抄録
【はじめに、目的】乳がんは5年生存率が比較的高く、Quality of Life(QOL)の維持、向上も視野に入れた長期的なサポートが重要となるが、QOLに関する報告は未だ多くはない。本研究は乳がん術後患者のQOLを経時的に調査し、適切な理学療法を提供することを目的とした。【方法】2012年4月から6月に当院での乳がん手術後、継続して術後療法を施行している56名、平均年齢54歳±10歳、全例女性を対象とした。調査は退院前、術後1か月、術後3ヶ月の計3時期とし、総合的なQOL評価として厚生省栗原班のQuality of Life Questionnaire for Cancer Patients Treated with Anticancer Drugs(QOL-ACD)と乳がん患者に特異的な問題点を評価するQOL-ACD-Bを併用し、精神的なスクリーニングとしてHospital Anxiety Depression Scale(HADS)日本語版を使用した。QOL-ACDは総合点(最高110点)で、QOL-ACD-Bは下位尺度である「身体症状、疼痛」に関する6項目をスコア化(最高100点)し、HADSはHADS-Anxietyと HADS-Depressionをそれぞれ採点し、乳がん術後の総合QOLと身体症状及び精神状態の変移を経時的に評価した。なお、各時期のスコアの差異について、Kruskal-Wallis testを用いて検討を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本調査を実施するにあたり、対象者には口頭及び書面にて十分な説明を行い同意を得た。【結果】 回収率は退院前で96.4パーセント、術後1ヶ月で98.2パーセント、術後3ヶ月で81.8パーセントであった。検討の結果、退院前、術後1か月、術後3ヶ月のQOL-ACD、QOL-ACD-B、HADSについて、各時期のスコアでは差が認められなかった。しかし実際のデータでは、QOL-ACDでは、術後1ヶ月で21名、術後3ヶ月で22名とそれぞれ半数近くがスコアの低下を認め、QOL-ACD-Bでは、術後1ヶ月で25名、術後3ヶ月で15名のスコア低下者が存在した。また、3時期全てに回答した対象者について最低値を示した時期を検討した結果、QOL-ACDでは45名中、退院前が20名、術後1ヶ月が7名、術後3ヶ月が16名であり、QOL-ACD-Bでは43名中、退院前が15名、術後1ヶ月が15名、術後3ヶ月が9名であった。最も低下が顕著な症例では、QOL-ACDで35点、QOL-ACD-Bで37.5点の低下を示した。HADSでは、臨床的に苦悩の可能性ありとされるカットオフ値8以上の者が、HADS-Anxietyで退院前が11名、術後1ヶ月および術後3ヶ月が共に10名であり、HADS-Depressionでは退院前が6名、術後1ヶ月が8名、術後3ヶ月が10名であった。【考察】 入院中は比較的問題ない経過を辿った症例でも、退院後外来で理学療法を継続する中で、身体的、精神的、社会的等様々な苦痛を抱えている様子を目にする。そこでQOLの定量的評価を試みたが、今回の結果では、QOL-ACD、QOL-ACD-B、HADSのいずれも退院前、術後1ヶ月、術後3ヶ月の全時期でスコアの差を認めなかった。しかし実際のデータを検証すると、いずれの調査票においても術後1ヶ月、3ヶ月時点で低下する者も多く、QOL-ACD-Bでは、退院前と術後1ヶ月で同数の者が最低値を示した。これは術後1ヶ月の時期に疼痛や身体症状が継続あるいは増強する症例が存在すると考えられる。次に術後3ヶ月では対象者の3分の1余りが総合QOLの最低値を示し、HADS-Depressionではカットオフ値以上の者が最多であった。この時期は術後疼痛や身体症状は比較的改善するものの術後療法中の場合が多く、QOLの低下や抑うつ症状が増強する可能性が考えられる。今回、乳がん術後患者の経過を総合QOLや身体症状、精神面で検討した結果、良好とは言い難い経過の者が少なからず存在した。下妻らは、術後1年目に不良なQOLの予測因子として、術後1ヶ月時点で顕著な気分障害や身体イメージの不良を挙げており、術後も継続して患者を身体面と精神面双方で支援していくことが重要と考える。今後、乳がん術後の経過時期による身体的及び精神的な臨床的特徴をより明確化し、乳がん症例に対する適切な理学療法の検討を継続したい。【理学療法学研究としての意義】 本研究により、乳がん術後患者のQOLの変移を理解すると共にその問題点を抽出した上で、多面的な視野に立った理学療法を提供するための一助となると考える。