抄録
【目的】人工膝関節全置換術(以下、TKA)は重篤な変形性膝関節症患者(以下、膝OA)に対して疼痛除去と機能改善を目的として施行される。立ち上がり動作は多くの日常生活動作に大きく関与する機能的な動作であり、Christiansenら(2010)は膝OAの病期の進行に伴って立ち上がり動作が制限されると報告している。膝OA患者の立ち上がり機能の関連因子を探索した先行研究では、Barkerら(2004)は、膝OA患者の重症度スコア・疼痛と膝伸展筋力と1分間に立ち座りできる回数の関連について検討し、疼痛と膝伸展筋力は有意な相関を示したと報告している。このように膝OA患者の立ち上がり機能に膝伸展筋力や疼痛が関連するなどの報告が多数散見されるものの、立ち上がり機能に影響を与える因子がTKA術前後でどのように変化するか検討したものは無く、また、多因子からそれを調査した報告は無い。本研究の目的はTKA術前後の立ち上がり機能に影響を与える因子について検討することである。【方法】対象はTKAを施行し、支え無しに立ち上がりが可能な患者19名(男性:2名、女性:17名、術前の北大OA分類3:4名4:15名、平均年齢67.5歳、身長152.0cm、体重59.7kg、BMI25.8)とした。測定は、術前およびTKA術後4週で実施した。身体特性として身長、体重およびBMIを測定した。機能的因子として両側の膝の疼痛、ROM、筋力について測定した。疼痛は立ち上がり動作時の膝の痛みについてvisual analog scale(VAS)を用いて数値化した。ROMは膝屈曲および伸展についてゴニオメーターを用いて測定した。筋力はBiodex System 3を用いて、角速度180°/secにて膝屈曲および伸展の等速性peak torque値を算出し、各被験者の体重で除した値を使用した。立ち上がり機能を測定するためにfive times sit to stand(FTSTS)を実施した。座面の高さが43~49cmの椅子を用意し、背もたれに背中を付け、胸の前で腕を組んだ状態を開始肢位とし、「出来るだけ素早く」と指示し合図とともに5回の立ち座りを3回測定し平均値を算出した。統計学的分析としてFTSTS と年齢、身体特性、機能的因子の関連をピアソンの相関係数、FTSTS を目的変数、その他の因子を説明変数としたステップワイズ法による重回帰分析を行った。有効水準は5%とした。\t【説明と同意】対象者には検査実施前に研究についての十分な説明を行い、研究参加の同意ならびに結果の使用について了承を得た。【結果】術前についてFTSTS は術側の立ち上がり時のVASとr=0.80、身長とr=0.49の有意な相関を認めた(p<0.05)。また、重回帰分析において、FTSTSの予測因子として患側の立ち上がり時のVAS(β=0.77)が有意な予測因子となりR2=0.61の説明効率の高い単回帰式が得られた。術後4週についてFTSTS は非術側の立ち上がり時のVASとr=0.52の有意な相関を認めた(p<0.05)。また、重回帰分析で、STSの予測因子として非術側の立ち上がり時のVAS(β=0.74)、身長(β=0.69)、術側屈曲筋力(β=-0.33)が有意な予測因子となりR2=0.64の説明効率の高い重回帰式が得られた。【考察】本研究結果から、術前において、術側の疼痛はFTSTSと有意に相関し、FTSTSの有意な予測因子だった。また、TKA術後4週において、FTSTSは非術側の疼痛と有意な相関を示し、FTSTSの有意な予測因子となった。生島ら(1994)によれば膝OA患者の椅子からの立ち上がりには疼痛と膝屈曲筋力が関係していたと報告している。また、熊本ら(2008)は二関節筋であるハムストリングの筋活動が立ち上がり動作時の膝関節安定性の増大に関与すると報告している。本研究結果より、立ち上がり機能向上には、術前では術側の除痛が重要な因子であるが、手術によって術側の疼痛が軽減された後は、非術側の疼痛が重要な因子となるが、単に疼痛の軽減だけでなく術側の膝屈曲筋力向上も重要な因子である可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】立ち上がり動作は日常生活で頻度が高く、立ち上がりに関与する因子を同定することは立ち上がり機能向上に重要である。本研究結果から、TKA術前後の立ち上がり機能に関与する因子には違いがあり、その因子をそれぞれ同定したことは臨床において重要と思われる。今後は、立ち上がり能力について、膝関節周囲筋筋力や疼痛に対する介入研究を行い,移動動作能力改善を目的とした適切な理学療法を提供するための根拠を示していく必要がある。