抄録
【はじめに、目的】脳卒中患者に対する装具の目的は,下肢の立脚期の安定や正常歩行パターンへ近づけることなどが挙げられる.外側ウェッジ(以下,ウェッジ)は踵骨を外反させ,それに伴う下肢軸の垂直化目的に使用される.脳卒中片麻痺患者に対しても下腿と下肢装具の内外反位の軸ずれを修正し,膝の側方移動や非対称性姿勢を改善することがある.そこで,装具とウェッジを組み合わせることにより,下肢の垂直位保持が得られやすくなり,それにともなって抗重力筋の筋活動にも変化があるのではないかと考えた.脳卒中患者の麻痺側下肢の支持性を高めることは重要である.本研究の目的は,装具とウェッジの併用による最大重心移動距離と骨盤側方移動への影響と,抗重力筋である中殿筋への影響を明らかにすることとした.【方法】対象は過去に下肢整形疾患の既往のない健常成人(男性8 名,足長24.4 ± 0.8,女性9 名,23.1 ± 0.5)とした.対象者は,装具ウェッジ無し,KAFO,AFO,ウェッジ,KAFO+ウェッジ,AFO+ウェッジの6 条件下で,前後左右の最大重心移動距離,左の最大重心移動時の骨盤側方移動,左右の最大重心移動時の中殿筋活動を測定した.ウェッジは,楽歩O脚用インソール(側方傾斜5°,前方傾斜4°,木原産業株式会社製)を使用した.装具は足継手にGait Solution,底屈制限(背屈フリー,底屈0°),底屈制動(1 段階)と設定したKAFO,AFOを使用した.ウェッジと装具は左側に装着した.最大重心移動距離は,重心動揺分析装置マットスキャン(ニッタ社製)上に,開脚立位姿勢(足角0°,上肢フリー)で前後左右の最大重心移動範囲を計測し,最大重心移動地点と静止位置との距離を算出した.骨盤側方移動は,左腸骨稜上縁と靴の踵骨中央相当する点を結んだ線と重力線とのなす角度で表した.角度は重心移動動作をビデオカメラで撮影し,左への最大重心移動時を静止画とし,画像解析ソフトImageJにて計測した.また,中殿筋活動は左右の最大重心移動時を,筋電計MYOSYSTEM1200(ノラクソン社製)を使用して算出した.分析は,6 条件をウェッジ有無の2 群と装具有無の3 群に分け,前後左右の最大重心移動距離,左の重心移動時の骨盤側方移動角度,左右の重心移動時の中殿筋活動を比較した.統計処理は2 要因に対応のある2 元配置分散分析を行った.また,交互作用を認めた場合の単純主効果の検定には,対応のあるt検定,Tukey Kramer法を用いた.【倫理的配慮、説明と同意】全ての対象者には研究の趣旨,方法,リスクを説明し書面にて研究協力の同意を得た.【結果】左最大重心移動距離(cm)は,装具ウェッジ無し,KAFO,AFO,ウェッジ,KAFO+ウェッジ,AFO+ウェッジの順に,8.11,7.69,8.04,7.67,4.96,7.59 であり,KAFO群はウェッジの有無で有意差を認めた(p<0.05).また,ウェッジ有群ではKAFO群が装具無し群とAFO群とに有意差を認めた(p<0.01).他方の重心移動距離では有意差は認められなかった.左重心移動時の骨盤側方移動角度(度)は同順に,10.34,10.80,11.13,9.30,8.02,10.04 であり,装具無し群とAFO群はウェッジの有無で有意差が認められた(p<0.05).また,ウェッジ有群ではKAFO群が装具無し群とAFO群とに有意差を認めた(p<0.01).右重心移動時の左中殿筋活動(%MVC)は同順に,37.5,45.3,41.2,41.6,41.8,48.2 であり,全ての条件下でウェッジの有無で有意差が認められた(p<0.05).左重心移動時の中殿筋活動は有意差が認められなかった.【考察】装具装着側への最大重心移動距離は,KAFOとウェッジ装着時に最も少なかった。装具装着側への最大重心移動距離の減少はウェッジ単独およびAFO,KAFO単独の装着時には認められなかったことから,KAFO装着時はウェッジの効果が大きいことが考えられた.左最大重心移動時の中殿筋活動は増加しなかったことは、KAFOの膝継手により膝関節が伸展位に固定され,股関節周囲筋よりも足部周囲筋での制御が必要になったためであると考えた.骨盤側方移動角度も重心移動距離と同様の結果で,KAFOとウェッジを利用することで最も骨盤側方移動角度が減少した. KAFOとウェッジの併用は、装着側への重心移動距離と骨盤側方移動を減少させ、脳卒中患者の不安定な立位姿勢時の下肢の垂直位保持にも効果がある可能性が考えられた.今後は脳卒中患者を対象に検討する必要があると考える.【理学療法学研究としての意義】本研究は垂直位保持ができない脳卒中患者に対し,長下肢装具とウェッジの併用が有効である可能性があることが示唆された.