臨床神経学
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症例報告
急性経過で発症し免疫グロブリン大量静注療法が著効した自己免疫性自律神経節障害
村上 圭秀髙 真守髙橋 麻衣子伊東 秀文
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2021 年 61 巻 10 号 p. 687-691

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要旨

症例は77歳女性.2~3日の経過で起立性低血圧,尿閉,便秘が出現した.入院時,立位にて失神を伴う起立性低血圧,瞳孔散大,対光反射減弱を認め,その他神経学的に異常を認めず.ノルエピネフリン(NE)負荷試験とピロカルピン点眼試験で過敏反応,血中NE低値,定量的軸索反射性発汗試験で発汗低下を認め,自律神経節後線維の障害を考えた.抗自律神経節アセチルコリン受容体抗体陽性で,自己免疫性自律神経節障害(autoimmune autonomic ganglionopathy,以下AAGと略記)と診断した.免疫グロブリン大量静注療法(intravenous high-dose immunoglobulin therapy,以下IVIgと略記)で立位可能となり,便秘と尿閉も改善した.AAGに対する免疫治療の反応性は様々であるが,急性発症AAGではIVIgが奏効しやすい可能性が示唆された.

Abstract

A 77-year-old woman developed acute onset of orthostatic hypotension, urinary retention, and constipation. Neurological examination on admission showed severe orthostatic hypotension accompanied by syncope, mydriatic pupils, and attenuation of light reflexes with no abnormalities in other neurological systems. Autonomic testing revealed denervation hypersensitivity in norepinephrine (NE) intravenous infusion test and 0.125% pilocarpine instillation test, low NE in the serum, and decreased amount of sweating in quantitative sudomotor axon reflex test. These findings indicated dysfunction of postganglionic autonomic nerves. Autoimmune autonomic ganglionopathy (AAG) was diagnosed due to the presence of anti-ganglionic acetylcholine receptors. The patient was given intravenous high-dose immunoglobulin therapy (IVIg), improving orthostatic hypotension, urinary retention, and constipation. Previous reports indicated that the response to IVIg varied from case to case. Thus, this case suggests that IVIg is effective in acute-onset AAG cases.

はじめに

自己免疫性自律神経節障害(autoimmune autonomic ganglionopathy,以下AAGと略記)は自律神経節前線維と節後線維の伝達が機能的に障害され,多彩かつ広範な自律神経障害を呈する自己免疫疾患である1.近年,Verninoらによって抗自律神経節アセチルコリン受容体(ganglionic acetylcholine receptor,以下gAChRと略記)抗体が同定され2,特発性自律神経ニューロパチー患者の約半数で検出されることが判明した3.臨床経過の特徴として,慢性経過(発症からピークまで3ヶ月以上)が抗gAChR抗体陽性AAGでより一般的とされている4.治療に関しては,寛解導入療法として免疫グロブリン大量静注療法(intravenous high-dose immunoglobulin therapy,以下IVIgと略記),ステロイドパルス療法(intravenous high-dose methylprednisolone pulse therapy,以下IVMPと略記),血漿交換(plasma exchange,以下PEと略記)が推奨されているが,治療法選択における基準は確立していない1.さらに,IVIgに対する反応性は症例ごとに様々であり5)~23,どのような症例にIVIgが有効であるかは明らかにされていない.

今回我々は,急性経過で発症しIVIgが著効したAAGを経験した.急性経過で発症したAAGに対して,IVIgが良好な反応性を示す可能性が示唆された.

症例

症例:77歳,女性

主訴:立ちくらみ,腹部膨満感

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2019年3月上旬の某日,起床時から立ちくらみと腹部膨満感が出現した.近医を受診し,腹部CTでイレウスを指摘され,同日入院となった.数日後,失神を伴う高度の起立性低血圧が出現し,ミドドリン内服,弾性ストッキング着用,塩分負荷を行われたが,立位保持は困難であった.同時期に尿閉が出現し,間欠的導尿を開始された.また,入院前の排便は1日に1回であったが,同時期より3日に1回となった.同年5月中旬,精査目的に当院へ転院となった.

入院時所見:身長150 cm.体重42 kg.臥位血圧120/73 mmHg.脈拍73/分,整.胸部所見に異常を認めなかった.腹部は平坦,軟,圧痛を認めなかった.神経学的所見では,意識清明,見当識良好,失語・失行・失認を認めなかった.瞳孔は正円同大(6.0 mm)で,対光反射は直接・間接とも両側で減弱していた.運動,感覚,腱反射,小脳機能に異常を認めなかった.

