臨床神経学
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短報
無痛性心筋梗塞を合併した一過性全健忘の1例
原瀬 翔平荒木 邦彦小林 哲也片多 史明福武 敏夫
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2021 年 61 巻 2 号 p. 136-139

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要旨

症例は66歳,女性.一過性の前向性健忘発作を訴え,外来受診した.高血圧以外の特記すべき既往歴はなかった.胸部症状はなく,意識清明であった.身体所見で神経脱落所見はなく,健忘以外の高次脳機能障害も認めなかったため,一過性全健忘(transient global amnesia,以下TGAと略記)と診断した.頭部MRIの拡散強調画像で左海馬および右脳梁体部に点状の高信号域が認められ入院とした.採血でトロポニンIが陽性,心電図で陰性T波が認められ,入院9日目に冠動脈造影で右冠動脈の高度狭窄を検出し心筋梗塞と診断した.TGAは予後良好な疾患とされているが,本症例のように無痛性に心筋梗塞を合併している場合があり注意を要する.

Abstract

A 66-year-old woman with a history of hypertension complained about sudden short-term memory loss. On arrival to our outpatient clinic, she was alert and oriented and did not have chest pain or shortness of breath. Neurological and neuropsychological examinations were within normal limits. In light of a transient anterograde amnestic attack and no neurological focal deficit, we clinically diagnosed transient global amnesia (TGA). To confirm whether there was an intracranial lesion or not, diffusion-weighted MRI of the brain was performed, and revealed hyper-intense lesions in the left hippocampus and right corpus callosum. Consequently, the patient was admitted to our hospital on follow-up for suspected cerebral infarction. On day 1, laboratory tests indicated an elevated troponin I level, and electrocardiogram revealed an inverted T wave in the inferior leads. Coronary angiography on day 9 of admission demonstrated severe stenosis of the right coronary artery, leading to a diagnosis of non-ST elevation myocardial infarction. Although TGA itself typically has a favorable prognosis, clinicians should consider potential concurrent painless myocardial infarction in patients with TGA.

はじめに

一過性全健忘(transient global amnesia,以下TGAと略記)は,急性発症の強い前向性健忘と比較的軽度の逆行性健忘を特徴とする1.記憶障害は一過性であり,24時間以内に回復することが多いため予後の良い疾患と考えられている1.TGAの誘因として冷水への暴露,強い痛み,感情的なストレス,Valsalva様手技(咳嗽,性行為,重量挙げなどの運動)が関連し,発症機序として静脈うっ滞,動脈性虚血,片頭痛,てんかんなどが推定されているが,依然不明な点が多い1.近年,TGAに心筋梗塞やたこつぼ型心筋症など心疾患を合併することが報告されており2,我々も無痛性心筋梗塞を合併したTGAの1例を経験したので報告する.

症例

症例:66歳,女性

主訴:様子がおかしい

既往歴:高血圧.

家族歴:特記事項なし.

内服歴:アムロジピン5 mg.

生活歴:喫煙歴なし,月1回程度の機会飲酒.

職業歴:ゴルフ場勤務.

現病歴:2018年11月X日,午前中は普段どおりの勤務であった.午後1時より,掃除道具の置き場所を同僚に繰り返し質問するなど様子がおかしかった.仕事を終え,一人で車を運転し帰宅した.自宅では,軽トラックを最近購入したことや自分で作った朝食のことを忘れていた.また,ゴルフ場から運転して帰宅したことも記憶しておらず「狐につままれた感じがする」と娘に話した.X + 1日,午前6時起床時には普段どおりに戻っていた.X + 1日,昨日の様子を心配した娘に連れられ,当院脳神経内科外来を受診した.一連の経過中,胸痛や労作時呼吸困難感などの胸部症状は訴えていなかった.

