抄録
【はじめに、目的】寒冷刺激は局所循環の減少,局所の組織代謝の減少,神経伝導速度の低下,疼痛の軽減などの効果から特に急性期における腫脹等の炎症反応の抑制,二次的外傷性損傷の抑制などを目的に用いられている.しかし,寒冷刺激はこれらの治療目的に関わらず単一的な時間で施行されている.また,寒冷刺激における各生理的反応を同条件で検討した報告は見られない.そこで本研究では,臨床現場において使用頻度の多いアイスパックを用いて感覚閾値,神経伝導速度,末梢血流速度を同条件で経時的に測定し,急性期における治療目的に応じた介入時間,介入終了後の効果持続時間について検討した.【方法】健常若年男性12名(平均年齢20.6±1.7歳,平均身長171.2±4.7cm,平均体重61.0±6.4kg)を対象に,単盲検交互比較試験にて無作為に対象条件,寒冷条件の2条件を行った.寒冷条件は氷を入れたアイスパックを用いて前腕部を冷却,対象条件では不感温度の水を入れたアイスパックを用いて前腕部を冷却した.対象者には事前に超音波エコーBモードにて前腕中央部の画像撮影を行い,皮下組織厚の測定を行い,平均値に比べ組織厚が著しく異なる者は除外した.測定は端座位にて非利き側前腕中央部に近赤外線分光装置(NIRO)のプローブ,上腕部にマンシェットをそれぞれ固定し,心臓と同じ高さに保持した.実験は20分間の安静をとった後,40分間の介入を行い,その後40分間の回復を設けた.評価は安静開始時から5分毎に回復の終了まで触覚,痛覚,神経伝導速度,末梢血流速度の順に測定を行った.触覚はVon frey filamentを使用し,痛覚においては痛覚計を用いてnumerical rating scale(NRS)にて聴取した.神経伝導速度は10秒間の加算平均より算出し,末梢血流速度は静脈血流遮断法を用いて10秒間の総ヘモグロビン量を計測し,その接線の傾きを血流速度として算出した.なお,統計学的分析は対応のあるt検定を用い,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本実験のすべての手順は,世界医師会の定めたヘルシンキ宣言(ヒトを対象とした医学研究倫理)に準じて実施した.全ての被験者には,本研究の主旨を文書及び口頭にて説明し,研究の参加に対する同意を書面にて得た.【結果】アイスパックによる介入前の皮膚温は3.0±0.7℃であった.介入直後より有意な低下を認め,介入終了時は18.9±1.7℃となった.介入終了後は速やかに回復が見られたが,回復終了時でも30.2±1.1℃と介入前の温度まで回復しなかった.末梢血流速度は,介入開始5分後まで急激に低下し,介入5分から20分後では緩やかな低下を示した.その後は,介入終了まで著名な変化はみられず,介入終了後からは緩やかな回復を辿ったが,回復終了時でも完全な回復には至らなかった.神経伝導速度は介入前61.0±2.7m/secであった.介入直後から有意に低下し続け,介入終了時には51.3±4.0m/secとなった.介入終了後には緩やかに回復したが,回復終了時でも55.3±2.9m/secと完全な回復には至らなかった.また,触覚は介入前に0.04±0.01gであった.介入開始15分より40分まで有意に上昇し介入終了時0.12±0.06gとなった.介入終了後には緩やかに回復したが回復終了時でも0.05±0.02と完全な回復には至らなかった.痛覚においては介入前5.1±1.1であった.介入開始15分より40分まで低下し続け介入終了時には2.93±1.27となった.介入終了後は緩やかに回復し,回復35分で介入前の値まで回復した.【考察】本研究では,アイスパックによる寒冷刺激を前腕部に行った.その結果,皮膚温度,末梢血流速度,神経伝導速度,感覚閾値は時間とともに低下を認めた.また,アイスパック施行終了から40分経過後も末梢血流速度や神経伝導速度は介入前の状態には戻っていなかった.このことから寒冷療法の効果持続時間は,少なくとも組織,神経系に対して40分以上の持続効果が期待できると考えられる.また,神経伝導速度の回復に比べ,触覚,痛覚における回復時期が早い事から,急性期における寒冷刺激による疼痛の軽減効果においては神経伝導速度に比べ痛覚受容器の閾値の上昇における割合が大きいことが考えられる.【理学療法学研究としての意義】臨床現場において寒冷療法は,外傷後の急性期における腫脹,出血などの炎症症状の抑制,疼痛の軽減などを目的に実施されている.本研究結果は,アイスパックによる寒冷療法の実施において,治療目的に応じて実施時間を設定する際に有益な情報を提供する.