抄録
【はじめに、目的】近年高齢化社会に向けて認知症予防や認知症の進行を遅らせるために、運動療法が効果的であると言われているが、科学的なデータは不十分である。認知症の症状も幅広く、様々な症状を有するので認知症の研究は困難を極めているのが現状である。今回、認知症の中でも特に発症率が高く治療法や予防法が確立していないアルツハイマー病に着目し、アルツハイマー病の直接的な因子ではないが、晩発性家族性アルツハイマー病で保有率が高く、遺伝的危険因子のひとつであるApolipoproteinを組み込んだマウスを用いて、行動学的評価や海馬の神経細胞数に着目し、研究を行ったので報告する。【方法】実験動物として、アルツハイマー病の強力な遺伝的危険因子であるApolipoproteinE4 を保有しているAPP/E4 マウスとコントロールとしてAPP/E3 マウスを使用した。まず、APP/E4 マウス7 匹とAPP/E3 マウス9 匹の行動学的評価を行うために、SMARTビデオ行動解析システム(バイオリサーチセンター製)を使用し、50cm× 60cmのケージに一定時間慣らした後、2 時間ビデオで撮影し、2 時間の総移動距離、静止時間、平均速度(静止時間抜き)の3 項目について分析した。次に、組織学的変化を検討するために、60 週齢のAPP/E4(E4 正常マウス)8 匹・APP/E3 マウス(E3 正常マウス)5 匹、12週齢時に片側の総頸動脈を結紮し脳血流量を意図的に低下させ60 週齢まで通常飼育したAPP/E4(E4 閉塞マウス)11 匹・APP/E3 マウス(E3 閉塞マウス)6 匹の計30 匹、4 群の脳を摘出し、4%パラホルムアルデヒド燐酸緩衝液(ph7.4)で一晩浸漬固定した後、パラフィン包埋を行い、厚さ4 μmの連続冠状断切片を作製した。ブレグマから尾側約2mmの切片をNissle染色し、海馬CA1・CA2・CA3 領域(各50 × 285 μm)の神経細胞数を計測した。統計学的検定には、行動学的評価はF検定後対応のないT検定を行い、また神経細胞数は一元配置分散分析を行い、その後多重比較検定を実施した。有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、鹿児島大学動物実験委員会の承認を得て実施した。【結果】行動学的評価の結果、2 時間の総移動距離、静止時間、平均速度(静止時間抜き)の3 項目全てにおいてAPP/E4 マウスとAPP/E3 マウスの2 群間に有意な差はみられなかった。しかし、2 時間の総移動距離がAPP/E4 マウスは384.7 ± 118m、APP/E3 マウスが352.1 ± 131mとAPP/E4 マウスが多く動く傾向にあった。一方、静止時間はAPP/E4 マウスが67.6 ± 19.2 分、APP/E3 マウスが63.5 ± 11.3 分であり、また、平均速度はAPP/E4 マウスが9.0 ± 0.6cm/sec、APP/E3 マウスが9.1 ± 2.5 cm/secと、APP/E4 マウスの方が静止している時間が長く、また移動速度も遅い傾向にあった。海馬の神経細胞数は、CA1・CA2・CA3全ての領域においてE4閉塞マウスが他3群と比較し、有意に神経細胞数が減少していた。E4正常マウスは、E3 正常マウス・E3 閉塞マウスと比較し、海馬全領域で神経細胞数が減少傾向にあったが、有意差はみられなかった。【考察】今回の結果より、行動学的評価では、ApolipoproteinE4 を保有するだけでは、有意な異常行動や活動に差はみられなかった。しかし、APP/E4 マウスでは静止時間が長い傾向や平均速度が遅い傾向があり、今後もっと高齢のマウスや脳血流量を低下させたモデルでは何かしらの特異的な症状が出る可能性が示唆された。また、海馬の神経細胞は、ApolipoproteinE4 を保有することでE3 蛋白保有マウスと比較し神経細胞数が減少する傾向にあり、かつ脳血流量を低下させると有意に神経細胞脱落が生じることがわかった。このことは、脳血流量低下がアルツハイマー病のトリガーになっている可能性は先行研究でも言われており、今回の結果はこれを裏付ける結果となった。今回は、匹数も少なくTau蛋白やアミロイドβ蛋白の蓄積等、アルツハイマー病の特異的な病理学的変化については検討していないため、今後これらの蛋白含有率についても検討していきたい。また、両マウスに運動介入を行うことで、アルツハイマー病と運動介入効果についても検討していきたい。【理学療法学研究としての意義】認知症患者さんへの運動介入効果は、ヒトを用いた臨床研究でも一定の効果が言われている。しかし、ヒトの研究では合併症や社会的因子など個々での差が大きく、さまざまな因子が絡み合い複合的な面が考えられ、運動介入を行うことで何故効果的なのか分子レベルで検討することは困難である。そのため、認知症様のマウスの確立は、我々理学療法士が病態を理解するとともに、運動介入等行い、客観的に効果を立証することができ、そのことは理学療法エビデンスの確立に繋がると考える。