臨床神経学
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研修会報告
脳卒中を診る脳神経内科医を育てる:第3回脳卒中特別教育研修会講演抄録集
豊田 一則八木田 佳樹藤本 茂藤堂 謙一古賀 政利井口 保之河野 浩之田中 寛大猪原 匡史木村 和美脳卒中対策特別委員会
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2020 年 60 巻 11 号 p. 735-742

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要旨

日本神経学会は,国民病である脳卒中の医療や研究に,多くの学会員とくに若手医師や医学生が興味を持ち,国民の厚生に利するべく脳卒中征圧に貢献できるように,2018年より学会主催(脳卒中セクション・脳卒中対策特別委員会担当)で毎秋に特別教育研修会を開催している.第3回研修会は日本脳卒中学会の後援も得て,2020年9月に大阪府の国立循環器病研究センターで開催される予定である.コロナ禍の制約を受けながらも,多くの指定演者が工夫を凝らした発表内容を練っている.ここでは,教育講演および「脳卒中を診る脳神経内科医のキャリア形成」の主題に沿った発表を担当する9名の演者による,簡潔な講演抄録を紹介する.

Abstract

The Japanese Society of Neurology has held an annual workshop for stroke education since September 2018 for young members of the society and medical students to take an interest in stroke medicine and stroke research and to contribute to conquest of stroke, a national disease. The third annual workshop will be held in the National Cerebral and Cardiovascular Center, Osaka in September 2020 also with the support of the Japan Stroke Society. Designated lecturers are preparing for presentation of their own devising. Here, brief abstracts of educational lectures and special statements on career formation of vascular neurologists are introduced.

はじめに

脳卒中は最多の患者数を有する神経疾患である.脳卒中が国民の健康に及ぼす影響は甚大で,脳神経内科医の多くが精力的に本疾患の診療,研究に専心せねば,有効な疾病対策を推進できない.しかしながら本疾患の有する多面性,すなわち神経疾患であると同時に全身血管病である特殊性,脳神経外科との診療担当の重複,そして長年にわたって有効な治療法を得なかったこと(本来はこのことこそ,多くの研究者を惹きつける魅力となるべきであるが)が,医育機関の内科系教室における脳卒中医学の研究者不足,指導者不足を招き,現在の若手脳神経内科医が脳卒中診療への十分な修練を受けられない状況を作っている.

日本神経学会は学会の総意として,脳卒中を含むcommon diseaseへの取り組みを強化している.その一つとして,教育委員会,脳卒中対策特別委員会の事業として,2018年より脳卒中の特別教育研修会を毎秋に開催している(第1回 西山和利会長 東京,第2回 伊藤義彰会長 大阪).第3回大会は日本脳卒中学会の後援も得て,9月に国立循環器病研究センター施設内で開催すべく,準備を進めている(日本神経学会HP各種教育事業のお知らせhttps://www.neurology-jp.org/education_info/03_stroke_course.htmlに開催情報記載).コロナ禍の制約で,研修会の目玉企画である脳神経血管内治療や脳神経超音波診断の実技指導の開催を断念したが,講演を一会場に絞り,実参加とインターネット視聴を併用する方式で,万全の感染対策を行って臨む.

2012年の第53回日本神経学会学術大会においても,「脳卒中を診る神経内科医の育て方」という主題でシンポジウムを組み(髙橋愼一 現,埼玉医科大学国際医療センター教授と豊田の共同座長),年長の先生方に興味深いご発表をいただいたが,残念ながら集客が思わしくなかった1.当時と現在とでは,学会員の脳卒中に示す興味が格段に変わったと実感する.酷似した主題を立てて今回の研修会を企画し,脳卒中医学の知識と意識の伝承を図る.本稿では9名の指定講演演者に,発表内容に忠実に,ときに発表内容を超えて講演要旨を寄稿していただく.

