抄録
【はじめに、目的】近年,高齢者の立位バランスにおいて下肢筋群への電気刺激と動揺刺激の併用により下肢筋力,バランス向上が得られる(梅居ら,2012)との報告がなされており,バランス能力向上において電気刺激の併用に関する研究が進められている.立位姿勢保持には足関節筋の筋活動が不可欠といわれており、これら筋群への電気刺激にて,重心動揺がどのように変位するかを知る事ができれば,バランス能力向上に向けたアプローチに電気刺激を併用する際に有効な知見になりうるのではないかと考えられる.今回,健常成人に対し,安静立位時に前脛骨筋,腓腹筋,長短腓骨筋に機能的電気刺激(以下FES)を加えながら重心動揺を計測し,重心位置・動揺の変化において興味深い結果が得られたため報告する.【方法】対象は,健常成人43名(男性27名,女性16名,平均年齢±標準偏差26.1±4.1歳).4種類の実験条件「電気刺激なし(以下コントロール条件)」,「前脛骨筋への刺激(以下TA)」,「腓腹筋への刺激(以下GM)」,「長短腓骨筋への刺激(以下PL+PB)」にて重心動揺を計測した.電気刺激装置にはOG技研製Pulse Cure-Proを使用し,周波数は40Hzとした.電極は各条件における対象筋群(左右)の筋腹に貼付けた.刺激強度は対象筋群の筋収縮が生じ始める強度で,主観的に痛みを伴わない程度とした.重心動揺計にはANIMA社製GS-30を使用した.検査時間は60秒,肢位は開眼閉脚にて股関節中間・膝関節伸展位,両上肢は体側に自然体とし,1m先の目標物を注視するよう指示を行った.測定は同日に全条件行い,各測定間に1分間休止時間を挟んで施行した.各条件で得られた「総軌跡長(以下LNG)」「矩形面積(以下RA)」「Y軸の動揺中心変位(以下DEY)」の3項目においてコントロール条件と,TA,GM,PL+PBの比較を行った.統計手法には対応のあるt検定(SPSS ver.17)を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言を遵守して実施した.全対象者に研究目的と内容を書面にて説明し同意を得た.なお,電気刺激は本研究に携わる理学療法士が施行した.【結果】LNGでは,コントロール条件とTA,GM間に有意差があり,TA,GMともに増加していた(コントロール条件=76.52±17.51cm,TA=80.75±20.80cm,GM=79.53±21.44cm,p<0.05).同様に,RAにおいても,コントロール条件とTA,GM間に有意差があり,TA,GMにて増加していた(コントロール条件=5.12±2.26cm²,TA=5.96±2.54cm²,GM=6.26±4.23cm²,p<0.05).また、DEYにおいてもコントロール条件と各条件間に有意差がみられ,TAは前方,GMとPL+PBは後方に変位していた.(コントロール条件=-0.34±1.39cm,TA=0.23±1.71cm,GM=-2.50±1.50cm,PL+PB=-2.08±1.32cm,p<0.05).【考察】今回,安静立位時にTA,GM,PL+PB へFESを加えた結果,各条件下でそれぞれ重心位置・動揺の変化がみられた.LNGについてはTA,GM条件では増加し,RAの拡大も生じていた.前後重心移動課題では動揺の振幅が増加するに伴い,足関節底背屈筋群の同時収縮が強まるといわれている(相馬ら,2010).TA,GMへのFESによる筋収縮にて重心動揺の振幅が増加した可能性が考えられ,姿勢保持のため拮抗筋の同時収縮が生じたのではないかと考えられる.この底背屈筋群の同時収縮にて足関節戦略が強められた事で股関節戦略での運動制御が困難となり、結果的に身体重心の変化が増加し,LNGの延長・RA拡大が生じたのではないかと考えられる.またDEYは各条件間にて前後方向への変位が認められた.通常,立位姿勢の重心線は足関節前方に位置しているが,電気刺激により筋収縮が生じるため,TAは下腿前方回旋にて身体重心が前方へ,GMは後方回旋にて身体重心が後方へ移動し、必然的に足圧中心の位置が身体重心の投射線方向へ移動したと思われる.PL+PBでは,足関節の外反により小趾への荷重が減少し,支持基底面が狭くなり,踵方向への荷重が増加し後方変位したと考える.本研究より,足関節筋群への電気刺激に伴う各筋の収縮により,足圧中心が前後方向に変位する可能性が示唆された.しかし,本研究の対象者は平均年齢26.1歳と若年層であった.今後,様々な年齢層や骨関節・神経筋疾患を呈した対象者においても,電気刺激により足圧中心の変容が生じるか検討していきたい.【理学療法学研究としての意義】バランスは質量中心の投影点を,支持基底面内に保持する能力とされている.立位バランス能力が低下した対象者に対し,足圧中心の変位を促すアプローチが必要な場合,本研究で得られた知見が参考になる可能性が示唆された.今後,他の筋群へのFESによる重心動揺の変化や動的バランスへの影響等について研究を継続し,臨床場面にてバランス能力向上を目的としたアプローチへの応用可能性を検討していきたい.