2021 年 61 巻 11 号 p. 727-732
症例は70歳女性.来院6年前にもの忘れを発症した.認知機能障害,神経因性膀胱,便秘症,繰り返す嘔吐発作が認められた.当科初診時には肝内門脈体循環シャントによる肝性脳症を合併していた.頭部MRIでは皮髄境界や脳梁膨大部,両側中小脳脚にDWI高信号像が認められ,皮膚生検とNOTCH2NLC遺伝子検査の結果から神経核内封入体病(neuronal intranuclear inclusion disease,以下NIIDと略記)と診断した.過去10年の頭部MRIを後方視的に確認したところ,認知機能障害の出現に先行して異常信号が存在し,経時的に拡大していた.特徴的な皮髄境界病変だけではなく脳梁膨大部にも早期からDWI高信号像が認められることを念頭に置くことが,NIIDの早期診断に重要と考えられた.
A 70-year-old woman presented with a 6-year history of cognitive dysfunction, neurogenic bladder, constipation and recurrent vomiting, and gradual worsening of symptoms. At the first admission to our department, she was also found to have hepatic encephalopathy due to intrahepatic portosystemic shunt. Head MRI revealed abnormal signal intensity at the corticomedullary junction, the splenium of the corpus callosum, and bilateral middle cerebellar peduncles on DWI. She was diagnosed with intranuclear inclusion disease (NIID) based on skin biopsy and genetic testing of NOTCH2NLC. In a retrospective review of serial head MRI findings for ten years, abnormal signal intensity at the corticomedullary junction and the splenium of the corpus callosum on MRI existed prior to the onset of cognitive dysfunction, and expanded gradually. For early diagnosis of NIID, it is important to focus not only on the characteristic high signal intensity at the corticomedullary junction, but also on the signal at the splenium of the corpus callosum from the early stage.
神経核内封入体病(neuronal intranuclear inclusion disease,以下NIIDと略記)は神経細胞および一般臓器細胞に,ヘマトキシリン・エオジン染色にてエオジン好性に染色される核内封入体が認められる進行性の神経疾患である.1968年にLindenbergらによって第1例目が報告されたが1),患者によって多彩な症状を呈するため臨床診断は困難であった.2011年にSoneらが皮膚生検組織で核内封入体が観察されることを報告し2),生前診断が可能となった.MRI拡散強調画像(DWI)における特徴的な皮髄境界の高信号像が注目され,原因遺伝子のNOTCH2NLCのGGCリピート伸長があることが解明された3).そのため近年は症例報告数が増加しているが,発症前からの経時的な画像所見の変化を追った症例報告は少ない.今回,認知機能障害を発症する前からMRIの経時的変化を観察し得た,NIID症例を経験したので報告する.
症例:70歳,女性
主訴:もの忘れ,嘔吐,異常行動
既往歴:高血圧症.
家族歴:同胞3人中第1子.弟はパーキンソン病の診断で施設入所中.妹は60歳頃から自宅でほぼ寝たきりの生活をしているが,詳細は不明.
現病歴:2011年に顔面筋痙攣があり原因検査のため頭部MRIが撮影された.2013年からもの忘れと易怒性が出現し,緩徐に増悪したため定期的に頭部MRI検査が施行された.また同時期より便秘が出現した.2014年から嘔吐が1,2週間続き,自然軽快するといったエピソードが年に1回ほどの頻度であった.2017年に神経因性膀胱による尿閉のため自己導尿を開始した.2019年11月上旬にも嘔気嘔吐が出現し,11月中旬には他人の服を着るなどの異常行動が出現したため当科を受診した.
一般身体所見:血圧159/112 mmHg,脈拍数102/分,体温37.0°C,SpO2 97%(室内気).来院時には既に嘔気嘔吐は消失していた.腹部は平坦,軟で圧痛はなく,眼球結膜や皮膚に黄疸はなかった.
神経学的所見:JCS 3の意識障害があり,言動に保続を認めた.眼球運動に制限はなく,眼振を認めなかった.瞳孔径は両側とも2 mmと軽度に縮瞳していた.四肢体幹の筋力は正常であった.両側の羽ばたき振戦を認めた.四肢腱反射は正常であり,病的反射を認めなかった.運動失調,パーキンソニズムは認めなかった.明らかな感覚障害は認められなかった.独歩は可能であった.
検査所見:血液検査ではアンモニア203 mg/dlと上昇していた.肝胆道系酵素の上昇は明らかでなかった(AST 36 U/l,ALT 41 U/l,ALP 221 U/l,γGT 65 U/l).HBs抗原陰性,HBs抗体陽性,HCV抗体陰性だった.脳脊髄液検査では蛋白や細胞数の上昇は認められなかった.脳波では三相波が認められた.腹部造影CTでは肝硬変所見はなかったが,肝内門脈-左肝静脈シャントがあった(Fig. 1).脾腫や腹水は認められなかった.著明な便貯留を認めた.
A partially dilated aneurysmal vessel (red arrow) suggestive of an intrahepatic portosystemic shunt was observed on contrast-enhanced CT.
