臨床神経学
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症例報告
突発完成型の横断性脊髄症をきたし線維軟骨塞栓症を可能性の一つと考えた脊髄梗塞の1例
居積 晃希松瀬 大田中 弘二今村 裕祐山﨑 亮吉良 潤一
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2021 年 61 巻 1 号 p. 33-38

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要旨

症例は44歳男性.食事中に突然の肩甲背部痛が生じ,その後両下肢の完全弛緩性麻痺,第6胸髄髄節レベル以下の表在覚・深部覚の完全脱失,膀胱直腸障害を生じた.造影CTで大動脈,Adamkiewicz動脈に異常なし.MRIで第2~6胸髄に広範な拡散強調画像高信号域がみられ,同部位のT2高信号域は経時的に拡大した.免疫治療に反応なく,脊髄梗塞と診断した.塞栓源検索を行ったが明らかな異常なく,椎間板の変性とSchmorl結節を認め,脊髄梗塞の原因として椎間板線維軟骨を塞栓源とする線維軟骨塞栓症を疑った.突発完成型の脊髄障害では線維軟骨塞栓症による脊髄梗塞も可能性の一つとしてあげられる.

Abstract

A 44-year-old male was admitted to our hospital because of sudden weakness and sensory loss in both legs following left scapular pain. He had a history of lower back pain but no vascular risk factors. Neurological examination on admission revealed flaccid paraplegia, a loss of both pinprick and vibratory sensations below the Th6 level, and bladder and rectal disturbances. Tendon reflexes were absent in both lower limbs. Diffusion-weighted imaging performed 5 hours after onset revealed an extensive high-intensity lesion at the Th2–6 spine levels, accompanied by a vague high intensity on T2-weighted images. CT angiography showed no abnormalities of the aorta or the artery of Adamkiewicz. Laboratory test results were normal and there was no evidence of coagulopathy. Autoantibodies, including anti-aquaporin-4 and anti-myelin oligodendrocyte glycoprotein antibodies, were negative. The cerebrospinal fluid test was normal. The lesion had expanded to the whole thoracic cord and was markedly swollen on T2-weighted imaging at 5 days after onset. Immunotherapies, including intravenous methylprednisolone pulse therapy and plasma exchange, were ineffective. Although there was no evidence of any source of embolism, we found degenerative calcified changes in the fibrocartilage of the intervertebral discs, with Schmorl’s nodes in the thoracic spines. We clinically diagnosed the patient with spinal cord infarction caused by fibrocartilaginous embolism. He developed deep vein thrombosis and was treated with edoxaban. His neurological symptoms did not improve during 55 days of hospitalization. In a case with sudden-onset myelopathy, fibrocartilaginous embolism should be considered.

はじめに

脊髄梗塞は脳脊髄疾患のなかでも稀な疾患であり,原因に血栓塞栓のほかに大動脈疾患や脊髄血管奇形,外傷,膠原病,血液凝固異常など多岐にわたる12.椎間板の髄核を主成分とする線維軟骨塞栓症による脊髄梗塞は獣医学分野での報告例は多いが34,ヒトでの報告は稀である.本症は一般に剖検でのみ確定診断が可能であるが,近年は臨床経過や画像所見よりで本症が疑われる例も散見される.私たちは突発完成型の横断性脊髄症をきたし画像,検査所見ならびに臨床経過より椎間板線維軟骨が塞栓源である可能性が疑われた脊髄梗塞の1例を経験したので報告する.

症例

症例:44歳,男性

主訴:両下肢の脱力,感覚障害

既往歴:介護職で,力仕事のため急性腰痛症を反復していた.

生活歴:喫煙は20歳から35歳にかけて20本/日,機会飲酒.中学高校時代はラグビー部に所属していた.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2019年1月某日11時30分,食事中に左肩甲背部にびりっとした痛みが生じ,その直後より痛みが前胸部まで広がった.12時20分頃に左足趾の痺れ感が出現,続いて右足趾の痺れ感が出現した.12時30分頃から左下肢の脱力が出現進行した.13時30分頃に痺れ感は両側乳頭下部まで上行し,両下肢は完全に脱力したため近医を受診した.造影CTで大動脈疾患は否定的であり,精査加療目的に同日当科入院した.