検査所見:全血算では,軽度の貧血(ヘモグロビン10.3 g/dl)を認めたが,白血球と血小板は基準値内であった.一般血液生化学検査では,ALP 350 U/l(基準値106~322),γ-GTP 45 U/l(基準値9~32),クレアチニン1.67 mg/dl,soluble interleukin-2 receptor(sIL-2R)2,117 U/ml(基準値122~496)と上昇を認めた.ヘモグロビンA1c,ビタミンB1,ビタミンB12,葉酸は基準値内であった.免疫学的検査では,抗gAChR抗体,抗核抗体(640倍,斑紋型),抗SS-A抗体,抗ミトコンドリアM2抗体が陽性,MPO-ANCA,PR3-ANCA,抗ガングリオシド抗体が陰性であった.髄液所見:蛋白97 mg/dl(基準値10~45),細胞数2/μl(単核球50%,基準値0~5),sIL-2R 66 U/ml(基準値50未満).自律神経機能検査:Schellong試験では,臥位血圧は120/73 mmHgであったが,端坐位で82/48 mmHgまで低下し,失神のため立位保持は困難であった.安静時血中ノルエピネフリン(NE)濃度は0.04 ng/ml(基準値0.1~0.5)20と低下していた.NE負荷試験では,低用量(0.3 μg)負荷で血圧上昇なく,高用量(3 μg)負荷で収縮期血圧は32 mmHg上昇した(基準値20 mmHg未満)24.0.125%ピロカルピン点眼試験では,縮瞳率右:64%,左57%(基準値25%未満)25と過敏性瞳孔を認めた.定量的軸索反射性発汗試験(quantitative sudomotor axon reflex test)では,前腕0.103 μl/cm2/10 min(基準値0.20~2.78)26,下腿0.003 μl/cm2/10 min(基準値0.18~1.70)と発汗量の低下を認めた.CV R-Rは1.26%(基準値1.41%以上)と低下を認め24,残尿は300 ml(基準値30 ml未満)27であった.胸腹部CTと[18F]-FDG-PET,上下部内視鏡検査,骨髄生検で明らかな腫瘍性病変を認めなかった.頭部MRIで異常を認めず,DaT-SPECTでは,[123I]-Ioflupaneの集積低下を認めなかった.[123I]-MIBG心筋シンチグラフィーでは,心縦隔比の低下を認めなかった(early 2.78,delayed 3.18:基準値2.0以上).シルマー試験での涙液分泌量は右10 mm/20秒,左10 mm/60秒と正常だったが,ガムテストにおける唾液分泌量は6 ml/10分と低下を認めた.口唇生検では小葉内腺管周囲にリンパ球および形質細胞の浸潤(100 cells/1 focus)を認めた.腹部超音波では,肝辺縁の軽度鈍化,肝実質の軽度粗雑化を認めた.

臨床経過(Fig. 1):神経学的には脱神経過敏を伴う交感神経と副交感神経節後神経の障害が示唆され,抗gAChR抗体が陽性であったことからAAGと診断した.また,Sjögren症候群(SjS)と原発性胆汁性肝硬変(primary biliary cirrhosis,以下PBCと略記)の合併を認めた.なお,血清中sIL-2Rが高値であったが,各種検査所見から悪性リンパ腫は否定的で,腎機能低下によるsIL-2Rの排泄遅延の影響と考えた28.入院18日目(第84病日)よりIVIg(400 mg/kg)を5日間施行し,ミドドリンを4 mg/日から8 mg/日に増量,フルドロコルチゾン0.1 mgの内服を開始したところ,独歩可能となった.IVIg後のSchellong試験(ミドドリン8 mg/日,フルドロコルチゾン0.1 mg/日内服)では,立位で収縮期血圧が35 mmHg低下したが気分不良の出現なく,立位保持および歩行は可能であった.残尿は100 ml以下となったため間欠的導尿を中止し,排便は1日に1回程度となった.瞳孔径は両側4.0 mm,対光反射も両側迅速となった.IVIg後も血清中sIL-2Rは2,082 U/mlと著変なかった.入院47日目(第113病日)に自宅退院となり,その後フルドロコルチゾンを漸減中止,ミドドリンを4 mg/日に減量した.発症10ヶ月後の時点で起立性低血圧,尿閉,便秘,瞳孔異常の再発を認めなかった.

Fig. 1 Clinical course for this case.

OH, dysuria, constipation, and mydriasis occurred in the acute phase of AAG. Vasopressors did not improve dysautonomic symptoms. IVIg therapy improved OH as well as dysuria, constipation, and mydriasis. OH: orthostatic hypotension, AAG: autoimmune autonomic ganglionopathy, IVIg: intravenous high-dose immunoglobulin.