頭部MRIのT2強調画像(T2WI)では前頭葉優位に左右差のない大脳白質のびまん性高信号像があり,前頭葉優位の萎縮と側脳室の軽度拡大を認めた(Fig. 2M).また脳梁膨大部と両側中小脳脚にも高信号像を認めた(Fig. 2M, AA).DWIでは皮髄境界に高信号像を認め(Fig. 2F),脳梁膨大部と両側中小脳脚にも高信号像を認めた(Fig. 2F, T).T1強調画像(T1WI)では大脳皮質や白質,淡蒼球をはじめとした大脳基底核の信号異常はなかった.過去に撮影されていた頭部MRIを後方視的に確認したところ,もの忘れ発症前の2011年から皮髄境界と脳梁膨大部にDWI,T2WI高信号像が出現していた(Fig. 2A, H).中小脳脚病変はもの忘れを発症した2013年に出現していた(Fig. 2P, W).MRI異常信号は経時的に緩徐に拡大していた.信号強度は先に脳梁膨大部で増強し,その後に皮髄境界や中小脳脚で増強していた.123I-IMP脳血流SPECTでは前頭葉,頭頂葉,後部帯状回,楔前部で両側性の血流低下が認められた(Fig. 3).
The first admission to our hospital was in 2019 (F, M, T, AA). Onset of dementia was in 2013. In 2011, before dementia onset, high signal intensity in the corticomedullary junction and the splenium of the corpus callosum on DWI already existed (A). Minute signal intensity on DWI was initially detected at the splenium of the corpus callosum, and later expanded to the corticomedullary junction (A–G). Diffuse leukoencephalopathy and high signal intensity in the splenium of the corpus callosum on T2WI were also present in 2011 (H), and expanded gradually (H–N). High signal intensity in the middle cerebellar peduncles on DWI and T2WI appeared in 2013 (P, W), and increased over time (P–U, W–AB).
Reduction of cerebral blood flow was observed in the bilateral frontal lobes, parietal lobes, posterior cingulate cortices, and precuneus. Uptake in the occipital lobes and cerebellum was preserved. 123I-IMP SPECT = N-isopropyl-p-[123I]iodoamphetamine single photon emission computed tomography. 3D-SSP = Three-dimensional stereotactic surface projection.
入院経過:門脈体循環シャントによるWest Heaven criteria Grade IIIの肝性脳症と診断し,入院初日よりラクツロースゼリー内服と分岐鎖アミノ酸製剤の点滴静注を開始した.入院2日目には血中アンモニア28 mg/dlと正常化し,意識状態は改善傾向であった.以後血中アンモニア値は正常範囲内で経過し,入院7日目には意識清明となった.その後は排便コントロールのみで随時血中アンモニア値は正常範囲内にとどまったため,シャント血管塞栓術は行わずに経過観察の方針となった.
しかし意識障害の改善後も認知機能障害は残存した.Mini-mental state examination(MMSE);20/30点,frontal assessment battery(FAB);5/18点であり,記銘力と前頭葉機能の障害がめだった.両側手掌おとがい反射と,両側把握反射が陽性だった.シェロング試験は陰性だった.DWIにおける皮髄境界の特徴的な所見と,緩徐進行性の認知機能障害があることからNIIDが疑われた.神経伝導検査では明らかな異常所見を認めなかった.左下腿遠位(外果から約5 cm近位)からの皮膚生検の病理組織学的検査では,皮膚線維芽細胞,皮膚汗腺細胞,皮膚脂肪細胞において抗p62抗体で染色される核内封入体が観察された(Fig. 4).またrepeat primed PCR法を用いた血液の遺伝子診断でNOTCH2NLC遺伝子のGGCリピート伸長を認めた.以上の経過と検査所見からNIIDと診断し,自宅退院し外来で経過観察した.
Immunostaining showed p62-positive intranuclear inclusions in sweat gland cells (A), fibroblasts (B), and fat cells (C).
2020年9月に再度嘔吐発作が出現した.意識障害はなく,血中アンモニア値は52 mg/dlと正常範囲内であった.MRIでは中小脳脚病変がさらに拡大していた.嘔気に対し対症療法を行い経過観察したところ,入院6日目に自然軽快したため自宅退院した.
成人発症NIIDは皮膚生検による診断方法が確立されて以降,主に日本と中国で症例報告数が増加している.孤発性と家族性の症例が報告されており4)~6),臨床的特徴が明らかになりつつある.曽根は成人発症NIID121例の臨床症状を検討し,初発症状にもの忘れを示す群と筋力低下を示す群に分類した7).孤発性NIIDの大半は高齢発症のもの忘れ群であり,家族性NIIDはもの忘れ群と若年発症する筋力低下群の2群に分かれていた.その他の症状としては,縮瞳や膀胱機能障害,嘔吐などの自律神経障害,運動失調,遷延する意識障害,全身性痙攣,脳炎様症状,振戦,筋固縮,感覚障害,異常行動などが報告されている7).