1  CT,MR,RI診断   八木田佳樹(川崎医科大学 脳卒中医学 教授)

頭部CT,MRIは頭蓋内疾患を診断するために汎用されている.症状から急性期脳卒中を疑う場合,治療方針決定に必要な情報を短時間で取得する必要がある.頭部画像診断は単なる局在診断の確認だけではなく,多くの情報を取得することが可能であり,急性期治療方針の決定に寄与する.また再発予防治療においても画像診断の有用性は高い.脳実質だけではなく,頭蓋内外の血管の状態を知ることで最適な治療方針を選択することが可能となる.虚血性脳卒中の場合,脳の低灌流状態があれば再発リスクが高くなることから,血行再建術を考慮すべき症例もある.この場合,脳循環や代謝を評価するために脳血流single photon emission computed tomography(SPECT)やpositron emission tomography(PET)などの核医学(radioisotope; RI)診断が必要になる.このような画像診断をうまく用いることで,治療向上につながる.

a.CT

脳梗塞急性期において,頭部単純CT画像は短時間で撮像可能であり,出血性病変の鑑別が容易であるという利点がある.ただし遺伝子組換組織プラスミノゲンアクチベータ(rt-PA)の静注による血栓溶解療法の対象となるような急性期症例は虚血病変が明瞭な低吸収域として描出されておらず,早期虚血性変化(early CT sign)をよむ必要がある.早期虚血性変化が検出される領域が広範囲であれば,静注血栓溶解療法開始後に出血性梗塞を合併するリスクが高くなる.造影CTを組み合わせることで,閉塞血管の確認や脳血流の灌流状態を評価できる2.また撮像範囲を広げることで,静注血栓溶解療法の禁忌である大動脈解離の合併も評価可能である.単純CTは出血病変の描出に優れている.脳出血やくも膜下出血においては,発症直後から血腫の局在や出血量の推定が可能である.脳浮腫などの経過を追うのにも有用である.

b.MRI

脳梗塞急性期では,拡散強調画像(diffusion-weighted image; DWI)で虚血病巣の局在や病巣体積を評価し,MRAで閉塞血管を確認する.DWIでは急性期虚血病巣が高信号に描出されるが,急性期を過ぎた病変も高信号となることがあり,拡散係数(apparent diffusion coefficient; ADC)を画像化したADC mapを合わせて確認することが必要である.DWI高信号化に遅れてFLAIR画像でも梗塞巣が高信号に描出される.このような時系列を理解し,DWI-ADC-FLAIRを比較することで,虚血病巣の発症からの時間が推定できる.この情報は急性期の治療方針決定に必須なものである34.閉塞血管の状態を評価するにはMRAが有用であるが,MRA単独では正しく評価できないことも多い.FLAIR画像では,灌流圧が低下した領域に動脈が高信号となる現象がみられることがあり,hyperintense vessel sign(HVS)もしくはintra-arterial sign(IA sign)と呼ばれる.T2*画像では血管閉塞部位の血栓が強調され,血管径よりも太く拡張された領域で低信号を検出されることがある.Susceptibility vessel sign(SVS)と呼ばれるもので,血栓の存在部位を示すものである.血栓回収療法では,血栓の存在部位を事前に把握しておくことは,治療を進めるうえで有用である.

MRIは脳実質病変だけではなく血管病変の診断にも有用である.頸動脈狭窄は脳梗塞の主要な原因の一つであるが,脳梗塞発症リスクの高い不安定プラークの診断にMRIが有用である.また頭蓋内動脈狭窄部の不安定プラークを評価するには造影3D-MRIが有用である.この手法は血管炎による脳梗塞の診断にも有用である.頸動脈や椎骨動脈の解離病変は壁在血腫が一定期間明瞭なT1高信号を呈し,動脈硬化による狭窄との鑑別や発症時期の推定に有用である.

c.RI検査

虚血性脳卒中の経過により,低灌流状態が残存することがある.低灌流状態では脳梗塞再発リスクが高くなる.このため頸動脈狭窄によるものに対しては頸動脈内膜剝離術や頸動脈ステント留置術が,内頸動脈や中大脳動脈閉塞例に対しては脳動脈バイパス術が考慮される.その適応決定や術後の過灌流を予測するためにSPECTやPETといったRI検査が有用である.血管狭窄病変により灌流圧が低下すると,脳血管は拡張して脳血流量を確保する(stage 1).さらに灌流圧が低下すると,脳局所での酸素摂取率を上げて代償する(stage 2).さらに虚血が進み,この代償が破綻すれば脳梗塞発症となる.脳動脈バイパス術の適応となるのはstage 2である.PETでは負荷試験を使うことなく酸素摂取率を直接に評価することが可能であり有用である.

