主催: 日本理学療法士協会
【はじめに,目的】近年,慢性期の脳卒中患者に対し,mirror therapy(MT)を用いた視覚錯覚入力による手指の機能改善が報告されている。今回,発症から7年が経過した慢性期脳卒中患者に対し,外来リハ時に上肢機能の回復を目的にMTを施行し,上肢機能改善に伴い四点杖歩行から独歩可能となったケースを経験した。今回上肢機能改善が錐体外路に分類される赤核脊髄路(rubrospinal tract:RT)を通してcentral pattern generator(CPG)に影響をもたらし歩容が改善したと症例を通して独自に考察したので報告する。【方法】症例:60歳代女性,脳梗塞発症から7年経過し,CTでは中心溝周囲やや後方の放線冠に梗塞巣を有した。しかし,皮質レベル及びモンロー孔レベルより下方の組織には梗塞巣は及ばなかった。左麻痺Brunnstrom stage(BRS)上肢III,下肢III,手指IVレベルで共同屈曲パターン強く動作時に上肢,手指が屈曲しウェルニッケ=マン肢位が生じた。日常生活では非麻痺側中心の動作で自立しており,歩行は4点杖を使用し右側重心で左下肢の振り出しは体幹の右側屈,伸展による代償により行われ,左下肢の立脚時間は短く,左膝の過伸展及び足部の内反が観察された。週2回の外来リハビリでMTでは非麻痺側を鏡に映し,筋紡錘や関節受容器からの感覚入力が鏡に映った視覚情報と一致するよう,非麻痺側手指の屈曲,伸展と同時に治療者が他動的に麻痺側手指を屈伸した。【結果】上肢機能回復は徐々に自動伸展可動域が増大し,5週間ほどで日常生活で食事の盛り付けの際に茶碗が持てるようになったがBRSに変化はみられなかった。下肢においてはMT導入2週ほどで歩行時の足部内反が減少し,その後さらに2週間ほど継続していると努力性の麻痺肢のふり出しであったものが,円滑な重心移動とフォアフットロッカーを獲得し麻痺肢立脚後期における踵離地がみられるようになり日常でも杖なしで歩ける機会が増えたとの訴えがみられた。【結論】MTによる効果として運動領域の拡大や脳内身体図式の再構築に伴う運動の再編が報告されており,本症例では上肢機能改善に伴い上半身の柔軟性が向上し,麻痺側への重心移動が容易となったことが考えられる。RTが皮質脊髄路損傷により脱抑制し屈筋の動的γニューロンの活動が増大し,動作時に上肢屈筋の過剰な活動を誘発させる報告がある。RTの活動はCPGの活動に関わる後脊髄小脳路ニューロンの活動を抑制することから,本症例においてもMT以前はRTの過活動が後脊髄小脳路ニューロンの活動を抑制し円滑な歩行を阻害していた。MT後は皮質脊髄路が再構築されRTを抑制し歩行の改善に繋がったと考察した。以上のことより,過度な上肢の緊張が下肢への影響をもたらす可能性があり,より良い歩容のため上肢機能の改善や,急性期でのRTの過剰な活動をもたらす動作パターンを学習させない必要があると考える。