入院時現症:一般身体所見は体温37.1°C,脈拍101回/分・整,呼吸数18回/分,血圧137/91 mmHg,SpO2 97%(室内気).心音,呼吸音は正常で,腸蠕動音の軽度減弱を認めた.肩甲背部左側に叩打痛があり,下肢フットポンプ使用で同部の疼痛の誘発を認めた.神経学的所見として,両下肢の完全弛緩性麻痺,第6胸髄髄節レベル以下の表在覚・深部覚の完全脱失,尿閉,肛門括約筋反射消失を認め,胸髄レベルの完全横断性脊髄障害と考えられた.腱反射は両上肢正常,両下肢で消失,病的反射は無反応であった.意識は清明で,脳神経,上肢の運動,感覚系に異常はなかった.

検査所見:白血球は11,550/mm3,CRPは0.06 mg/dlで,他の血算,生化学に異常はなかった.D-dimerは0.5 μg/mlでAPTTやPT-INR,プロテインC,プロテインS,アンチトロンビンを含む凝固線溶系の異常はなかった.抗カルジオリピン抗体含め膠原病関連自己抗体はいずれも陰性,抗aquaporin-4抗体(cell-based assay法),抗myelin-oligodendrocyte glycoprotein抗体も陰性であった.脳脊髄液は初圧230 mmH2O,細胞数2/mm3(全て単核球),蛋白34 mg/dl,糖61 mg/dl(血糖101 mg/dl)であった.IgG index 0.45,ミエリン塩基性蛋白40 pg/ml未満,オリゴクローナルバンドは陰性であった.入院時(発症5時間後)の胸髄単純MRIの拡散強調像(diffusion weighted imaging,以下DWIと略記)で第2~6胸髄レベルで髄内に高信号域があり(Fig. 1A),apparent diffusion coefficient(ADC)は低下していた(Fig. 1B).同部位はT2強調像でわずかなT2高信号域を呈し(Fig. 1D),造影効果はなかった.下位胸椎・腰椎にはSchmorl結節の散在がめだち,第6/7と7/8胸椎椎間板にT2低信号域を認めた(Fig. 1C).胸部造影CTを再検したが大動脈に異常はなく,Adamkiewicz動脈は第1腰動脈から分岐しており明らかな異常はなく,血管奇形や動脈瘤などはなかった.第6/7と7/8胸椎椎間板のT2低信号域に一致して髄核の石灰化を認めた(Fig. 1E, F).頭部MRIおよびMR angiographyでは明らかな異常はなかった.

Fig. 1 MRI and CT of the spinal cord and vertebrae on admission (5 hours after onset).

Sagittal MRI of the thoracic spinal cord shows a high-signal-intensity lesion on the diffusion-weighted images (DWI) at the level of the Th2–6 spines (A), which is of low intensity on the apparent diffusion coefficient map (B). A T2-weighted image (T2WI) shows no swelling of the thoracic spinal cord on the sagittal plane (C) and a vague high-signal area in the ventral portion of the thoracic cord on the axial plane at the Th6 spine level (D, arrow). T2WI reveals low-intensity areas at the Th6/7 and 7/8 vertebral discs (C, arrows) and Schmorl’s nodes (C, arrowheads). A bone-window CT shows calcification of the nucleus pulposus at the Th6/7 and 7/8 vertebral discs (E, F).

入院後経過(Fig. 2):入院後神経原性ショックと思われる血圧低下,徐脈がみられ,輸液による血行動態の安定化を図った.完全横断性に脊髄障害を認めたことから脊髄梗塞の他,免疫介在性脊髄疾患の可能性も考え,入院時からエダラボンに加え,ステロイドパルス療法(methylprednisolone 1,000 mg/日,3日間)を開始した.第5病日のMRIでは第2~10胸髄にわたりT2高信号域が明瞭に認められ,上・下位胸髄では高信号域が脊髄中心部に位置していたものの,中位胸髄では全脊髄横断面に及んでいた(Fig. 3A).病変の腫脹が著明であったため濃グリセリン点滴を併用した.ステロイドパルス療法は計4クール施行したが明らかな症状の改善なく,その後血漿交換療法も3回行ったが,治療効果を認めなかった.第30病日の脊椎MRIではADC低下を伴うDWI高信号が遷延し,T2強調画像での中位胸髄を中心とした高信号域が明瞭化し,その範囲が拡大した(Fig. 3B).一連の臨床経過ならびに検査所見,免疫治療に不応な点から脊髄梗塞と診断した.塞栓源の検索のためHolter心電図検査や経胸壁心エコー,頸部血管エコー,下肢静脈エコーを行ったが,異常はなかった.胸椎椎間板の石灰化があり,Schmorl結節がめだつなど椎体の退行性変化が強いことから,椎間板線維軟骨を塞栓源とする線維軟骨塞栓症を疑った.経過中に深部静脈血栓症の併発があり,エドキサバン60 mg/日の内服を開始し,第55病日にリハビリテーション継続目的に転院した.