脳卒中診療に画像診断をうまく使うには,脳卒中病態の多様性を理解しておく必要がある.写っていても知らないものは見えないのである.一人でも多くの若手医師が,画像診断を武器の一つとして携え,脳卒中に立ち向かうことに興味を持っていただければ幸いである.

2  超音波診断   藤本 茂(自治医科大学 内科学講座神経内科学部門 教授)

超音波診断は簡便に頭蓋内外脳血管の狭窄性病変や脳塞栓症の塞栓源を評価できる検査法であり,脳神経内科医が是非身に着けるべき技のひとつである.

脳梗塞超急性期の静注血栓溶解療法や機械的血栓回収療法の適応症例では,発症から治療開始までの時間が転帰に大きく関わるため,検査のために十分な時間を確保することが難しいことも少なくない.頸動脈超音波検査法や経頭蓋カラードプラ法(transcranial color flow imaging; TC-CFI)を用いることにより,急性大動脈解離の除外や主幹動脈閉塞の診断が簡便かつ高精度に可能である.また,脳塞栓症の患者においては塞栓源の検索が重要となるが,経食道心エコー(transesophageal echocardiography; TEE)により心臓内血栓,疣贅,卵円孔開存などの右左シャント,大動脈弓部動脈硬化性病変などの詳細な評価が可能となり,塞栓源不明の脳塞栓症(embolic stroke of undetermined source; ESUS)の原因検索では大きな武器となる.

a.血管病変の評価~頸部血管エコー~

頸動脈超音波検査法は,Bモードと呼ばれる断層法とパルスドプラ法を組み合わせたduplex法を用い,リアルタイムに血流情報を得ることができる.Bモード断層法は,血管壁や血管内腔を直接観察でき,動脈硬化の評価や狭窄・閉塞診断が可能である(Fig. 1A, B).カラードプラ断層法により,狭窄部を直接観察することが可能で(Fig. 1B),径狭窄率と面積狭窄率を計測する.ドプラ計測法ではBモード断層上で目的とする血管にサンプルボリュウムを設定し,血流速度(最大収縮期血流速度,拡張末期血流速度,平均血流速度)を絶対値として算出することができる.狭窄部には,血流速度の上昇と乱流がみられる.頸動脈内膜剝離術やステント留置術の適応となるような高度狭窄例では収縮期最大血流速度が著しく上昇(≧200~250 cm/sec)していることが多い(Fig. 1C).MRAのみでは狭窄病変が過大評価されることも少なくなく,超音波検査を組み合わせることにより,より正確な診断が可能となる.

Fig. 1 Ultrasonographic evaluations for stroke patients.

A. A case of total occlusion of the internal carotid artery. The color signal is lost from the origin of the internal carotid artery on the color Doppler mode of duplex carotid ultrasonography (arrow).

B. A case of severe stenosis of the internal carotid artery. A regional turbulence color echo (mosaic echo) is observed on the stenotic lesion on the color Doppler mode of duplex carotid ultrasonography (arrow).

C. A high peak systolic flow velocity of 200 cm/s or more is observed on the severe stenotic lesion on the pulse Doppler mode of duplex carotid ultrasonography (arrow).

D. Transcranial color flow imaging. Detection of the intracranial cerebral arteries flow signals from the temporal bone window.

E. Detection of the middle (MCA), anterior (ACA), and posterior (PCA) cerebral artery on the color Doppler mode of transcranial color flow imaging.

