主催: 日本理学療法士協会
会議名: 第54回日本理学療法学術大会 抄録集
開催日: 2019/09/07 - 2019/12/15
1.なぜ今になって症例報告が必要となるのか?
エビデンスピラミッドにおいて症例報告の位置付けは決して高くない。しかし,近年の日本運動器理学療法学会では症例報告の重要性を説いている。「十分ではない臨床家の臨床データの蓄積から得られた研究結果は,優れた理学療法士の臨床像からかけ離れている」ことが背景にあると私は感じている。この差を埋めるために必要な手段の一つとして,学会での症例報告があると思う。一般的な症例報告と言えば,臨床で遭遇する機会の少ない稀な症例の報告であったり,新たな治療技術の効果を少数症例で検討した報告であったりする。しかし,現在必要な症例報告の形は「臨床上良く経験する症例に対し,臨床行為が適切に行えているのかを確認できるもの」であると考える。そして学会の場や症例検討会などで適切な議論がなされることで,優れた臨床家の育成ができると信じている。
2.あるべき理学療法の姿
理学療法は疾患・病態に対し直接治すことはできない。しかし,Aという疾患に対しaという治療技術を行うことが望ましいなど,飛躍しすぎた情報が散見される。完全に否定するつもりはないが,そこには必ず思考が入るべきであり,目の前の症例にaという治療技術が最適であるという保証を得るための評価は必ず必要であると考える。理学療法は運動機能障がいに対し,その運動機能の改善を齎すことが業であるため,本来ならばAという運動機能障がいに対しaという治療技術が推奨されるべきである。また,対症療法的な思考ではなく原因療法を主眼に置いた臨床思考がなされるべきである。
3.臨床推論における思考過程
近年臨床推論(クリニカル・リーズニング)が推奨されている。推論過程において問題の原因を絞り込むために知識・経験をもとに仮説を立案し,そしてその仮説が正しいのか検証作業を行う。多忙な臨床において仮説思考は時間の短縮に繋がり効率的な臨床展開が可能となるというメリットがある反面,使用方法を間違えると原因が複数存在している場合,他の問題を見逃してしまうリスクがあったり,経験に乏しい若手の理学療法士にとっては的を射た仮説の立案ができない場合も少なくない。そこで当院では,全ての問題の可能性を網羅的に立案し,全てを検証していく方法を取り入れている。時間を要するというデメリットはあるが,見逃しというリスクを軽減し,僅かな問題も抽出できるというメリットがある。また,網羅的に抽出するためにMECEの概念を利用したフレームワークの活用も有効である。
4.症例報告から臨床研究へ発展させるために必要な臨床データの蓄積
上述したように仮説思考のみでの臨床推論ではなく網羅思考を含めた臨床推論を推奨する。研究への発展のために疾患での分類ではなく,重症度分類,病気ステージ分類,姿勢分類,動作パターン分類なども明記しておくことが必要となる。また,臨床から得られる身体所見・症状の定義付け等も必要である。研究で使用するデータの検査測定があいまいなものであるならば,妥当性・信頼性のある検査測定技術の開発が必要となる。また検査者内信頼性・検査者間信頼性の向上も必要となる。本セミナーでは当院が実践している症例報告方法の一部を,そして臨床データの蓄積の方法の一部を紹介する。