Fig. 2 Clinical course.

The patient presented with flaccid paraplegia, complete sensory loss below the Th6 level, and bladder and rectal disturbances. Because his neurological symptoms suggested complete transverse myelitis, we administered intravenous methylprednisolone (m-PSL) pulse therapy (IVMP) and plasma exchange in addition to edaravone and glycerol fructose, based on the possibility of inflammatory myelopathy. However, no improvement was observed in the patient after immunological treatment. Edoxaban was then administrated for the treatment of deep vein thrombosis.

Fig. 3 Spinal cord MRI at days 5 and 30 after onset.

Sagittal T2-weighted imaging (T2WI) shows a high-signal-intensity lesion at the level of the Th2–10 spines, with swelling, on day 5 after onset (A). The high-signal-intensity area is centrally located at the upper and lower ends of the lesion (A-2), whereas it involves whole cross-sectional spinal cord areas in the middle thoracic cord on the axial plane (A-3). On day 30 after onset, T2WI still shows prolonged swelling of the mid-thoracic spinal cord, although the swelling has subsided at the upper and lower ends of the lesion (B-1, B-2, B-3).

考察

本例は突発発症で完成した胸髄レベルの脊髄障害であり,当初から血管障害を第一に疑った.しかしながら神経学的に全横断性に障害されていたことや,画像上脊髄の腫脹が著明であったことなどから,超急性発症の視神経脊髄炎など炎症性脊髄疾患の可能性も否定できず,治療的診断のため免疫療法を施行したが,臨床症状や画像所見の改善はなかった.Barrerasら5は横断性脊髄障害例における脊髄梗塞の特徴を報告しており,本例も急性発症であること,弛緩性麻痺,ガドリニウム増強効果がみられない,髄液所見が正常,といった脊髄梗塞にみられやすい特徴を有していた.入院当初のMRIでは髄内のT2高信号域が不明瞭であり,Barrerasら5の脊髄梗塞の診断基準ではprobable,Zalewskiら6の診断基準ではpossibleであったが,第5病日以降に施行したMRIではT2高信号が明瞭化した.脊髄梗塞では急性期のMRIで髄内のT2高信号病変がはっきりしないことも多く,T2高信号病変が経時的に明瞭化することも脊髄梗塞を支持する特徴の一つとされている2.これらのことから脊髄梗塞が疑われる症例では時間をおいてのMRIの再検が診断に有用と考えられる.

線維軟骨塞栓症は,一般に剖検でのみ確定診断される脊髄梗塞の極めて稀な原因である.獣医学分野では線維軟骨塞栓症を生じやすい特定の犬種の存在や安楽死後の病理解剖で診断に至った例が多く報告されているが34,ヒトにおいて報告されたのは1961年のNaimanらによるバスケットボールの試合中に転倒し四肢麻痺を生じた15歳男児例が最初である7.AbdelRazekら8は2014年時点で報告のあった67例をまとめ,その臨床的特徴を報告している.その中で病理学的に診断されたものは41例,臨床経過や検査所見から臨床的に診断されているものは26例であった.女性が男性に比較しやや多く(63.5%),発症年齢は40歳以下がおよそ半数で,病変部位としては頸胸髄が多い(頸髄61%,胸髄56%,腰髄15%,延髄17%).剖検や生検により病理学的に診断された例では,前脊髄動脈やその分枝の血管内に線維軟骨が確認されている910.線維軟骨がどのように血管内に迷入するかについては結論が出ていないが,1)椎間板の破裂により直接根動脈に髄核が迷入する機序7,2)椎間板に血管がまだ存在する小児や変性した椎間板への血管新生が生じている高齢者で,外傷などにより椎間板内圧が上昇することで髄核が根動脈へ逆行性に迷入し,脊髄動脈へ流入する機序1112,3)椎間板成分が骨髄と接するSchmorl結節において,椎間板内圧の上昇により類洞や細静脈内へ髄核が迷入,通常は肺へ塞栓を生じるが,バルサルバ負荷などに伴う静脈圧の上昇によって逆行性に脊髄実質へ流入する機序1314,4)前述のSchmorl結節において椎間板内圧の上昇により根動脈の椎体への分枝に迷入した髄核が逆行性に脊髄動脈に流入する機序などが指摘されている15