F. Detection of the aortic arch atheroma with ulceration (arrow) on the B-mode of transesophageal echocardiography.

b.血管病変の評価~経頭蓋カラードプラ~

1980年後半よりBモード,カラードプラ,およびパルスドプラが組み合わさったTC-CFIが登場した.TC-CFIでは2~3 MHzの専用のセクター型プローブを用い,Bモードにより脳の構造を,カラードプラにより脳血管の血流信号をリアルタイムに描出することができる(Fig. 1D, E).このため目的とする血管とのドプラ入射角を計測し角度補正できるため,その部位の血流速度を絶対値として測定可能である.血流速度の評価により,中大脳動脈などの頭蓋内脳血管の狭窄・閉塞を高精度に診断可能である.その他,TC-CFIを用いてくも膜下出血後の血管攣縮や頸動脈内膜剝離術・ステント留置術後の過灌流症候群のモニタリングがベッドサイドで実施可能であり5,脳神経外科とのチーム医療でも威力を発揮する.

c.塞栓源の評価~経食道心エコー~

ESUSでは,可能な限り塞栓源の検索を行うことが再発予防や予後改善に繋がる.脳塞栓症の原因となるものとして,発作性心房細動,心筋梗塞,リウマチ性心臓病,心内膜炎,腫瘍,人工弁,卵円孔開存,大動脈弓部の動脈硬化性病変などが挙げられる.TEEは,経胸壁心エコー検査に比べ,左房,特に左心耳内血栓の検出,右左シャント性疾患の診断,大動脈弓部の動脈硬化性病変の評価にすぐれており(Fig. 1F)6,TEEを施行しないと原因不明に分類されてしまう脳梗塞症例も少なくない.心臓内血栓の評価やESUSにおける塞栓源の検索には欠かせない検査法である.

3  虚血性脳血管障害への血管内治療   藤堂謙一(大阪大学 神経内科学 助教)

a.歴史

1980年代より血栓溶解薬を動注する試みが報告され,本邦からも脳神経内科医である森 悦朗医博(現大阪大学教授)らにより,中大脳動脈閉塞に対する頸動脈からのウロキナーゼ動注の試みが報告された7.その後,マイクロカテーテルにより頭蓋内動脈へのアプローチが可能となり,北米および本邦8で中大脳動脈閉塞に対する局所動注療法の多施設ランダム化試験が実施され,両試験のメタアナリシスでその有効性が示された.しかしながら再開通率や出血合併症の改善が課題として残され,機械的再開通療法の取り組みも並行して報告された.我々は局所動注療法のほか頭蓋内専用バルーンを用いた血管形成術などによる緊急血行再建治療に取り組み,有効再開通率は5割程度と十分ではないものの,再開通例の3ヶ月後mRSスコア2以上の転帰良好の割合は5割で,非再開通例に比べ良好であった9.限られた施設で限られた対象症例に対してのみこれらの緊急血管内治療が実施されていたが,欧米で開発された脳血栓回収専用のらせん型血栓捕捉用ワイヤーが2010年に本邦で承認され,緊急血栓回収療法の本格的な幕開けとなった.2011年には脳血栓回収専用の吸引カテーテルが,2013年には脳血栓回収専用のステント型血栓回収機器が承認され,これらが改良され現在の治療デバイスに至っている.2015年には複数の多施設ランダム化試験により,緊急血栓回収療法の有効性が相次いで示され,各国の指針が書き換えられたことで,必須の治療法として一気に普及することとなった.

