2020 年 60 巻 12 号 p. 852-856
症例は77歳男性である.71歳時に肺腺癌の既往あり.1か月前から右上下肢の舞踏運動が出現した.髄液のオリゴクローナルバンドとIgG index高値を認めたことから自己免疫性の機序を疑い抗神経抗体を検索したところ,小細胞肺癌を伴うLambert-Eaton症候群の血清マーカーとして知られる抗SRY-Related HMG-Box Gene 1(SOX1)抗体が陽性であったが,腫瘍の併存は認めなかった.また非腫瘍性自己免疫性舞踏病の原因と知られる抗リン脂質抗体や抗LGI1抗体,抗CASPR2抗体はすべて陰性であった.これまで抗SOX1抗体が陽性となる舞踏運動の報告はなく,自己免疫性の舞踏運動が疑われた.
A 77-year-old man with a history of lung cancer at the age of 71 developed involuntary right leg movement for a month. Neurological examination revealed a right-sided hemi-chorea. Autoimmune disease was suspected owing to the presence of oligoclonal bands and the elevated IgG-index in the cerebrospinal fluid. We detected anti-SRY-Related HMG-Box Gene 1 (SOX1) antibodies, known to be serological markers of Lambert-Eaton syndrome with small cell lung cancer, but not tumors. The results of tests for antiphospholipid, anti-LGI1, and anti-CASPR2 antibodies associated with non-paraneoplastic autoimmune chorea were all negative. This is the first suggestive case of autoimmune chorea in which anti-SOX1 antibodies were detected.
抗SRY-Related HMG-Box Gene 1(SOX1)抗体は小細胞肺癌(small cell lung cancer,以下SCLCと略記)を伴うLambert-Eaton症候群(LEMS)や小脳失調症で検出されることがある傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurological syndrome,以下PNSと略記)に関連する抗神経抗体の一つである1).我々は抗SOX1抗体が血清から検出された舞踏運動を呈した症例を経験したため報告する.
症例:77歳 男性
主訴:舌と右上下肢の不随意運動
既往歴:70歳時に腰部脊柱管狭窄症,71歳時に肺腺癌切除術とC型慢性肝炎.
家族歴:類症なし.両親の血族婚なし.
現病歴:1か月前より右足が勝手に動くことを自覚し始めた.3週間前には運転の際に意図せず急制動をかけてしまうようになり,その後右上下肢が勝手に動くようになったため近医の神経内科を受診し,精査目的に当院に紹介され入院した.
入院時現症:血圧102/70 mmHg,脈拍66/分,体温36.3°C.一般内科的には異常所見なし.神経学的には,意識は清明で精神症状や高次機能障害は認めなかった.舌と右上下肢に舞踏運動とチック様の咳払いを断続的に認めた.舞踏運動と咳払いは精神的緊張により増悪した.両上肢の深部腱反射は正常,右膝蓋腱反射亢進と右Wartenberg反射陽性を認めた.運動失調や筋力低下,感覚障害,自律神経障害は認めなかった.
入院時検査所見:軽度の腎機能低下(BUN 30 mg/dl, Cre 1.25 mg/dl)と低カルシウム血症(補正Ca 8.3 mg/dl)を認めたが,肝胆道系酵素,血算,血糖,甲状腺機能に異常は認めなかった.抗核抗体や抗ds-DNA抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体,ループスアンチコアグラント,抗カルジオリピンIgG抗体,抗Cl-β2GPI抗体はすべて陰性で腫瘍マーカー(SCC, CEA, CA19-9, NSE, CYFRA, ProGRP)はいずれも正常範囲であった.
末梢血塗抹では有棘赤血球は認めなかった.髄液検査では細胞数は正常だったが(1/μl),蛋白49 mg/dl(基準値10~40 mg/dl),IgG index 0.78(基準値0.73以下)と上昇し,オリゴクローナルバンドが陽性(7本)であった.頭部MRIでは左被殻上方に無症候性のラクナ梗塞を認めたが,片側舞踏運動の原因となり得る尾状核や視床下核の病変は認めなかった(Fig. 1A~D).
