抄録
【はじめに、目的】慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive lung disease:COPD)を合併する肺癌症例は増加している.非小細胞肺癌(non-small cell lung cancer:NSCLC)の手術例においては,COPD合併症例は低肺機能や低身体機能のため,耐術能や術後アウトカムの面で問題になることが多く,手術前後の呼吸リハビリテーション(呼吸リハ)介入の報告も散見される.当科ではNSCLCに対する胸腔鏡下肺葉切除(Video-Assisted Thoracic Surgery lobectomy:VATS lobectomy)に対して,全例呼吸リハ介入しているがCOPD合併有無に関係なく,統一のプロトコールで対応している.本研究の目的はVATS lobectomyにおいてCOPD合併の有無が術後経過やアウトカムにどのように影響を及ぼしているか,またCOPD合併症例に対する当院の呼吸リハ介入の影響について明らかにすることである.【方法】当院において,2005年6月から2012年10月までにVATS lobectomyならびに呼吸リハを受けたNSCLC患者を対象とした.呼吸リハプログラムは,術前オリエンテーションから介入し,術後においては術後1病日(POD1)より病棟での早期離床を行い,POD2から退院前日までは,午前・午後と1日2セッション,理学療法室で運動療法を中心に行った.COPDを合併しない群(FEV1/FVC>70%,non-COPD群)とCOPD群とで,患者因子,手術因子,腫瘍因子,手術前後の運動耐容能(6-min walk distance: 6MWD),術後経過について比較検討した.統計処理にはWilcoxon順位和検定,χ2乗検定ならびにFisherの正確検定を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は対象者全員に十分な説明を行い,同意を得た上で呼吸リハを実施し,倫理的配慮に基づきデータを取り扱った.また当院の研究審査委員会の承認を得た.【結果】全対象者数は255例で,平均年齢69.3±10.7歳(range:21~90,median71),男性が63.5%であった.2群間の比較については以下の通りである.患者因子では,COPD群が有意に高齢(p=0.0194)で男性が多く(p=0.0432),喫煙指数が高かった(p=0.0005)が,術前のPerformance Status(PS),栄養状態,併存疾患については有意差を認めなかった.術前肺機能ではFEV1,%FEV1(いずれもp<0.0001)や肺気量分画に有意差を認めたが,DLco,%DLcoには有意差を認めなかった.手術因子は,手術時間(p=0.0179),出血量(p=0.0181)に有意差を認めた.腫瘍因子では病理病期(p=0.0207)には有意差を認め,組織型に差はなかった.術後経過に関しては,胸腔ドレーン抜去までの日数(p=0.0007),術後在院日数(p=0.0043),術後合併症発症率(COPD群37%,non-COPD群16.6%,p=0.0004)に有意差を認めた.術後合併症の内訳としては,7日以上のエアリーク遷延と心房細動で約6割を占めていた.呼吸リハ関連の因子としては,術後の早期離床獲得状況や,6MWD(術前,POD2,POD7,退院時)に有意差を認めなかった.しなしながら,試験中のSpo2低下はいずれの時期においても有意差を認めた.【考察】術前の患者因子においては,肺切除術前評価のガイドライン(ACCP2007)におけるリスク層別化を決定する3因子のうち,%FEV1には有意差を認めたが,%DLcoと運動耐容能には認めなかった.しかしながら,術後アウトカムに関して,在院日数や合併症発症率の面でCOPD群は有意に劣っていた. COPD患者の肺は気腫性変化が強く,胸腔内癒着もより高度なため,結果として手術時間に延長を来し,術後においてもエアリークが持続しやすく,胸腔ドレーン抜去が遷延し,術後の在院日数を伸ばしたと思われる.エアリーク遷延以外の術後合併症に関しては,心房細動は,残存肺の血管床不足により右心系への負荷が高まり,心房細動を併発しやすかったと考えられた.つまり,術後アウトカムへの影響に関しては,気腫性変化,癒着,残存肺血管床不足といったCOPD特有の因子によって術後経過がnon-COPD群に比べて遅延していた程度で,リスク層別化に関わるほどの術後アウトカム悪化(major complicationの罹患率や退院時PS低下など)は認めなかった.呼吸リハ介入の影響に関しては,両群間に早期離床の獲得時期,運動耐容能やPSの回復の面で,有意差はなかったことから,COPD群への“追加的なプログラム”を要さずとも,当院の呼吸リハは良好な結果を残していたと思われた.また術前後通して,運動時の低酸素血症が重度であったため,COPD群への呼吸リハにおいては,適切な酸素投与や運動設定,また在宅酸素療法導入への提言の面で重要であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】肺切除術前評価に関する従来の報告では,開胸術での報告をベースにしている.今回,VATSでの肺切除を対象として,高リスク群に該当するCOPD群の術後アウトカムを明らかにした.当該患者群は今後も増加することが予想され,今回の結果が適切な理学療法提供に寄与できるのではないかと考える.