パーキンソン病(Parkinson’s disease,以下PDと略記)を診断する際には,様々な手法で他の疾患を除外する必要があるが,臨床症状からだけでは鑑別が困難であることが知られており,画像検査や,薬物に対する反応を見ることでようやく診断がつくことが多い.しかし,近年,特に,PD,進行性核上性麻痺,多系統萎縮症の鑑別に役立つさまざまな神経症候が報告されてきている.丁寧に神経学的診察を行うことで,これらの症候を観察すれば,ある程度疾患の鑑別が可能である.現在は画像診断も発展しており,さらに今後AIを用いた診断も検討されているが,今後も系統的な神経学的診察が,これらの疾患を診断するうえでは重要である.
新型コロナウイルス感染症(corona virus disease 2019,以下COVID-19と略記)の流行により,脳卒中診療は大きく変貌しており,受診数減少,受診遅延,recombinant tissue plasminogen activator静注療法や機械的血栓回収療法の施行数減少などが報告されている.既報告ではCOVID-19患者の1.1(0.4~8.6)%程度に脳卒中が合併している.特徴は,虚血性脳卒中,特に潜因性脳梗塞や大血管病変合併例が多く,D-ダイマー高値例が多く,心血管危険因子を持つ患者での発症が多く,転帰不良例が多いことなどである.また本疾患では動脈血栓塞栓症より静脈血栓塞栓症が多く,急性冠症候群より脳卒中発症が多い.安全で有効かつ迅速な治療を完全な感染対策下で行うprotected code strokeが提案されている.
症例は89歳男性.38°C台の発熱が持続し意識障害が出現したため入院となった.血液検査で低Na血症を認め,頭部MRIの拡散強調画像で両側帯状回皮質に高信号を認めたが,脳脊髄液中の細胞数上昇を認めなかった.血液検査で抗単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus)IgM抗体陽性が判明したのちに,アシクロビルを投与したものの呼吸状態が急速に悪化し第8病日に死亡した.剖検では急性壊死性脳炎を認め,炎症は橋被蓋や延髄にも及んでいた.単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis)における急性呼吸障害の原因として脳幹病変を病理学的に確認することができた貴重な症例であった.
症例1は55歳男性,菌血症加療中に左中大脳動脈閉塞から脳梗塞を来し,血栓回収療法で感染性心内膜炎の疣贅が回収された.症例2は59歳女性,肝内胆管癌化学療法中に末梢枝の脳梗塞を発症後,再度左中大脳動脈閉塞から脳梗塞を発症し,血栓回収療法で非細菌性血栓性心内膜炎(nonbacterial thrombotic endocarditis,以下NBTEと略記)の疣贅が回収された.担癌患者において,NBTEが従来想定されてきたより多くの脳梗塞発症に関わっている可能性がある一方で,感染性心内膜炎発症にも注意が必要である.両者の心内膜炎に起因する脳梗塞に対する血栓溶解療法や血栓回収療法の有効性や安全性については今後も検討が必要であるが,回収栓子が鑑別の手掛かりとなる可能性が考えられる.
症例は77歳男性である.71歳時に肺腺癌の既往あり.1か月前から右上下肢の舞踏運動が出現した.髄液のオリゴクローナルバンドとIgG index高値を認めたことから自己免疫性の機序を疑い抗神経抗体を検索したところ,小細胞肺癌を伴うLambert-Eaton症候群の血清マーカーとして知られる抗SRY-Related HMG-Box Gene 1(SOX1)抗体が陽性であったが,腫瘍の併存は認めなかった.また非腫瘍性自己免疫性舞踏病の原因と知られる抗リン脂質抗体や抗LGI1抗体,抗CASPR2抗体はすべて陰性であった.これまで抗SOX1抗体が陽性となる舞踏運動の報告はなく,自己免疫性の舞踏運動が疑われた.