b.治療の実際

いかに早く有効再開通を獲得するか.我々に課された最大の使命は,有効再開通までの時間の短縮である.救急隊からの搬入要請や院内コンサルトの時点で「code stroke」が起動される.ワイドトリアージを容認し,患者接触前から予断をもたずに受け入れ準備を整え,搬入後10分以内にCT + CTアンギオまたはMRI撮像を開始できるワークフローを院内で整えておき,専門医不在でも迷わずに搬入から15分で診察・画像診断完了を目標としておきたい.我々の施設では脳卒中疑い搬送のうち2割は非脳卒中,3割は脳出血,4割は主幹動脈閉塞のない脳梗塞,残り1割が主幹動脈閉塞のある脳梗塞である.この1割の症例は,rt-PA投与を開始しつつ,搬入から30分以内にカテーテル室への入室を完了する.大腿動脈穿刺の後,ガイディングカテーテルを内頸動脈に留置し,マイクロカテーテルを閉塞部位に誘導,ステント型または吸引型血栓回収機器で血栓回収1パス目が終了するまで,搬入から60分以内を目標とする.投与中のrt-PAを途中終了することもある.再開通を得られなければ,2パス目,3パス目と繰り返し,さらに15分,30分と時間が経過する.本邦のレジストリ研究では70歳未満の症例で発症から3時間以内に再開通できれば,90%の症例で3ヶ月後自立(modified Rankin scale score ≤ 2)を獲得できたが,4時間以内では67%であった10.治療後すみやかに麻痺が改善し,会話が可能となることも多い.不明であった発症時の状況が血栓回収治療後の本人からの問診で明らかとなることもある.10年前には考えられなかった光景である.

4  静注血栓溶解と急性期薬物療法   古賀政利(国立循環器病研究センター 脳血管内科 部長)

a.静注血栓溶解療法

脳神経内科医に求められるのは,本療法の適応を迅速に判定し開始することである.rt-PAであるアルテプラーゼ0.6 mg/kgを使用する本療法を行うが,まだ脳梗塞全体の約7%にしか施行されておらず,さらなる普及が期待される.発症から治療開始までの時間が短いほどより大きな治療効果が期待できる.脳梗塞病型や脳主幹動脈の有無に関わらず,80歳以上の高齢,軽症(NIHSS4点以下),重症(NIHSS22点以上)でも有効な治療法である11

適正治療指針第3版12にしたがい適応外項目と慎重投与項目のいずれもない場合は治療適応であり迅速に治療を開始する(治療の利益・不利益について可能な限り患者ないし代諾者に説明し,同意を得ることが望ましいが,それは必須条件ではなく,代諾者不在であるがゆえに患者が本治療を受けられないような事態は避けるべきである).適応外項目はないが,慎重投与項目がある場合は,適応の可否を慎重に検討し利益が不利益よりも勝っていると判断した場合に限り,本療法を行う.慎重投与例に対しては,患者ないし代諾者への説明と,それに基づく同意が不可欠である.

b.頭部画像診断による症例選択

海外のWAKE-UP試験3やEXTEND試験2で,最終健常確認時刻から4.5時間超でもDWI-FLAIRミスマッチや虚血コア-灌流異常ミスマッチを有する急性期脳梗塞に対してアルテプラーゼ0.9 mg/kgによる静注血栓溶解療法が有効であった.わが国では同様のDWI-FLAIRミスマッチを有する急性期脳梗塞に対してアルテプラーゼ0.6 mg/kgの有効性と安全性を確認するTHAWS試験を行った4.WAKE-UP試験によりDWI-FLAIRミスマッチによる症例選択の有効性が示されたためにTHAWS試験は131例で登録終了した.アルテプラーゼ治療群と対照群ともに約半数が3ヶ月後の転帰が完全自立となり両群間の差はなかった.アルテプラーゼ投与による頭蓋内出血や3ヶ月後死亡の増加はなかった.今後は,WAKE-UP,EXTEND,ECASS4,THAWS,MR-WITNESSの個別患者データ統合解析や観察研究THAWS2で最終健常確認時刻から4.5時間を超えた場合の頭部画像診断による症例選択による静注血栓溶解療法の有効性と安全性を明らかにする.

c.テネクテプラーゼ(新世代rt-PA)