本例では下位胸椎や腰椎にSchmorl結節がみられるほか,病巣近くに椎間板の変性を反映する椎間板石灰化がみられた16.椎間板石灰化は血管新生とも関連が指摘されていることから17,本例における機序としては上記2)によるものが最も考えられた.本例では発症の契機となるような軽微な外傷やバルサルバ負荷はなかったものの,コンタクトスポーツ歴,腰痛症の反復既往が一因であった可能性がある.肩甲背部の疼痛は梗塞と同レベルの後角や後根の虚血に由来したものと考えた18.2011年にMateenら19は大動脈解離や凝固異常,心塞栓源,脊髄動静脈瘻,膠原病や脱髄疾患,感染性や代謝性の脊髄障害を除外した上で,1)血管性機序に合致する急速発症,2)画像上脊髄梗塞に矛盾しない所見がある,3)二つ以上の血管危険因子がない,という基準を用いて,164例の脊髄梗塞例中9例(5.5%)で線維軟骨塞栓症が疑われたと報告しており,従来血栓性脊髄梗塞や特発性横断性脊髄症と診断されている症例の中に本症によるものが少なからず含まれている可能性がある.

さらに2016年にAbdelRazekら8は線維軟骨塞栓症の臨床的診断のためのアプローチとして,五つのStepからなる以下のような内容を提唱している.Step 1として臨床的に脊髄障害を呈する,Step 2として臨床的,画像的に外傷や圧迫によるものが否定的である,Step 3として炎症による脊髄障害が否定的である,Step 4のmajor criteriaとして深部感覚が保たれるなど臨床的,画像的に血管支配領域に則った障害である,椎体や椎間板のMR異常信号がある,minor criteriaとして発症時の頸部,背部痛がある,4~8時間以内の症状完成,発症直後は髄内の異常信号が画像上はっきりしない,Step 5として大動脈に異常がなく,軽微な外傷やValsalva負荷の先行,Schmorl結節を含む椎間板の変性がある,血管危険因子がない,という内容である.本症例はStep 1から3の基準を満たし,Step 4については完全横断性の障害であり必ずしも脊髄の血管支配領域に一致しているとは言えないが,minor criteriaである発症時の疼痛,突発完成型の臨床経過,ならびに急性期以降に明瞭化するMRI所見を満たし,Step 5のSchmorl結節を含む椎間板の変性があり,血管危険因子がないとする点も満たすため,AbdelRazekらが提唱する線維軟骨塞栓症の診断項目のうち,Step 4のmajor criteriaを除く全てに合致すると考えられた.

脊髄梗塞ではおよそ20~30%で横断性の脊髄障害が生じ26,しばしば横断性脊髄炎との鑑別が必要となる2021.Gondoら22は12椎体長に及ぶ長大病変を呈した脊髄梗塞例を報告しており,血管原性浮腫の影響や浮腫性変化に続発した静脈性うっ血の影響を考察している.横断性病変の機序も同様の機序が想定されるが,詳細は不明な点が多い.線維軟骨塞栓症では塞栓源として考えられる髄核と脊髄血管系の解剖学的位置関係から前脊髄動脈への塞栓が多いとされているが815,本症例のように横断性の脊髄障害をきたした症例も報告されており101923,椎間板線維軟骨がvasa coronaを介して後脊髄動脈や脊髄静脈へ流入した可能性が指摘されている24

一般的な脊髄梗塞と同様に線維軟骨塞栓症に対する治療法は確立されておらず,本症例で有効と考えられた治療は急性期の血行動態安定化と抗浮腫療法,長期的には深部静脈血栓症の予防とリハビリテーションの継続のみであった.今後さらなる症例の蓄積と治療法の開発が待たれる.

突発発症の横断性脊髄障害をきたし,線維軟骨塞栓症による脊髄梗塞の可能性が疑われた1例を経験した.突発完成型の脊髄障害では線維軟骨塞栓症による脊髄梗塞も可能性の一つとしてあげられる.

Notes

本報告の要旨は,第326回日本内科学会九州地方会(2019年8月,福岡)で発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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