理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: A-S-07
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セレクション口述発表
高齢者における歩行速度を遅くした際の歩行のばらつきの変化と身体機能との関連性の検討
三栖 翔吾浅井 剛土井 剛彦堤本 広大澤 龍一平田 総一郎小野 玲
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抄録

【はじめに、目的】高齢者は歩行速度を遅くすることで生活環境に適応している。例えば、不整地での歩行や考え事をしながらの歩行などにおいては、歩行速度を遅く調整していることが報告されている。このように、歩行速度を遅くする際にも歩行の安定性を維持することは、高齢者の歩行能力の中でも重要なものであると考えられる。しかし、高齢者の歩行に関する研究の多くは通常速度での歩行について検討したものであり、速度を遅くした際の歩行について検討したものはあまりみられない。高齢者の中でも身体機能が低下している者は、身体活動量の低下によりさらなる障害発生を生じる危険性が高く、理学療法の対象となることも多い。そのような高齢者においては、身体活動量の維持のためにも安定した歩行を行うことが非常に重要となる。そこで、本研究では歩行の安定性を示すとされる歩行のばらつきに着目し、目的を、身体機能が低下している高齢者が歩行速度を遅くした際の歩行のばらつきの変化は、身体機能が維持されている高齢者における変化と比較して異なるのかどうか検討することにより、身体機能が低下している高齢者の歩行能力の特徴を明らかにすることとした。【方法】対象は、地域在住高齢者34 名 (平均年齢77.5 ± 8.4 歳、女性 19 名) であり、Short Physical Performance Battery (SPPB) の得点により、カットオフ値を10 点として、身体機能低下群および身体機能維持群の2 群に分けた。対象者は、3 軸加速度センサを内蔵する小型センサを踵部に装着し、Normal条件、Slow条件、Very Slow条件の3 種類の歩行速度条件にて歩行を行った。得られた各条件での加速度データより、歩行のばらつきを示す指標の一つであるstride時間の変動係数 (stride time variability: STV) を算出した。さらに、速度が遅くなればなるほど歩行のばらつきは大きくなることが明らかとなっているため、速度の変化量が歩行のばらつきの変化に及ぼす影響を取り除く目的で、単位速度変化あたりのSTV変化 (STV変化率; 条件間のSTV変化 / 条件間の歩行速度変化) を算出した。STV変化率は値が大きければ大きいほど、歩行速度を一定量遅くした際の歩行のばらつきの増大が大きいことを示す。統計解析は、条件間でのSTVの変化の程度が2 群間で差が生じているのか検討するために、Wilcoxon順位和検定を用いて群間比較を行った後、従属変数をSTV変化率、独立変数を身体機能 (身体機能維持群、身体機能低下群) および、年齢、性別、Mini-Mental State Examinationの得点とした重回帰分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は神戸大学大学院保健学倫理委員会の承認を得た後に実施した。事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し同意を得た者を対象者とし、ヘルシンキ宣言に基づく倫理的配慮を十分に行った。【結果】対象者は、SPPBの得点より14 名の身体機能低下群 (平均年齢83.6 ± 5.8 歳、女性 10 名) と20 名の身体機能維持群 (平均年齢73.3 ± 7.2 歳、女性 9 名) に分けられ、身体機能低下群の方が有意に年齢は高かった。また、身体機能低下群は身体機能維持群に比べて、Slow条件とVery Slow条件間およびNormal条件とVery Slow条件間におけるSTV変化率が大きくなっていた (ともに p < 0.01)。重回帰分析の結果、全ての条件間のSTV変化率において身体機能との有意な関連性がみられた (Normal条件からSlow条件へのSTV変化率に対する身体機能の標準β = 0.57, p = 0.01、Slow条件からVery Slow条件へのSTV変化率に対する身体機能の標準β = 0.68、p < 0.01、Normal条件からVery Slow条件へのSTV変化率に対する身体機能の標準β = 0.85、p < 0.01)。【考察】本研究の結果より、身体機能低下群は身体機能維持群に比べ、歩行速度を遅くした際のSTVの増大が大きくなることが示唆された。つまり、身体機能が低下している高齢者が歩行速度を遅くすると、歩行のばらつきが大きく増大し、歩行が急激に不安定となることが明らかとなった。通常歩行速度より歩行速度を遅くすると、下肢の自動的な動きは失われ,規則的で安定した歩行を維持するために下肢の動きを制御する必要性が大きくなる。したがって、身体の制御機能に問題を有すると考えられる身体機能低下群は、歩行速度を遅くした際の身体の制御を適切に行うことが困難であったのではないかと考える。日常生活場面において歩行速度を遅くする場面も多くみられることから、身体機能が低下している高齢者の安全な身体活動量増大のためには、通常歩行速度での規則的で安定した歩行を獲得するだけではなく、歩行速度を遅くした際にも歩行の規則性をできるだけ維持する必要性があることが考えられた。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果は、身体機能の低下が生じた高齢者に対して理学療法を行っていく上での有益な情報となると考える。

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© 2013 日本理学療法士協会
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