理学療法学Supplement
Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
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教育セミナー
メカニカルストレス受容機構を利用した新たな理学療法の開発及び既存の理学療法の理論武装への分子基盤
澤田 泰宏
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p. H1-28-H1-29

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抄録

 本講演では,背景として細胞・組織の重要な機能であるメカニカルストレス(物理的力刺激)応答機構に関するこれまでの知見を概説した上で,これを利用した新規理学療法の開発につながる研究の一端と分子メカニズムに基づく理学療法の理論武装に関する考えを紹介する。

 

【背景】

1:身体運動の個体機能維持効果

 「適度な運動」は,運動器(筋骨格系)の障害から高血圧・糖尿病/ メタボリック症候群といった生活習慣病,さらには認知障害まで,多くの症状・障害の改善に有効である。世界中で‘‘Exercise is Medicine’’というスローガンが掲げられていることからも分かるように,身体運動の有益性は広く認知され,少なくとも統計的には証明もされている。理学療法においても運動療法の重要性・有効性は論を待たない。しかし,運動効果の分子メカニズムは未解明である。それどころか,生体における運動の「作用点」,すなわち,運動効果を担保する細胞・組織の実体すらほとんど分かっていない。

2:身体局所へのメカニカルストレスとしての運動

 糖代謝異常に対する運動療法では体重減少と独立して糖代謝が改善することや変形性膝関節症に対する大腿四頭筋訓練では筋力が増強する前に疼痛が緩和することは,身体運動の動作自体に個体機能維持・改善作用があることを示す。運動動作は,例外なく身体局所の変形・圧分布変化を生むので,その部の細胞にメカニカルストレスが加わるか,細胞が置かれるメカニカルストレス環境が変化する。しかし,身体運動をメカニカルストレスと捉えた研究や,臓器・組織の機能制御をメカニカルストレス効果という観点から検討したこれまでの研究はごく限定的である。

3:細胞によるメカニカルストレス感知及びメカニカルストレスによる細胞機能の制御

 少なくとも接着細胞は全て,メカニカルストレスを感知し細胞内シグナルに変換して自らの機能を変化させる。細胞へのメカニカルストレスの意義と役割は,ライフステージなど組織・器官が置かれた局面・状況により変化する。細胞が伸展する・細胞が加圧される・細胞骨格の緊張が増す・細胞が硬い基質に接着する・細胞が産生する牽引力が増す,といった「緊張型(ストレッチ型)」メカニカルストレスの環境・条件で活性化されるシグナルは,発生,再生,修復など,組織・器官の形成を伴う生命現象の過程で重要な役割を果たす。しかし,一旦,組織・器官が形成され定常状態となってからの緊張型メカニカルストレスは炎症や癌といった生体恒常性破綻につながる「悪玉」として働くことが多い。「弛緩型(リラックス型)」メカニカルストレスは,このような「悪玉」メカニカルストレスシグナルに拮抗する「善玉」シグナルを誘導する。「善玉」と「悪玉」のメカニカルストレスのバランスが生体恒常性維持に重要であり,その破綻は老化・炎症を招く。

 

【今回,成果を紹介する研究の目的】

 身体運動の効果は運動動作で生じる臓器内細胞への弛緩型メカニカルストレスを介していることを示すこと。

【行った実験の方法】

 身体不活動モデルとして,ワイヤー固定によるマウス両側後肢不動化を行った。身体局所へのメカニカルストレスとして,1日に1回,麻酔下に固定を除去し,片側の下腿三頭筋部に30分間反復性圧迫を加えた(頻度1 Hzで体表から圧迫し,50 mmHgの周期的筋内圧変化を産生した)。メカニカルストレス効果の評価は,ワイヤー固定開始後8日での両側腓腹筋における筋繊維断面積・間質断面積・炎症関連指標を比較した。炎症関連指標は,マクロファージ数,炎症性物質の発現を免疫組織化学にて評価した。さらに,メカニカルストレス応答に関する責任細胞の特定・同定のためにリポゾーム化したビスフォスフォネート剤(クロドロネート)を投与し,単球由来のマクロファージを除去したマウスを用いて実験を行った。

【実験の結果】

 ワイヤー固定による筋繊維断面積減少・マクロファージ数増加・MCP-1及びTNF-αの発現促進は,局所的反復性圧迫により有意に抑制された。反復性圧迫によるTNF-α及びMCP-1の発現抑制は,主にマクロファージにおいて認められた。リポゾーム化ビスフォスフォネート剤を投与したマウスでは,不動化による筋萎縮効果及び局所的反復性圧迫による筋繊維断面積増大効果は消失した。

【結論】

 局所的メカニカルストレスによる,廃用性(不動性)筋萎縮及びマクロファージにおける炎症性反応の抑制効果が明らかとなった。廃用性筋萎縮の分子メカニズムにおいて,局所のマクロファージにおける炎症反応が重要であり,マクロファージ機能への物理的介入が廃用性筋萎縮の治療・予防のターゲットとなり得る。

【考察】

 運動又は物理的介入により身体局所の間質液を動かすことで身体運動効果を再現する,というコンセプトに立脚した理学療法の戦略を構築することが可能と考えられる。

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© 2019 日本理学療法士協会
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