一般身体診察:身長145 cm,体重38.8 kg,血圧136/65 mmHg,心拍数69 bpm,体温36.7°C,呼吸数18回/分,SpO2 98%(室内気).心音整,呼吸音清,腹部圧痛なく,下腿浮腫は認められなかった.神経学的所見:意識清明(Japan coma scale 0),見当識の問題はなかった.瞳孔は正円同大(3.0 mm/3.0 mm),対光反射は両側迅速であった.明らかな筋力低下はなく,腱反射の減弱亢進は認められなかった.協調運動や歩容の異常はなかった.入院時検査所見:血液検査で,高感度トロポニンIが0.235 ng/mlと陽性,BNPは67.7 pg/mlと軽度高値であった以外,血算,生化学検査で異常は認められなかった.心電図は洞調律,正常軸であり,QT延長は認められなかったが,II, III, aVF, V5, V6で陰性T波が認められた(Fig. 1A).頭部MRI(1.5 Tesla):発症48時間後の拡散強調画像で,左海馬と右脳梁体部に点状高信号が認められた(Fig. 1B).また同部位は共にADC mapで低信号,FLAIRで高信号となっていた(Fig. 1B).MRAで前方,後方循環ともに有意狭窄は見られなかったが,椎骨脳底動脈系が全体的に細かった(Fig. 1B).明らかな前向性健忘発作があったこと,意識減損はなく,健忘以外の高次脳機能障害が認められなかったこと,発症24時間以内に回復したこと,最近の頭部外傷やてんかん発作歴がなかったこと,からHodgesの診断基準3よりTGAと診断した.海馬病変はTGAでよく認められるが,左海馬と右脳梁体部の2カ所に病変を認めたため,入院とした.また,高感度トロポニンIが0.235 ng/mlと陽性であったため心筋虚血も考慮し,採血で経過を追った.入院2日目0.102 ng/ml,3日目0.050 ng/mlと陽性が続いたが,入院3日目の経胸壁心臓超音波検査で明らかな壁運動低下や血栓像は認められなかった.心電図所見とあわせて,たこつぼ心筋症は否定的であった.塞栓源の検索で行ったホルター心電図で心房細動は検出されなかった.入院3日目のMini Mental State Examinationは30/30点,Frontal Assessment Batteryは17/18点と正常範囲内であった.入院4日目の頸部エコー検査で,総頸動脈,内頸動脈,椎骨動脈に有意狭窄は見られなかった.入院9日目に,冠動脈造影を施行したところ,右冠動脈#1に99%の高度狭窄が認められ(Fig. 1C),経皮的冠動脈形成術を行った.入院時の頭部MRIで2カ所の梗塞巣を認めラクナ梗塞は否定的であること,入院後の頸部エコーで頭蓋内外の動脈に50%以上の狭窄がないこと,経胸壁心臓超音波検査で心内塞栓がないこと,その他の特殊な脳卒中の原因がないことから塞栓源不明の脳塞栓症と考えた4.抗血栓薬による再発予防を開始した.その後,心筋梗塞を認め,経皮的冠動脈形成術を行い,入院12日目に自宅退院となった.退院1か月後の心電図で,陰性T波は消失し正常に戻った.退院10か月後,右冠動脈に挿入したステント内の再狭窄を認め経皮的冠動脈形成術を施行した.

Fig. 1 Electrocardiogram, brain MRI, and coronary angiogram.

(A) Twelve lead electrocardiogram shows an inverted T wave without ST segment elevation in leads II, III, aVF, V5, and V6 (blue arrows). Vertical axis, 1 mm = 0.04 s; horizontal axis, 1 mm = 0.1 mV. (B) Axial 1.5-Tesla MRI of the brain shows ischemic lesions (white arrows) in the right corpus callosum and left hippocampus. DWI, diffusion-weighted imaging (TR, 4,100 ms; TE, 95 ms); ADC, apparent diffusion coefficient (TR, 4,100 ms; TE, 95 ms); FLAIR, fluid-attenuated inversion recovery (TR, 9,000 ms; TE, 103 ms); MRA, magnetic resonance angiography (TR, 25 ms; TE, 6.2 ms) (C) This coronary angiogram reveals proximal occlusion of right coronary artery #1 (red arrow).