アルテプラーゼより新世代のrt-PAであるテネクテプラーゼはフィブリン特異性が高く,PAI-1に強い抵抗性があり,生物学的半減期が20~24分と長い(アルテプラーゼは4~5分).アルテプラーゼは10%を静注後に残り90%を1時間かけて点滴投与するが,テネクテプラーゼは単回静注投与が可能で簡便に使用できる.豪州や欧州などの臨床試験でアルテプラーゼと同等または優れる安全性と有効性が示されており,アルテプラーゼから切り替わる可能性がある.わが国でもTASTE-IA Japan試験でアルテプラーゼ0.6 mg/kgと比較したテネクテプラーゼの安全性と有効性を検討していく.

d.急性期薬物療法

血管内治療を含めた再灌流療法後には,二次予防目的の抗血栓療法を行う.心原性脳塞栓症に対しては抗凝固薬を使用する.長い間ワルファリンによる再発予防を行ってきたが,2011年より直接作用型経口抗凝固薬を使用できるようになった.直接作用型経口抗凝固薬は脳梗塞や全身塞栓症の予防効果がワルファリンと同等もしくは優れ,頭蓋内出血のリスクを半分程度に抑えることができる.これまでの無作為割付試験では脳梗塞発症早期の患者が含まれておらず,早期開始の安全性と有効性を確認するELAN試験などの無作為割付試験が進行中である.非心原性脳梗塞では抗血小板薬を早期から投与する.軽症脳梗塞またはTIAでは抗血小板薬2剤併用(例えばクロピドグレルとアスピリン)により再発が有意に抑制されることが示されているが,長期投与による出血性合併症の発生に注意が必要である.

5  亜急性期以降の再発予防   井口保之(東京慈恵会医科大学 脳神経内科 教授)

脳梗塞とは,脳血管が閉塞しその末梢組織に虚血が生じ壊死する疾患である.血管を閉塞する原因,すなわち脳梗塞発症機序は実に多彩である.しかし,いかなる脳梗塞発症機序であっても「Apoplexy(APO)でしょ」と揶揄する表現に遭遇する機会は嘗て珍しくなかった.確かに脳梗塞に対する超急性期にはその病型診断に関わらず経静脈的線溶療法もしくは血栓回収療法を軸とした再灌流療法を展開,リハビリテーションを含む集学的チーム医療(stroke unit)で全身管理を行う.近年注目を集めている再生医療の実臨床への応用も病型診断を問わない急性期脳梗塞例を対象として治験が開始されている.そもそも発症から治療開始までの時間,therapeutic time windowが狭い超急性期脳梗塞例に対して厳密な脳梗塞病型診断に基づく治療戦略を立案することは非現実的である.ならば亜急性期以降の再発予防もまた病型診断を問わないのであろうか.否,脳梗塞と診断後の亜急性期以降にこそvascular neurologist(VN)の腕の見せ所,病者と共に歩む再発予防の裾野が広がっていることを理解したい.

なぜVNは脳梗塞の発症機序と病型診断に拘るのか.その理由は「脳梗塞の病型ごとに再発予防戦略が異なる」からである.脳梗塞の病型診断はNINDS13もしくはTOAST分類14に従う.内科医としての立場から基盤にある動脈硬化もしくは心疾患を評価し,ラクナ梗塞およびアテローム血栓性脳梗塞に対しては抗血小板薬を,さらに心原性脳塞栓症に対しては抗凝固薬を投与する.症候性内頸動脈狭窄例には頸動脈内膜剝離術・ステント留置術の適応可否を検討する.

ラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞および心原性脳塞栓症,これら基本3病型以外の脳梗塞を適切に病型診断するためには,超音波検査,放射線画像検査および採血検査などを駆使する必要がある.診察の基本となる詳細な病歴確認により動脈解離,あるいは違法薬物が脳梗塞発症に関与していたと判明することもあろう.自己免疫疾患,血液凝固異常に伴う血栓性素因,悪性腫瘍合併例に対してはそれぞれの基礎疾患を適切に見極める「全身が診察できるgeneral physician」の素養が不可欠である.卵円孔開存のみが脳梗塞発症に関与していると判断できた場合には,循環器医と協力し経皮的卵円孔開存閉鎖術の適否を検討する15.潜在性心房細動以外には原因はなかろう,と判断した場合には埋め込み型心電計を導入する16.潜在性心房細動を検出し得た場合には直ちに抗凝固療法開始の適否を判断,場合によっては心房細動に対する根治療法(アブレーション)を提案できるかもしれない.