症例は63歳男性である.2ヶ月間にわたり遷延する食思不振があり,その後,全身のびまん性筋力低下と認知機能障害を認めた.脊髄MRIでlongitudinally extensive spinal cord lesion(LESCL)を認め,頭部ガドリニウム造影MRIで多発線状造影効果を認めた.脳生検で原発性中枢神経系血管炎と診断した.免疫療法により,頭部及び脊髄MRIの異常信号は消失し,筋力低下と認知機能障害は改善した.認知機能障害を来した患者においてLESCLを認めた場合,鑑別疾患として本疾患を念頭に置き,疑いがある場合には脳生検での確定診断を経て,適切に免疫療法を施行する必要がある.
再生不良性貧血加療中の72歳男性.左肩から上腕部にかけて帯状疱疹を認め,13日後に右末梢性顔面神経麻痺および左動眼神経不全麻痺を認めた.脳脊髄液検査では,水痘−帯状疱疹ウィルス(varicella-zoster virus,以下VZVと略記)抗体価指数が25.6と高値であった.頭部CTにて,右橋背側,左中脳内腹側,右視床,左前頭葉から側頭葉に皮質下出血を認めた.MR angiographyでは左中大脳動脈,前大脳動脈に狭窄が見られた.VZV血管症による多発性脳出血に伴う脳神経麻痺と診断し,アシクロビルおよびステロイドによる加療にて症状は改善した.帯状疱疹後の脳神経麻痺の原因としてVZV血管症による出血も鑑別する必要がある.
症例は40歳男性である.2015年に浸潤性胸腺腫,重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)と診断された.2016年,2017年にそれぞれ浸潤性胸腺腫の増大に伴いMGが増悪するエピソードがあった.2018年に胸腺腫の増大に対し化学療法を施行され胸腺腫は縮小した.2か月後,高度の球麻痺と呼吸筋麻痺を伴うクリーゼが出現した.高用量のステロイドや単純血漿交換,免疫グロブリン大量静注療法を行ったが症状の改善を認めなかった.エクリズマブ投与後に軽微症状まで改善した.浸潤性胸腺腫合併MGでのクリーゼに対するエクリズマブの有効性を示した初めての報告である.
症例は,初回の全身性けいれん重積で入院した84歳男性.高齢発症てんかんとして抗てんかん薬を投与したが,難治性で人工呼吸器管理を要した.第3病日の頭部MRIで,右内側側頭部から側頭葉,頭頂葉に広範な高信号病変が出現した.傍腫瘍性脳炎を疑い,小細胞肺癌(small cell lung cancer,以下SCLCと略記)が見つかり,髄液の抗gamma aminobutyric acid B receptor(GABABR)抗体が陽性だった.ステロイドパルス療法が有効であった.抗GABABR抗体は,高齢者のSCLCを合併した辺縁系脳炎で検出率が高いとされるが,高齢者では免疫療法が有効なことが多く,積極的に診断する意義があると考えられた.
症例は56歳男性.右上下肢の脱力が出現し,翌日に当科外来を受診.頭部MRIで左内包後脚と橋右側に新鮮梗塞が認められ入院となった.胸背部痛,血圧の左右差はなく,頸部血管超音波で解離を示唆する所見はなかった.D-dimerが2.4 μg/mlと上昇し,胸腹部造影CTを実施したところ偽腔内に血栓を伴うStanford A型大動脈解離を認めた.両側の総頸動脈には異常がなく,第27病日に上行大動脈人工血管置換術を施行した.穿通枝領域を含む複数の血管支配領域に脳梗塞を認め,D-dimerの上昇を伴う場合は胸背部痛や血圧の左右差がなくとも大動脈解離が存在する可能性を念頭に置くべきである.
2020年度(令和2年度)第1回日本神経学会理事会議事要旨
2020年4月11日(土)
2020年度(令和2年度)日本神経学会臨時理事会,臨時学術大会運営委員会合同会議議事要旨
2020年6月30日(火)
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