抄録
【はじめに、目的】臨床では組織損傷がないにもかかわらず痛みが持続する慢性痛患者に対して理学療法を行うことは少なくない.このような慢性痛は,ギプスや装具での固定,麻痺などによって不動化されることで末梢からの刺激入力が減少することが影響していることが示唆されている.さまざまな不動化に対する研究がなされている中,我々の研究室では,ラット足関節の不動化前のトレッドミル走では,皮膚痛覚閾値,筋圧痛閾値の結果から皮膚・筋ともに痛覚閾値の低下を抑制する効果が得られたことを報告している.一方,不動期間中にトレッドミル走を行い皮膚痛覚閾値を調べた結果,むしろ痛覚過敏を助長してしまった.これらはトレッドミル走のような強制運動による理学療法効果であるが、非強制的な自動運動を用いた報告はされていない。また,Nishigamiらは手関節不動化ラットの後根神経節(以下,DRG)において,神経伝達物質であるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(以下CGRP)の中型細胞(Aδ線維と考えられる)が増加したことが慢性痛発生に影響している可能性を報告している.よって我々は,不動期間中の自由運動が不動化によって生じる痛覚過敏に及ぼす影響とCGRP含有細胞との関係性について検討した.【方法】8 週齢のWistar系雄ラット13 匹(開始時体重;約225g)を無作為に両後肢の足関節にギプス固定を行うG群とギプス固定を行わないコントロール群(以下C群,7 匹右7 肢;n=7)に振り分けた.G群はさらに自由運動を行う両足固定群(以下F-G群,3 匹6 肢;n=6)と自由運動を行わない両足固定群(以下N-G群,3 匹6 肢;n=6)に振り分けた.F-G群,N-G群は足関節最大底屈位で足趾基部から膝関節まで非伸縮性テープを巻き,その上にギプスを巻いて固定した.自由運動を行うF-G群は15 分間の自由運動時間を設け,自由運動させた.自由運動実施期間はギプス固定期間中,週5 日間とし,F-G群・N-G群の固定期間は4 週間とした.飼育期間中の週5 日,ギプス固定を一時的に除去し,体幹をつるした状態で足底部に自作のvon Frey filament(VFH)刺激を行い,逃避反応から皮膚痛覚閾値を測定した.また,圧刺激鎮痛効果測定装置を用いて下腿内側部の筋圧痛閾値を測定した.得られたデータは,各肢で1 週間ごとに平均し,その値を各期間の代表値とした.飼育終了後,イソフルラン麻酔下で灌流固定し,L4-6 のDRGを取り出し,CGRPの免疫染色を行った.顕微鏡から得られた神経細胞画像はパーソナルコンピューターに取り込み,直径を算出し,直径600 μm以下の小型,600 〜1200 μmの中型,1200 μm以上の大型に分類し,全細胞数に対するCGRP含有細胞比率を算出した.皮膚痛覚閾値と筋圧痛閾値の各群間比較には対応のないt検定を用いた.CGRP含有細胞比率の各群間における統計処理には一元配置分散分析を用い,その後Tukey法を用いて多重比較検定を行った.全ての統計手法の有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,本学の動物実験委員会の承認を受けて行った.【結果】皮膚痛覚閾値は,4 週目ではN-G群21.67 ± 4.55g,C群26.18 ± 2.23g,F-G群25.58 ± 2.69gとなり, F-G群に比べてN-G群は低下傾向を示した(p=0.05).筋圧痛閾値は,4 週目ではN-G群132.93 ± 15.78g,C群256.78 ± 10.31g,F-G群150.54 ± 10.57gとなり,F-G群に比べてN-G群が有意に低値を示した(p<0.05).CGRP含有細胞比率は,N-G群は小型が7.20 ± 4.20%,中型が3.26 ± 1.16%,大型が0.50±0.38%であった.C 群のそれは順に4.91±1.79%,2.15±1.91%,1.14±0.69%であり,F-G 群のそれは順に1.68±0.72%,1.22 ± 0.23%,0.47 ± 0.44%であった。C群に比べてN-G群では小型細胞・中型細胞において増加傾向を示し,N-G群に比べF-G群では小型細胞において有意に低値を示した(p<0.05).【考察】皮膚痛覚閾値・筋圧痛閾値は不動化により低下し,CGRPは小型・中型細胞で増加した.これは,手関節を不動化することでCGRPが中型細胞で増加し,痛覚閾値の低下に関与するという先行研究の報告と類似した結果であった.我々の研究室の先行研究では,不動化中のラットにトレッドミル運動を行わせたところ疼痛閾値が低下し,CGRP含有細胞が増加傾向を示したが,本研究では自由運動を行わせたことで疼痛閾値の低下は緩和され,CGRP含有細胞率は有意に減少した.本研究により,自由運動を行うことで疼痛発生がある程度抑制されることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究からも,不動化によって疼痛が発生することが確認できたが,発生する疼痛は運動させることで緩和され,その強度は疼痛自制内で行える自由運動が効果的であることが示唆された.