抄録
【目的】 エコノミークラス症候群(ECS)は,飛行機のエコノミー席のような狭小な空間および低温環境下において,深部静脈血栓が出現し,塞栓症を引き起こす疾患である.ECSは,災害時の避難中でも二次的健康被害として発生している.対策としては,水分摂取,飲酒を避ける,下肢の運動,血流を妨げるようなきつい服装を避けるといったことが挙げられている. ECSに対する運動療法として,古典的には背臥位で行うバージャー・アレン体操などが知られている.しかしながら,狭小な空間や背臥位のとれない場所において実施可能で,有効な運動療法の条件をRCTで検証したものは少ない. 本研究の目的は,表在伏在静脈において長時間低温曝露下で静脈還流回復時間(VRT)が異常値(短縮もしくは遅延)を示すことを利用して,ECSに近い状態を作り出し,その改善を図るために有効な運動において,足部の運動を設定し,抵抗の有無,運動のスピード,ウィンドケセル現象(心拍数に同期させた筋収縮に伴う血流加速現象)の利用の有無の3条件について,最も有効な運動を安静対照群と比較して明らかにすることであった.【方法】 参加基準は循環器系疾患の既往のない男性,除外基準は1日に10本以上の喫煙者,前日に2400kcalを超える身体活動量にあった者および飲酒した者とした. 参加者はソーシャルメディアによる研究参加の呼びかけに応じた大学生,健常成人男性53名.平均年齢21±0.7(歳),平均身長173±5.5(cm),平均体重68±10.3(kg),平均BMI22±3.0(kg/m2)であった. アウトカムは,運動療法終了6分後の各VRTから正常化した割合とした.最も効果が出現した群の有無を検討した.エンドポイントは9分を越えて回復しない場合は測定を終了した.測定には,フォトプレチィスモグラフィ(ES-100V3,HEDECO社)を用いて静脈環流量を求めた.その他,血圧,外果・内果を結ぶ中央線から3cm脛骨の右寄りの表面皮膚温(足背動脈表面皮膚温),SPO2を測定した.被験者の右踵からおよそ10cm上の下腿伏在静脈にてVRTを測定した. 全身寒冷曝露は室温22℃下で行った.被験者は股関節・膝関節屈曲90°で足底を床面に接地した端座位にて,60分間の全身寒冷曝露を受けた.実験中は刺激の少ないアニメ映像を視聴させた.これらにより,VRTが30秒未満または60秒より大きい異常を示す疑似的エコノミークラス症候群状態(ES)を作り出した.ESにある被験者を3条件群および対照群に割り付け,介入を実施した.対照群(C群)(10名) ,抵抗運動群(R群)(11名),低速運動群(L群)(9名),高速運動群(H群)(12名),ウィンドケセル現象利用群(W群)(11名),の5群を設定した.運動内容はすべて座位にて1分間行わせた.R群は10RMの10%を足関節底背屈方向に最大ROMで60回/minで行わせた.L群は同様に無抵抗にて30回/minで行わせた.H群は60回/minで行わせた.W群は安静時の心拍数を1分間あたりの回数として行わせた.メトロノームをそれぞれの回数に合わせてセットし,測定者が運動数を数えながら実施した.C群は曝露後,安静座位を20分間とらせた.統計解析はR(version 2.8.1)を用いて,改善率に対してフィッシャーによる直接確率法,一元配置分散分析およびBonferroniによる多重比較を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 参加者にはヘルシンキ宣言に従って書面及び口頭にて研究の目的と内容を説明し,研究参加の同意を得た.【結果】 運動療法終了6分後におけるVRTの改善効果はC群の改善率は11.1%(1/9名)に対してL群は22.2%(2/9名),H群は0%(0/10名),R群は0%(0/10名),W群は30%(3/10名)を示した.W群はC群と比較して,有意(p<0.05)に改善した.また,足背動脈表面皮膚温の変化では,W群はC群と比較して,有意(p<0.05)に上昇した.【考察】 C群と比較してW群でVRTが改善する方向で有意に変化した理由として, 足背動脈表面皮膚温の上昇する方向に有意に差が認められ,ウィンドケセル現象を利用することによって動脈血管を締め付けない程度の筋収縮が生じ,それに伴い静脈血管も締め付けられなかった可能性がある.そのため動脈血管と静脈血管のポンピングによってVRTの増加がみられたと考える. C群と比較したL群やH群,R群でVRTの改善がみられなかった理由として,足背動脈表面皮膚温の上昇が認められなかったことから,動脈血管を締め付けてしまうほど下腿の筋収縮を引き起こした可能性がある.これに伴い,静脈血管も締め付けたため,VRTの改善がみられなかったのではないかと考える.【理学療法学研究としての意義】 本研究の意義は座位で簡便に行える運動条件の内,ウィンドケセル現象を利用すると,静脈還流回復時間の改善効果が確認されたため,エコノミークラス症候群の予防に繋がる実装性のある運動療法の開発に役立つものと期待される.