A: Diffusion weighted image (3.0 T; TR 3,000 ms, TE 85 ms) shows no abnormal intensity. B, C: Fluid attenuated inversion recover (FLAIR) image (3.0 T; TR 10,000 ms, TE 120 ms) and T2 weighted image (3.0 T; TR 3,500 ms, TE 80 ms) show a high intensity region in the upper side of left putamen, suggesting old lacuna infarction. D: T1 weighted image (3.0 T; TR 2,000 ms, TE 20 ms) shows a low intensity region in the upper side of left putamen. An atrophy of caudate nucleus is not observed.
入院後経過:ハロペリドール2.25 mg/日の内服を開始し,舞踏運動は軽減した.髄液のオリゴクローナルバンド陽性とIgG index高値を認めたことから自己免疫性の機序が疑われ,さらに肺癌の既往があることからPNSが疑われた.全身の造影CTと18F-FDG PET-CT検査では腫瘍性病変は指摘できなかったが,PNSに関連する自己抗体を測定したところ抗SOX1抗体が陽性と判明した(イムノブロット法:BML)(Fig. 2).他のPNS関連自己抗体(抗amphiphysin抗体,抗CRMP-5/CV2抗体,抗Ma2/Ta(PNMA2)抗体,抗Ri抗体,抗Yo抗体,抗Hu抗体,抗recoverin抗体,抗titin抗体,抗zic4抗体,抗GAD65抗体,抗Tr抗体)はすべて陰性であった(Fig. 2).また抗LGI1抗体,抗CASPR2抗体に関連する非腫瘍性自己免疫性舞踏病の報告も認めるため2)3),これらの自己抗体も検索したがいずれも陰性であった(cell-based assay(CBA)法:コスミックコーポレーション).入院1か月後に退院し,その2か月後にパーキンソニズムが出現したためハロペリドール内服を漸減,中止した.その後も舞踏運動の再発は認めなかったため免疫療法は行わなかった.退院半年後の胸部CTでは肺癌も含め悪性腫瘍は認めていないが,1年後に左足に再び舞踏運動を認めたため抗SOX1抗体を再検したところ陽性が持続していた.ステロイドパルス療法とステロイドの内服治療を行っているが,効果に乏しいため次の免疫療法を検討中である.
本例の入院時の片側舞踏運動の原因として,脳腫瘍,ハンチントン舞踏病,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA),神経有棘赤血球症,全身性エリテマトーデス,ウィルソン病,高血糖,薬剤性,中毒性,発作性運動誘発性舞踏アテトーゼなどについては症候,服薬歴,画像所見,および血液検査所見からいずれも否定的と考えられた.片側舞踏運動の責任病巣としては対側の尾状核,視床下核,淡蒼球,被殻が知られているため,本例でも左被殻の陳旧性のラクナ梗塞との関連も疑われたが,脳血管障害による片側舞踏運動は発症当日,遅くとも5日以内に発症するため4),本例の左被殻病変が急性期病変ではないことから舞踏運動との関連はないものと考えた.さらに退院後には左足にも舞踏運動を認めたことから左被殻病変の関与は否定的と考えられる.一方,本例では髄液のオリゴクローナルバンド陽性とIgG index高値から自己免疫機序が疑われ,肺腺癌の既往があったこと,またPNSで報告のある抗SOX1抗体が陽性であったことから1),舞踏運動の原因としてPNSが当初疑われたが,退院後1年間の追跡では肺癌の再発は認めていない.しかしPNSが腫瘍に先立って出現する例もあること,またEuropean Federation of Neurological Societies(EFNS)のPNSガイドラインではLEMSで2年間,他のPNSで4年間は腫瘍の検索を推奨していることから現時点はPNSの可能性も否定できず,今後も腫瘍の発生に注意する必要がある5).