考察

本症例は,急性経過で発症したAAGにIVIgが著効した1例である.神経学的には脱神経過敏を伴う自律神経節後線維の障害であること,自律神経障害をきたす鑑別疾患として糖尿病性ニューロパチー,ビタミン欠乏性ニューロパチー,傍腫瘍性ニューロパチー,急性自律性感覚性ニューロパチー,Guillain–Barré症候群,多系統萎縮症が否定されたこと,抗gAChR抗体が陽性であったことから,AAGと診断した.IVIg施行により,起立性低血圧,尿閉,便秘,瞳孔異常は速やかに改善し,10ヶ月の経過にて対症療法はミドドリン4 mg/日まで減量が可能となり,良好な経過を辿った.維持療法としてプレドニゾロンや免疫抑制薬の内服を検討したが,有効性に関するエビデンスは確立しておらず,本症例は77歳と高齢であること,IVIg療法に対する反応性が非常に良好であったことから,一旦は長期的な免疫治療を導入せずに経過観察する方針とした.経過観察を行った期間で再発を認めなかったが,今後再発を繰り返す場合には寛解導入療法としてIVMPやPE,維持療法としてプレドニゾロンや免疫抑制薬の内服を検討することが必要である.

近年,AAGの臨床経過や表現型がきわめて多彩であることが報告されている.Nakaneらの報告4では,慢性経過で発症する症例が多く(62/80,78%),急性(発症からピークまで1ヶ月以内)または亜急性(発症からピークまで1ヶ月以上3ヶ月以内)で発症する症例は約2割(18/80,22%)にとどまる.急性発症例では抗gAChR抗体の濃度と自律神経症状に相関を認める一方12141820,慢性例では抗gAChR抗体が陰性化した後も自律神経症状が残存しており,障害が長期化すると自律神経節後線維に不可逆的な変化が生じると考えられている1516.前駆感染を伴う割合は,急性または亜急性例で33%(18例中6例),慢性例で11%(62例中11例)であり,急性または亜急性例では先行感染を有する症例が多い点でGuillain–Barré症候群と類似した発症メカニズムが想定されている.

一方,抗gAChR抗体陽性患者において,SjSやPBCなどの自己免疫性疾患が合併することがあり,AAG発症に潜在的な免疫異常が関与している可能性も示唆されている2930.本症例では,臨床症状を呈していないSjSとPBCを合併しており,潜在的な免疫系の異常が存在していたと推測された.ただし発症から自律神経症状のピークまで数日という急性の経過をたどっており,無症候性の前駆感染が存在した可能性も否定はできない.つまり,本症例のAAG発症機序として,無症候性の前駆感染と潜在的な免疫異常のcross-talkが疑われるが,あくまで仮説であり,AAG発症メカニズムについてさらなる研究が望まれる.

AAGの寛解導入療法として,IVIg,IVMP,PEが推奨されているが,治療法選択に関する確立した基準は存在しない1.さらに,IVIgに対する反応性は症例ごとに異なり,どのような症例にIVIgが有効か明らかにされていない.今回我々は,PubMedで検索しえた抗gAChR抗体陽性AAG 26例5)~23に関して,臨床経過とIVIgに対する反応性に関して検討を行った.臨床経過は,急性例(発症からピークまで1ヶ月以内,6例),亜急性例(発症からピークまで1ヶ月以上3ヶ月以内,6例),慢性例(発症からピークまで3ヶ月以上,14例)に分類した.IVIgに対する反応性は,改善例を「複数の自律神経症状のうち一つでも改善した症例」,無効例を「複数の自律神経症状が一つも改善しない症例」と定義した.急性例は6例中5例(83%),亜急性例は6例中4例(66%),慢性例は14例中6例(43%)がIVIgで自律神経症状の改善を認めた.症例数が少ないため統計学的有意差を証明できなかったが,急性経過で発症した症例はIVIg療法に対して良好な反応性を示す傾向にあった.一方,本検討の限界として,急性経過で発症したAAGは少数であり,寛解導入療法としてIVMPやPEを行った症例との比較が困難である点が挙げられる.今後,AAGの治療法確立を目的とした前向き臨床研究が望まれる.

結語

急性経過で発症したAAGに対して,IVIgが有効である可能性が示唆された.

Acknowledgments

謝辞:抗ガングリオシド抗体を測定して頂きました近畿大学脳神経内科学講座の皆様に深謝いたします.

Notes

本報告の要旨は,第115回日本神経学会近畿地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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