本症例は認知機能障害を初発症状とし,神経因性膀胱,便秘,嘔吐発作が認められた.さらに門脈体循環シャントを合併し,肝性脳症を発症していた.本患者の弟と妹ともに60歳代で社会生活困難となっており,家族性NIIDであった可能性がある.
嘔吐発作は,当院第1回目入院の時点では肝性脳症による症状と考えられていた.しかし2回目の入院時には血中アンモニア値が正常であったにもかかわらず同様の症状を認めたことから,繰り返す嘔吐はNIIDの症状であったと考えられた.嘔吐発作はNIIDの症候の一つとして報告されている8).意識障害や異常行動は血中アンモニア濃度の低下に伴い改善したことから,肝性脳症の症状であったと考えられた.肝内門脈体循環シャントによる肝性脳症は稀であり9)~11),先天性もしくは,肝疾患や外傷等の後天的要因によりシャントが形成されると考えられている.NIIDと肝内門脈体循環シャントの合併例の報告は文献検索した範囲で認められなかった.Chenらは51例のNIID患者の臨床所見を評価し,全例で腹部エコー検査を行っているが,門脈体循環シャントが存在する症例の記載はなかった12).したがって本症例はNIIDと門脈体循環シャントの偶発的な合併であったと考えられるが,肝性脳症がNIIDの増悪と同時期に出現した理由は,NIIDによる便秘症の増悪により血中アンモニア濃度が上昇したためと推察される.ChenらによるとNIIDの約半数例で便秘症が認められていた12).
NIIDの認知機能検査では一般的に,MMSEと比較しFABがより顕著に低下するとされている.また脳血流SPECTでは,脳炎様症状や脳卒中様発作を呈した症例では脳血流上昇が認められたという報告があるが13)14),多くの症例では大脳皮質の血流低下が認められる4).本症例でもFABの著明な低下が認められ,さらに手掌おとがい反射や把握反射が陽性であり前頭葉機能の低下が示唆された.MRI T2WIとFLAIR画像の大脳白質病変やDWI皮髄境界病変は前頭葉優位に存在しており,123I-IMP SPECTでは両側前頭・頭頂葉の血流低下が認められ,臨床症状と矛盾しない画像所見であった.また後部帯状回と楔前部の血流低下も認められた.NIIDではアルツハイマー病に類似した血流低下パターンを示すことがある15).
NIIDは緩徐進行性の神経変性疾患と考えられているが,発症初期から脳画像変化を観察した報告は少ない16)~18).発症時にはMRIで大脳白質や脳梁膨大部の病変がすでに存在していたという報告がある一方15),異常信号が出現する前に発症した報告もあり17),症状発症とMRI信号変化のどちらが先行するかは議論の余地がある.本症例は認知機能障害を発症する前にMRI検査が施行されており,画像の経時的変化を検討する上で貴重な症例であった.皮髄境界に沿った異常信号は認知機能障害の発症前から出現しており,臨床症状の増悪とともに前頭葉優位に左右対称に拡大していた.経過中に消退することなく進行していることから不可逆的な細胞変性が起きていると考えられるが,病理組織学的には皮髄境界のDWI高信号域と一致した白質の海綿状変化があると報告されている19).
また脳梁膨大部や両側中小脳脚にも信号変化が認められた.WangらはMRIを経時的に観察したNIID患者9例の報告を行っているが20),そのうち7例に脳梁膨大部病変が存在していた.さらに脳梁膨大部では皮髄境界よりも早期もしくは同時期に信号変化が出現していた.本症例では認知機能障害の発症前にすでに皮髄境界と脳梁膨大部に信号変化が認められたが,信号強度は先に脳梁膨大部で増強し,遅れて皮髄境界で増強していった.このことから脳梁膨大部のDWI高信号像は早期NIID診断の一助となる可能性があると考えられる.
両側中小脳脚の病変については,SugiyamaらはNIID患者8例中4例に信号変化があったと報告している21).さらに小脳のparavermal areaにも8例中6例で病変があり,NIIDの運動失調症状との関連が示唆されている.本症例ではもの忘れと同時期に中小脳脚病変が出現し,経時的に信号が増強しているが,明らかな運動失調症状は認められなかった.また,慢性の高アンモニア血症で中小脳脚にMRI信号変化をきたすことがある22).そのため本症例の中小脳脚の信号変化は,NIIDと門脈体循環シャントのどちらも原因となりうるが,高アンモニア血症による変化であった場合は今後消退していく可能性がある.
以上,認知機能障害出現前からMRI画像を観察し得たNIIDの1例を報告した.また肝内門脈体循環シャントも合併した稀な症例であった.皮髄境界と脳梁膨大部のDWI高信号は認知機能障害の発症に先行して出現し,経時的に緩徐に増大した.特徴的な皮髄境界病変だけではなく脳梁膨大部に早期からDWI高信号像が認められることを念頭に置くことが,早期診断のため有用であると考えられた.我が国においてMRIは一般的に行われる検査であり,NIID全経過における画像変化の解明が診断および病態の理解に重要となる.
謝辞:本例の画像提供をいただきました,中村記念病院,小樽市立病院に深謝申し上げます.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.