臨床神経学
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症例報告
神経原性肺水腫をきたした左内頸動脈閉塞症の1例
木村 龍太郎坂本 悠記青木 淳哉片野 雄大西山 康裕木村 和美
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2021 年 61 巻 1 号 p. 29-32

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要旨

症例は,79歳,女性.意識障害,全失語,左共同偏倚,右片麻痺で発症し,胸部X線とCTで肺水腫,低酸素血症を認めた.頭部MRAで左内頸動脈から中大脳動脈は描出されず,MRIでは島皮質を含む左中大脳動脈全域に梗塞を認めた.左内頸動脈閉塞症に対して経皮的血栓回収療法を施行しTICI3の再開通を得た.呼吸状態が悪化し経皮的血栓回収療法直後に気管内挿管行い,人工呼吸器管理を行った.肺水腫は第2病日には著名に改善,第3病日には消失し呼吸状態も改善した.経胸壁心臓超音波,心電図では,心疾患はなく脳梗塞に伴い二次性に生じた神経原性肺水腫と診断した.本症例は左島皮質梗塞が神経原性肺水腫の引き金になったと考えられた.

Abstract

A 79-year-old woman developed consciousness disturbance, left eye deviation, right hemiplegia and aphasia with hypoxemia. Chest X-ray showed bilateral pulmonary edema. MRI revealed the left internal carotid artery occlusion and entire left middle cerebral artery infarct including insular cortex. We performed mechanical thrombectomy therapy and TICI3 recanalization was obtained. During operation, the respiratory condition deteriorated and the ventilator was started after mechanical thrombectomy therapy. Chest X-ray showed butterfly shadow, which indicated pulmonary edema. Pulmonary edema improved on the 2nd day of onset, and disappeared on the 3rd day. There was no heart diseases such as Takotsubo myocardiopathy, acute cardiac failure and cardiomyopathy on echocardiography and electrocardiography. Therefore, we diagnosed her as having neurogenic pulmonary edema due to cerebral infarction including insular cortex. We consider that left insular cortex infarction was a trigger of neurogenic pulmonary edema. If hypoxemia associated with infarction including the insular cortex, neurogenic pulmonary edema should be considered for medical treatment.

はじめに

神経原性肺水腫を併発する中枢神経系の疾患として頭部外傷,くも膜下出血,けいれん,頭蓋内手術の術後,髄膜炎,脳出血などが報告されている1)~3.脳梗塞に伴う神経原性肺水腫としては延髄梗塞の報告はあるが,テント上の脳梗塞に伴う神経原性肺水腫は我々が調べた限り報告はまれである4)~7.我々は島皮質を含む中大脳動脈の広範な脳梗塞に伴う神経原性肺水腫の1例を経験したので報告する.

症例

患者:79歳,女性,右利き,主婦

主訴:意識障害,右片麻痺

既往歴:パーキンソン病.

現病歴:2019年5月朝7時30分頃に起床し朝食の準備をしていたところ,突然倒れ近医に救急搬送された.意識障害,全失語,左共同偏倚,顔面を含む右片麻痺を認め,頭部MRIで左内頸動脈,左後大脳動脈の閉塞を認めたことから,経皮的血栓回収療法目的に当院に転院搬送(10時15分)された.

来院時身体所見:血圧152/86 mmHg,脈拍66回/分,整,体温36.1°Cであった.心音は整で雑音なく,自発呼吸あるも頻呼吸(24回/分)で,両側肺野に吸気時に著明な湿性ラ音を聴取した.口唇や爪に著名なチアノーゼを認めた.神経学的には意識はJCS I-3,全失語,眼球の左への共同偏倚,右顔面を含む右片麻痺(MMT2)を認めた.右バビンスキー兆候は陽性だった.NIHSS 19点であった.

来院時検査所見:血算では,白血球11,300/μlと増加している以外は特に異常なく,血清電解質(Na 139 mEq/l, K 3.8 mEq/l),肝腎機能(AST 36 IU/l, ALT 29 IU/l, Cre 0.76 mg/dl)とCRP 0.21 mg/dlに異常を認めなかった.同日に施行した心電図は正常(Fig. 1)で,Brain Natriuretic Peptide(BNP)369.4 pg/mlであった.動脈血液ガス分圧は酸素6 lマスク投与下で,pH 7.378,Po2 67.6 Torr,Pco2 41.2 Torrと著明な低酸素血症を示した.来院時の胸部X線写真では,両側肺野にbutterfly shadow(Fig. 2A)を認めた.また,胸部CT(Fig. 3)で両側肺野に広範な浸潤影を認めた.上記所見から肺水腫による低酸素血症と診断した.頭部MRIのDWIで島皮質を含む左中大脳動脈,後大脳動脈領域に高信号域(DWI-ASPECTS 3点)(Fig. 4A, B),MRAで左内頸動脈と左後大脳動脈の閉塞を認め(Fig. 4B)急性期脳梗塞と診断した.

Fig. 1 ECG at admission.

ECG is normal with sinus rhythm and no ST change.

Fig. 2 Chest Xp.

