抄録
【はじめに、目的】 認知症は要介護の主な原因のひとつとされており、要介護高齢者の増加に伴い介護予防における認知症予防の役割は徐々に増している。また近年、有酸素運動等による認知症予防の効果に関する研究報告が散見され、理学療法士として運動療法の認知機能に対する効果を意識する必要性は高まっている。しかし、要介護高齢者においては諸運動機能の低下により歩行などの活動が制限される例が多く存在し、認知機能の賦活を視野に入れた運動を実施する上で様々な制約を生じやすい。そこで、本研究は認知機能が低下している要介護高齢者において低下しやすい運動機能を明らかにし、認知機能の低下した高齢者に対して積極的にアプローチが必要な運動機能を検討することを目的とした。【方法】 対象は通所介護サービスを利用している要支援および要介護認定を受けた高齢者で、ベースライン時と6ヶ月後、1年後に各検査項目を実施できた1328名(平均年齢81.8±6.5歳、男性422名、女性906名)とした。また、認知機能検査であるMental Status Questionnaire(MSQ)を実施し、重度認知機能低下とされる誤答数が9以上の者は運動機能検査の理解が困難と考えられるため、除外した。MSQの誤答数は2以下を認知機能維持群、3以上を認知機能低下群とした。運動機能の指標としては、握力、Chair Stand Test- 5 times (CST)、歩行速度、開眼片脚立ち時間を測定した。統計学的解析は、各運動機能検査項目について、認知機能の低下の有無(維持群、低下群)と時間(ベースライン、6ヶ月後、1年後)を要因とした反復測定分散分析を行い、認知機能低下の有無と時間の主効果および交互作用を確かめた。またその後の検定として、運動機能について各認知機能群におけるベースライン時と6カ月後、1年後の間の差と各時点における群間差を確かめるためにBonferroni法による多重比較を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者にはヘルシンキ宣言に沿って研究の主旨および目的の説明を行い、同意を得た。なお本研究は国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。【結果】 認知機能維持群は737名(平均年齢81.3±6.6歳、男性263名、女性474名)、低下群は591名(平均年齢82.5±6.4歳、男性159名、女性432名)となった。運動機能検査について、握力は維持群でベースライン、6ヶ月後、1年後の順に、17.8±7.1、17.6±7.2、17.6±7.3kgとなり、以下同順に低下群は15.8±6.7、15.6±6.6、15.2±6.5kgとなった。CSTは維持群が13.5±6.2、12.0±5.3、12.1±6.2秒、低下群が14.2±10.2、12.6±5.8、12.9±7.0秒となった。開眼片脚立ち時間は維持群が6.0±10.7、6.2±10.4、5.5±9.9秒、低下群は5.0±8.7、5.1±8.9、4.3±7.6秒となった。歩行速度は維持群が0.69±0.26、0.73±0.28、0.74±0.28m/秒、低下群が0.73±0.29、0.75±0.27、0.74±0.29m/秒となった。反復測定分散分析より、握力とCSTおよび開眼片脚立ち時間は、認知機能低下の有無による有意な差と時間経過による有意な低下が認められたが、認知機能低下の有無と時間の有意な交互作用は認められず、時間経過とともに両群の平行な低下を示した。歩行速度に関しては認知機能低下の有無による有意な差は認められなかったが、時間の主効果及び時間と群の交互作用が認められた。また、その後の検定より、低下群ではベースラインと6ヶ月後、1年後のすべての組み合わせで歩行速度に有意差が認められなかったが、維持群は6ヶ月後と1年後でベースラインより有意に速い歩行速度を示し、ベースラインで認められた認知機能群の間の有意な差は、6か月後、1年後では認められなかった。【考察】 要介護高齢者において、上下肢筋力や静的バランス、歩行機能の1年間の経時的変化を認知機能別に検討したところ、上下肢の筋力と静的バランスは認知機能に関わらず低下を示した。一方、歩行速度に関して、認知機能低下群は1年間で変化が認められなかったが、認知機能維持群では向上する結果を示した。これは、本研究の対象は1年間の継続調査に参加出来たものであったことなどを考慮する必要はあるが、要介護高齢者における運動機能の向上を目指したアプローチへの発展が期待できる結果であり、今後は身体活動量や社会的役割、外出頻度、転倒などの認知機能と歩行機能の間の交絡要因の影響を考慮したデザインを用いての検討が必要と言える。【理学療法学研究としての意義】 要介護高齢者の大規模集団を対象とした縦断的な運動機能検査を実施したという点で、本研究の結果は貴重なデータである。また、認知機能が歩行速度の維持のみならず向上に関与する可能性が示唆されたことから、今後は歩行速度などの運動機能の維持及び向上に向けた研究への発展を期待したい。