未曾有の高齢化社会を迎える本邦の脳梗塞発症率17と有病者数を勘案すると,VNのみで全脳梗塞例の生活歴に渡り再発予防を実践することは到底不可能である.VNは地域一般医家のハブとなり1)脳梗塞再発予防に対する適切なコンサルタント,さらに2)教育研修機会の中心的役割を果たされたい.いずれの脳梗塞病型においても抗血栓薬は脳梗塞再発予防の主軸である.抗血栓薬の処方に起因する出血性合併症を回避し18,かつ脳梗塞再発予防効果を高めるためにVNがすべきことは何か?その答えは先達が公表し蓄積した知見,さらに我々が今取り組んでいる臨床研究の成果にあると確信している.熱意ある若手諸君の参加を心より歓迎したい.

6  脳卒中を診る脳神経内科医のキャリア形成

(1) 脳卒中診療のための初期修練   河野浩之(杏林大学 脳卒中医学 講師)

脳卒中は,静注血栓溶解療法や血管内治療など治療が飛躍的に発展し,「よくなる」患者さんが増え,大きな喜びを感じられるようになった.Common diseaseなので多くの患者さんの役に立つことができる.また,脳卒中以外の急性神経疾患にも対応できる点で,脳神経内科医は活躍の場は広い.これらは初期修練を始めるとすぐに実感できる.

脳卒中診療の大半は内科医療であり,初期研修の経験を生かせる.初期~専門修練では,脳卒中の基本的知識,手技(カテーテル,超音波検査など)を獲得したり,チーム医療を学んだりできる.私の修練時代の苦い経験のひとつに,カテーテル治療中に正常だった脳動脈が閉塞してしまったことがある.幸いにも患者さんの症状は悪化しなかった.ご指導いただいた先生方のおかげで,原因がヘパリン起因性血小板減少症と診断でき,情報発信に繋がった1920.一人一人を「どこまで突き詰めるか」を学んだ.

脳卒中修練をできる施設は以前より増えた.気楽に見学し,指導者,診療・教育体制,修得できる技術や資格,キャリアに繋がる点,雰囲気を,あなたの目で確認し,決めると良いと思う.「修練」≠楽々,しかし,きっと素晴らしい仲間にも出会える.

(2) 血管内治療修得への道   田中寛大(国立循環器病研究センター 脳卒中集中治療科 医師)

私が脳神経内科医を志したのは天理よろづ相談所病院のジュニアレジデントであった2010年のことで,時間軸に逆行する改善が見込めない疾患が多く,患者さんに寄り添った意思決定支援の難しさを,切実な課題と感じていた.一方で脳卒中など,集中治療を要する疾患も多く,急性期から慢性期の支援までが同時に混在したタフな診療を要するところも魅力であった.脳神経内科医として一歩を踏み出した2011年にはPenumbraシステムが活用されており,静注血栓溶解療法で改善しない主幹動脈閉塞例に対する血栓回収術を脳神経外科に依頼することが増えていた.脳神経内科医も血管内治療を実施できれば,診療科間の協力を強化できると考え,同院脳神経内科部長の末長敏彦先生,脳神経外科部長の秋山義典先生のご理解の下,2015年夏から血管内治療の本格的修練を開始した.脳神経内科外来を続けつつ,脳神経外科の診療と血管内治療を中心とした診療に切り替え,直達手術にも多数参加した.懐の深い環境で多数の経験を積み,2017年に脳神経血管内治療専門医を取得した.血管内治療修得への道は,脳卒中の精細な診断,急性期治療から二次予防,意思決定支援に至るまで,確実に活きている.脳神経内科医に必要とされる幅広い知識,技術,マインドセットの中に血管内治療が位置付けられると確信している.

