行項目が減少した. 2週間後は8点であった. GVS前, GVS中, GVS終了後, 2週間後の開眼立位での外周面積はそれぞれ51.7mm², 16.5mm², 23.0mm², 23.0mm²であり, 総軌跡長は93.6mm, 53.1mm, 50.9mm, 53.8mmであった. 閉眼位では外周面積は109.8mm², 31.6mm², 50.2mm², 28.7mm²であり, 総軌跡長は154.6mm, 67.9mm, 76.2mm, 80.3mmであった. 疼痛や不快感などの副作用はみられなかった.【考察】 今回, 安全にGVSを実施でき, 実施前に比べ実施後にBLSの改善がみられた. また健常者に対してGVSを行うと実施中の重心動揺が増大するが, 本症例は実施中に重心動揺が最も軽減し, 実施後も軽減していた. また前庭感覚や体性感覚に依存する閉眼立位においても重心動揺が軽減したことから, GVSによる前庭感覚入力がPushingの即時的改善に寄与した可能性がある. GVSは陰極側の前庭器官の活動を高め, 陰極側への回転錯覚を生じさせ, それとともに陽極への身体傾斜が生じると考えられている. またGVSは極性に依存した垂直知覚の修正をすることが可能であるとされており, 用いたGVSは麻痺側を陰極としたことから, 陽極側である非麻痺側方向への身体傾斜の修正に関与し, Pushingが即時的に軽減した可能性がある. 今回2週間後にBLSの改善は維持しなかったが, 1回の介入であり, 反復的なGVSの効果についても調査する必要がある. また症例数の蓄積やsham刺激によるプラセボ効果の影響を検討していく必要がある. 【理学療法学研究としての意義】 Pushingに対する治療は有効な治療法は明らかではない. 今回は1症例の即時的な変化ではあるがGVSを実施することによりPushingが軽減したことは, Pushingに対する新たな治療法となる可能性がある.
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© 2013 日本理学療法士協会
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