A; Chest Xp at admission, B; Chest Xp after thrombectomy therapy, C; Chest Xp 2 days after admission, D; Chest Xp 3 days after admission. Chest Xp at admission shows severe neurogenic pulmonary edema. On day 2 , neurogenic pulmonary edema improved, and disappeared on day 3.

Fig. 3 Chest CT at admission.

Chest CT shows severe neurogenic pulmonary edema at the bilateral lung fields.

Fig. 4 DWI (A and B) and MRA (C) at admission.

DWI shows the left middle cerebral artery infarct including insular cortex. MRA demonstrates the left internal carotid artery occlusion.

経過:左内頸動脈閉塞に対して経皮的血栓回収療法(システム:PenumbraACE68,Solitaire 4 × 60)を施行し発症から4時間30分でTICI3の再開通を得た.経皮的血栓回収療法中に徐々に呼吸状態が悪化し終了後に気道の確保,気管内挿管後に人工呼吸器による呼吸管理を開始した.その際の胸部X線で来院時の胸部X線(Fig. 2B)と比較して両側浸潤影の悪化を認めた.人工呼吸器管理直後の心電図は入院時と比較して変化はなく,経胸壁断心臓超音波検査でも,左室収縮期は正常(EF 56%)で,弁装置にも異常なく,左室肥大もなく,たこつぼ心筋症などの明らかな心疾患は認めなかった.以上より,明らかな心疾患は認められないことと中枢神経系の障害の直後より肺水腫が出現していることより神経原性肺水腫と診断した.第2病日の胸部X線(Fig. 2C)では,肺水腫は改善傾向を示した.第3病日の胸部X線では肺水腫の所見は消失(Fig. 2D)し,以後出現することはなかった.意識障害が遷延したため,気道確保目的で第7病日に気管切開を施行した.その後,呼吸状態の悪化なく人工呼吸器から離脱した.左共同偏倚,全失語,右片麻痺は残存しmRS 5で第49病日にリハビリ病院に転院となった.

考察

我々は広範な中大脳動脈領域の脳梗塞に伴う神経原性肺水腫の1例を報告した.我々が調べた限りテント上の脳梗塞に伴う神経原性肺水腫の報告はまれである.

神経原性肺水腫は中枢神経系の障害が生じた直後に呼吸状態が急激に悪化する病態である.鑑別疾患として嚥下機能の低下による誤嚥性肺炎,急性心不全,化学性肺炎などがあげられる8.本症例は心機能も正常であり,たこつぼ心筋症のような心筋症もなく,急性心不全は否定的で嘔吐などのエピソードもなく誤嚥性肺炎や化学性肺炎は否定的であり神経原性肺水腫と診断し得た.

神経原性肺水腫をきたし得る中枢神経系の障害として頭部外傷,くも膜下出血,けいれん,頭蓋内手術の術後,髄膜炎,脳出血などの報告がある1)~3.脳梗塞に関しては延髄梗塞,椎骨動脈解離など延髄の障害に続発した神経原性肺水腫の報告はあるが,中大脳動脈の脳梗塞による報告はまれである4)~7

神経原性肺水腫の発生機序としては解剖学的,生理学的に分類すると以下のようになる.解剖学的には中枢神経系の障害により交感神経の過剰反応を引き起こす部位が報告されている.その責任病巣は延髄腹外側,嘔吐中枢,弧束核A1とA5,内束網様体,迷走神経背側運動核である9.生理学的には中枢神経系の障害により頭蓋内圧亢進が生じ交感神経が過剰刺激となる.動物実験では頭蓋内亢進により肺動脈圧亢進や肺血管の透過性の亢進をもたらすという報告がある10.くも膜下出血による神経原性肺水腫はよく知られた現象で原因として急激な頭蓋内圧亢進が原因と考えられている11

本症例は延髄に障害はなく,頭蓋内圧の上昇は臨床症状・画像所見からは明らかではなく神経原性肺水腫を引き起こした機序は,上記機序に当てはまらないと思われる.最近では,自律神経中枢を,視床下部,前部帯状回,島皮質,扁桃体,視床下部,脳幹網様体などのネットワークとして捉えられるようになり,中枢自律神経網(central autonomic network,以下CANと略記)と呼ばれている12.Oppenheimerらがてんかん患者に側頭葉離断術を施行する際に,右の島皮質を刺激すると頻脈と血圧上昇,左の島皮質を刺激すると徐脈と血圧低下が誘発されたことを1992年に報告し右の島皮質が交感神経中枢,左の島皮質が副交感神経中枢であると報告している13.島皮質の障害では不整脈,血圧の変動,心筋症,睡眠障害,BNP,カテコラミン,血糖の上昇をきたすことがある14.本症例は島皮質を含む広範な脳梗塞によりCANが刺激され交感神経が過剰に反応し神経原性肺水腫を生じたものと考えられる.

おわりに

我々は神経原性肺水腫を呈した中大脳動脈領域脳梗塞の1例を報告した.延髄梗塞だけでなく島皮質を含む脳梗塞で低酸素血症を呈した場合は神経原性肺水腫の合併も念頭において診療にあたる必要がある.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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