医師のバーンアウトに関連する要因を明らかにし,今後の対策に活かすため,2019年10月,日本神経学会はバーンアウトに関するアンケートを脳神経内科医に対して行った.学会員8,402名の15.0%にあたる1,261名から回答を得た.日本版バーンアウト尺度の下位尺度の平均は,情緒的消耗感2.86/5点,脱人格化2.21/5点,個人的達成感の低下3.17/5点であった.また本邦の脳神経内科医のバーンアウトは,労働時間や患者数といった労働負荷ではなく,自身の仕事を有意義と感じられないことやケアと直接関係のない作業などと強く関連していた.これらを改善する対策を,個人,病院,学会,国家レベルで行う必要がある.
2016年5月から2019年3月までの期間に当院に救急搬送された症例について救急隊のトリアージと最終診断の相違を検証した.脳卒中疑いで搬送された症例の約30%は脳卒中以外の多様な疾患だった.また脳卒中を疑われずに搬送された症例の一部は,機械的血栓回収療法を施行した脳主幹動脈閉塞症例であり,脳卒中疑いで搬送された症例に比べて来院から治療までの時間が有意に長かった.脳卒中以外の多様な疾患も幅広く受け入れること,麻痺や皮質症状など治療が必要な脳梗塞を疑う症状の重要性を救急隊に啓発し,継続的なフィードバックを行うことがより良いプレホスピタルの実現に必要と考えられた.
スモン(subacute myelo-optico-neuropathy)は,1960年代に多発した中毒性神経疾患である.腹部症状が先行し,下肢末端から上行する異常知覚・感覚障害,痙性麻痺,視力障害をきたす.当初は原因として感染が疑われたが,緑尿分析からキノホルム説が浮上し,疫学調査・動物実験により確認された.日本最大の薬害となった背景には,外用薬の内服薬への転用,安全神話,杜撰な投与量規制,国民皆保険制度による投与量増加,腹部症状の複雑性など多くの要因が存する.現在も恒久対策として患者検診が継続して実施されている.今後はキノホルム神経毒性機序や感受性の研究,薬害スモンの風化防止が重要である.
59歳女性.緩徐に増悪する左顔面感覚障害を認め,次第に顔面筋力低下,構音障害,舌萎縮,舌線維束性収縮を伴った.さらに左上下肢の運動失調と画像検査で小脳萎縮および血流低下を認め,左鼻筋と僧帽筋の神経反復刺激試験(repetitive nerve stimulation,以下RNSと略記)では異常減衰を認めた.臨床経過からfacial-onset sensory and motor neuronopathy(FOSMN)と診断した.FOSMNでの小脳失調は一般的ではないが,小脳白質にTDP-43陽性神経膠細胞質封入体を認めた症例もある.また筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,以下ALSと略記)では僧帽筋でのRNS陽性率が高いが,本疾患でもALSと同様の病態で罹患筋の異常減衰を認めると推定される.
症例は発症時16歳男性.高校生となり弓道を始めてから両側の三角筋,上腕二頭筋,腕橈骨筋などのC5, 6髄節筋に筋力低下が亜急性に発症した.神経所見では,両側前腕外側の軽微な感覚障害と下肢の索路症候も伴っていた.前屈位の頸椎MRIとCT myelographyにて脊髄が後方硬膜により圧迫する所見を認めたことから,平山病と臨床像は異なるものの同病態の‘近位型平山病’と考えられた.弓を射る姿勢である頸部回旋位のCT myelographyでも脊髄圧迫を認めたことから,頸部回旋も脊髄症発現に関与していると考えられた.頸部前屈および回旋の制限のみで上肢の筋力低下と下肢の痙性が改善した.平山病において,頸部前屈に加えて頸部回旋も病態に関与する可能性がある.
症例は60歳代女性,突然の腰痛後,数分の経過で両下肢脱力,尿意消失を呈した.神経所見では対麻痺,第11胸椎髄節レベル以下の痛覚低下,膀胱直腸障害を認めた.胸腰椎MRIの拡散強調画像及びT2強調画像で下部胸髄内異常信号を認め,脊髄梗塞(spinal cord infarction,以下SCIと略記)と診断した.その後,血清抗アクアポリン4抗体陽性が判明.脳脊髄液検査での細胞数が上昇し,MRIのT2強調画像で病変が拡大しており,視神経脊髄炎スペクトラム(neuromyelitis optica spectrum disorder,以下NMOSDと略記)病態の合併を疑った.ステロイドパルス療法を施行し,MRIでの異常信号は改善した.SCIの発症に伴いNMOSD病態が疾患修飾要因として出現した可能性があり,病態を考える上で貴重な症例と考え報告する.
症例は33歳女性.右同名半盲を主訴に救急外来を受診したが,翌朝には症状が消失した.頭部単純CTでは石灰化等の異常はなく,髄液所見や脳波でも異常は認めなかった.頭部造影MRIでは左後頭葉から左頭頂葉にかけて軟膜増強効果を認めた.造影後FLAIRでも同部位の増強効果があり,磁化率強調画像で左後頭葉の静脈拡張を認め,臨床所見と画像所見からSturge-Weber症候群III型と診断した.本疾患の成人発症は稀であり,石灰化を伴わない症例の存在は重要な知見である.
症例は66歳,女性.一過性の前向性健忘発作を訴え,外来受診した.高血圧以外の特記すべき既往歴はなかった.胸部症状はなく,意識清明であった.身体所見で神経脱落所見はなく,健忘以外の高次脳機能障害も認めなかったため,一過性全健忘(transient global amnesia,以下TGAと略記)と診断した.頭部MRIの拡散強調画像で左海馬および右脳梁体部に点状の高信号域が認められ入院とした.採血でトロポニンIが陽性,心電図で陰性T波が認められ,入院9日目に冠動脈造影で右冠動脈の高度狭窄を検出し心筋梗塞と診断した.TGAは予後良好な疾患とされているが,本症例のように無痛性に心筋梗塞を合併している場合があり注意を要する.
症例は53歳男性で,嗅覚消失を認めた後PCR検査でcoronavirus disease 2019(COVID-19)と診断され当科に入院した.発熱なく呼吸症状は咽頭痛のみでCTで肺炎像を認めなかった.入院時,the odor stick identification test for Japanese(OSIT-J)で1点と低下を認めたが,入院16日目に11点まで改善.呼吸症状悪化なく退院した.COVID-19は嗅覚障害以外の症状を呈さない場合があり,嗅覚検査が診断の契機となりうる.OSIT-Jは,本例において初期の点数低下と回復過程を確認し得たことから,診断の一助となる可能性が考えられた.