主催: 日本理学療法士協会
【はじめに,目的】妊娠期には,腰痛,恥骨痛,仙腸関節痛,鼠径部痛などの骨盤周囲の疼痛が発生し,妊娠経過中の日常生活動作が阻害される。この主な原因としては,妊娠中に起こる関節弛緩と,胎児成長に伴う腹部膨隆および骨盤の傾斜角度の変化が挙げられている。このことから妊娠経過に伴い骨盤アライメントが変化し,疼痛発症に関連することが想定される。そこで本研究では,妊娠女性において骨盤アライメントと骨盤周囲の疼痛を縦断的に調査し,相互の関連性について検討することを目的とした。【方法】対象は産科婦人科クリニックに通院する妊婦201名(31.0±4.6歳)とし,妊娠12週,24週,30週,36週の計4回計測を行った。質問紙にて,Numerical Rating Scaleを用いて計測時の腰痛,恥骨痛,仙腸関節痛,鼠径部痛の程度を調査した。骨盤アライメントの計測には,簡易計測器Palpation Meterを上前腸骨棘と上後腸骨棘の下端に当て,静止立位時の上前腸骨棘間距離,上後腸骨棘間距離および骨盤前後傾角度の左右差(左右の骨盤前後傾角度の差)を計測した。統計解析では,妊娠中の各項目の変遷をみるために,骨盤アライメントに関しては反復測定の分散分析を行い,疼痛発症割合を記述統計にて確認した。さらに,妊娠中の骨盤アライメント変化と疼痛悪化の関連を見るために,妊娠各時期のそれぞれの骨盤アライメント指標について,妊娠12週から36週にかけて各疼痛が悪化したか否かを要因とした反復測定の分散分析を行った。有意水準は5%未満とした。【結果】骨盤アライメントは,妊娠経過に伴い上前腸骨棘間距離,上後腸骨棘間距離が有意に広がり(p<0.05),骨盤前後傾角度の左右差に関しても大きくなる傾向を示した。仙腸関節痛の発症割合は妊娠12週の22%から増加を続け,36週では53.7%と漸増傾向を示していた。骨盤アライメントと仙腸関節痛の関連については,分散分析の結果,疼痛悪化群は疼痛非悪化群に比べ骨盤前後傾角度の左右差の増加率が高く,有意な交互作用が認められた(F(3,597)=4.198,p=0.007)。恥骨痛および鼠径部痛の痛みに関しては,有意な交互作用はみられなかったものの,妊娠初期段階から骨盤前後傾斜の左右差が大きいことが疼痛悪化に影響している傾向がみられた。【結論】本研究では,妊娠中に骨盤前後傾角度の左右差が大きくなることが,仙腸関節痛の悪化に関連していることが明らかになった。これは,横断研究による骨盤アライメントの左右差と妊娠期の骨盤周囲痛の関連性の結果と一致している。今回の調査では骨盤アライメントの変化と仙腸関節痛が有意な交互作用を認めたが,恥骨痛や鼠径部痛とも関連する傾向を示しており,骨盤におけるさまざまな痛みと関連すると考えられる。これらのことから妊娠期の骨盤周囲の疼痛予防には,骨盤アライメントを評価し,骨盤前後傾斜の左右差を是正するアプローチを実施することが有効であると考えられる。