考察

TGAの病態に様々な説が報告されているが,その一つに脳梗塞の可能性が挙げられている.その根拠とされるのが,拡散強調画像で海馬CA1領域が高信号域になることであるが,潜時が48~72時間と通常の脳梗塞と異なっており,異論もある1.本症例では左海馬および右脳梁体部に拡散強調画像で点状高信号域,ADCで低信号域が認められたことから,脳梗塞によるTGAの発症が推定される.また,TGA患者の急性冠症候群の発症リスクは一過性脳虚血発作のそれと比較して2倍以上も高いとの報告がある5.同研究では,113例のTGA患者において高感度トロポニンI陽性例は25%で認め,これは一過性脳虚血発作や片頭痛患者よりも明らかに高い比率であった5.Eiseleらの研究では,TGA患者202人のうち8.4%の17人で高感度トロポニンI陽性が認められた2.ただし,このトロポニンI陽性17人のうち,2人のたこつぼ型心筋症を除いて他の原因は不明であった2.TGAに心筋梗塞が合併する症例は,渉猟する限り5例が報告されている6)~10.1例を除き高血圧や狭心症を合併し,トロポニンIは5例全例で陽性であった(Table 1).心外膜虚血を示すST上昇の心電図異常は3例あるが,本症例同様に認めない症例もみられた.心筋梗塞の代表的な主訴である胸痛について2例で認めるが,本症例同様認めない症例もみられた.胸痛を伴う2例はその後TGA発症により胸痛を健忘したせいか,外来受診時には特に訴えなかった67.胸痛を訴えなかった3例および本症例では,心筋梗塞がTGAに先行していた可能性,またはTGAが心筋梗塞に先行していた可能性が考えられる.胸痛を伴う有痛性心筋梗塞が先行した場合,過呼吸や胸腔内圧上昇により静脈還流のうっ滞が,無痛性心筋梗塞では心筋梗塞自体による脳梗塞が,TGAを惹起した可能性が考えられる.一方,脳梗塞によりトロポニンI上昇や陰性T波を来たすが,心臓壁運動異常と冠動脈の有意狭窄がないとの報告もあり11,脳梗塞によるTGAが先行し,中枢性の自律神経機能の障害により心筋梗塞を引き起こす可能性も考えられる5

Table 1  A literature review of the patients with transient global amnesia (TGA) and myocardial infarction (MI).
Patient no. Age (y) Sex PMH TGA MI
Trigger Duration (h) Brain lesion Symptoms Troponin I level Angiography
(Culprit lesion)
Diagnosis
1 72 M Hypertension Angina pectoris None 8 None None Elevated Unknown MI
2 57 M Dyslipidemia Hypertension None 10 None Chest pain Elevated LAD STEMI
3 62 M Prostate cancer None 12 None Retrosternal pain Elevated
(29 ng/ml)
LAD STEMI
4 69 F Hypertension Stress 18 Unknown None Elevated
(3.06 ng/ml)
Non-obstruction NSTEMI
5 64 M Angina pectoris None Unknown None None Elevated
(2.5 ng/ml)
RCA STEMI
Our patient 66 F Hypertension None 17 Corpus callosum Hippocampus None Elevated
(0.235 ng/ml)
RCA NSTEMI

1, Agosti et al. 2006; 2, Caramelli et al. 2009; 3, Courand et al. 2014; 4, Saker et al. 2018; 5, Tirelli et al. 2019; PMH = past medical history, M = male, F = female, LAD = left anterior descending coronary artery, RCA = right coronary artery, STEMI = ST elevation myocardial infarction, NSTEMI = non-ST elevation myocardial infarction.

TGAは予後良好な疾患と認知されている.しかし,本症例のように心筋梗塞を合併しているTGAが一定の割合存在する.さらに,TGAの発症により胸痛を忘れてしまい,無痛性心筋梗塞となる可能性があるため,TGAに心筋梗塞を合併することを念頭に診療する必要がある.高血圧や狭心症の既往のある患者がTGAを発症した場合は,トロポニンIや心電図,さらに心臓超音波検査や血管造影検査を考慮し診療することが重要である.

Notes

本報告の要旨は,第228回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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