(3) 研究活動と留学の体験   猪原匡史(国立循環器病研究センター 脳神経内科 部長)

昨今は内科専門研修や専門医取得に時間を要し,脳卒中研究に興味を示す若手医師が少なくなっているように感じる.医療が高度・専門化し,専門家への道のりに時間を要するのは致し方ないが,その高度医療を生み出してきたのは先達の医学研究への飽くなき情熱である.我々がその情熱を失えば,これからの医学の進歩はない.何の疑問も抱かずにガイドラインに沿って治療を行うのではなく,自ら新しいエビデンスを生み出す気概を持ち続けていてほしいと思う.言い換えれば,脳卒中を診る脳神経内科医もPhysician Scientist(研究医)であり続けてほしいと思う.

Physician Scientistは科学的思考を常に持ち続ける医師に与えられる称号であり,留学はその高みに到達する近道ではないかと思う.この情報社会にあって,海外に行かなければ得られない情報はないが,その情報を最大限に活用して次のエビデンスを確立するためには留学経験が役立つと思う.高い目標さえ持ち続ければ国際学会での発表も難なくこなせるようになろう.人脈も広がるに違いない.世界に伍する脳卒中研究が今後も我が国から出続けるためには,内向き志向を捨て,脳卒中の若手Physician Scientistが続々と誕生することが望まれる.「何かを得れば何かを失う」と言うが,殊留学に関しては,得るもの多くあれど,失うものは何もない.

(4) シニア医師から若手への助言   木村和美(日本医科大学 脳神経内科 教授)

私がなぜ脳卒中を専門に,今,やっているか? それをお話しましょう.それは,私が入局した脳神経内科の教授から,国循に勉強に行きなさいと言われ,国循の門を叩いたからです.医師3年目の時で,もう30年前です.教授の一言がなかったら,今の私はなかったと思います.国循レジデントとして3年間,色んな経験をし,多くの立派な人に出会いました.私の経験から言える若手の医師への助言は,医師になって5年間が勝負!ということです.この5年間を,いかに過ごすか,将来が決まると言っても過言ではありません.一流の人と一緒に働き,一流の診療を見ることです.特に,一流の人との出会いは,その後の自分の医師像を決めます.なにが本物か分かるようになります.絵画でも陶器でも,国宝を見ないと,本物のよさは分かりません.また,この5年間,だれにも負けないものをつかむことです.多くの人は,自分はがんばっていると言いますが,上司から見ると,組織の1割しか頑張っている人はいません.人より,半歩でよいですから,先を行くようにしてください.私からの若手医師への助言は,医師になって5年間,人より半歩進み,一流の人,診療を体験することです.本物がわかる医師になるように,がんばってください.

Notes

※本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業・組織や団体

〇開示すべきCOI状態がある者

1 著者名 豊田一則:講演料:第一三共,バイエル薬品,ブリストル・マイヤーズスクイブ,日本ベーリンガーインゲルハイム

2 著者名 八木田佳樹:講演料:第一三共

3 著者名 藤本 茂:講演料:第一三共,バイエル薬品,武田薬品

4 著者名 古賀政利:講演料:バイエル薬品

5 著者名 井口保之:講演料:第一三共,日本ベーリンガーインゲルハイム,バイエル薬品,ブリストル・マイヤーズスクイブ 奨学寄付金:サノフィ株式会社

6 著者名 猪原匡史:講演料:第一三共,バイエル薬品,エーザイ 研究費:ブリストルマイヤーズスクイブ

7 著者名 木村和美:講演料:第一三共,バイエル薬品,ブリストル・マイヤーズスクイブ,日本ベーリンガーインゲルハイム 研究費・助成金:第一三共,ファイザー,帝人ファーマ,日本メドトロニック,日本ベーリンガーインゲルハイム

〇開示すべきCOI状態がない者

著者名:藤堂謙一,河野浩之,田中寛大

本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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