SOX1は転写調節機能を持つDNA結合タンパクの一つで,細胞外ではシグナル分子として細胞のapoptosisやautophagyを促進する機能を有し6),主に中枢神経,とくに発達過程の神経系や成人小脳のBergmann gliaやSCLCに高発現していることが知られている7).抗SOX1抗体はSCLC単独の15%程度に検出され,SCLCを伴う抗VGCC抗体陽性のLEMSやSCLCを伴う傍腫瘍性小脳変性症ではその60%に検出されるためSCLCに伴うPNSの診断マーカーとして認知されている8).最近では抗SOX1抗体陽性の非腫瘍性運動感覚ニューロパチーや自己免疫性脳炎の報告があるが9)~11),Ruiz-Garcíaらは139例の運動感覚ニューロパチーをイムノブロット法でスクリーニングした結果,1例しか抗SOX1抗体が検出されず,その1例もより感度の高いCBA法で確認した結果陰性であったことを示しており,抗SOX1抗体と運動感覚ニューロパチーの関連については議論の余地がある8).本例では抗SOX1抗体についてCBA法による確認までは行っていないが,1年後のイムノブロット法による再検でも検出されているため疑陽性の可能性は低いと思われる.ただしイムノブロット法で検出された抗SOX1抗体陽性例の内,western blot法かCBA法で確認できたのは38.8%であるとする研究もあり,現在のイムノブロット法の結果の解釈には十分注意を払う必要がある12).また抗SOX1抗体陽性の自己免疫性脳炎の報告の多くは抗GABAB受容体抗体や抗Amphiphysin抗体も併存していることからは10)11),抗SOX1抗体には病原性はなくbystanderである可能性も指摘されている13).以上から本例で検出された抗SOX1抗体は免疫反応を示すマーカーではあるものの舞踏運動の直接の原因ではない可能性も考えられる.
自己免疫性舞踏病は傍腫瘍性と非腫瘍性の二つのタイプに分けられ3),傍腫瘍性舞踏運動の随伴腫瘍としてはSCLCが,関連する抗体としては抗CRMP-5/CV2抗体が最も多く報告されている3)14)~16).他に抗Hu抗体,抗Yo抗体,N型抗VGCC抗体,P/Q型抗VGCC抗体,抗GAD65抗体,抗VGKC複合体抗体,抗Ri抗体,抗amphiphysin抗体,抗striational抗体が報告されているが抗SOX1抗体の報告はない(Table 1)3)14)~18).この中で本例ではN型抗VGCC抗体と抗striational抗体以外はすべて陰性で,この二つの抗体は検索していないが,N型抗VGCC抗体を伴う症例の多くは抗CRMP-5抗体が共存しており3)14),本例では抗CRMP-5抗体は陰性であった.また抗striational抗体に関連する舞踏病としては胃癌と前立腺癌を伴っている例や3),MRIで両側線条体病変とパーキンソニズムを伴っている例が報告されており19),いずれも本例の臨床像とはかなり異なっていた.一方,非腫瘍性自己免疫性舞踏病の原因としては抗リン脂質抗体症候群20)や抗LGI1抗体2),抗CASPR2抗体3),N型抗VGCC抗体が報告されているが21),抗リン脂質抗体,抗LGI1抗体,抗CASPR2抗体もすべて陰性であった.ただし,高力価のN型抗VGCC抗体が検出された非腫瘍性舞踏運動の報告も認めるため21),本例もN型抗VGCC抗体が関連している可能性は完全には否定できない.自己免疫性舞踏運動における抗SOX1抗体の意義を明らかにするには,類似例の蓄積が必要であるが,貴重な症例と考え報告した.
Author | No. of patients | Tumor type (n) | Antibodies (n) |
---|---|---|---|
Vernino (2002)14) | 16 | SCLC (9) SCLC + Adenocarcinoma (2) Lung mass (2) Renal cell carcinoma (1) Lymphoma (1) Unknown (1) |
CRMP-5 (16) VGKC (1) VGCC-N (4) VGCC-P/Q (1) ANNA-1 (6) |
Kinirons (2003)15) | 1 | SCLC (1) | CRMP-5 (1) |
Samii (2003)16) | 1 | Non-Hodgkin lymphoma (1) | CRMP-5 (1) |
Dorban (2004)17) | 1 | SCLC (1) | Hu (1) |
Krolak-Salmon (2006)18) | 1 | Adenocarcinoma of lung (1) | Yo (1) |
O’Toole (2013)3) | 14 | SCLC (4) Non-SCLC (3) Lymphoma (2) Leukemia (1) Colon cancer (2) Prostate cancer (2) Bladder cancer (1) Breast cancer (1) Pancreas cancer (1) Gastric cancer (1) |
CRMP-5 (5) Hu (3) Ri (1) Amphiphysin (1) GAD65 (3) VGCC-P/Q (2) Striational (2) VGCC-N (1) |
SCLC: small cell lung cancer.
謝辞:本症例に対し有益なご助言を賜った新潟大学脳研究所モデル動物開発分野の田中惠子先生に深謝申し上げます.
本報告の要旨は,第104回日本神経学会東北地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.