臨床神経学
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症例報告
視神経脊髄炎スペクトラム病態の合併が疑われた脊髄梗塞の1例
刀坂 公崇千原 典夫赤澤 明香上田 健博関口 兼司松本 理器
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2021 年 61 巻 2 号 p. 127-131

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要旨

症例は60歳代女性,突然の腰痛後,数分の経過で両下肢脱力,尿意消失を呈した.神経所見では対麻痺,第11胸椎髄節レベル以下の痛覚低下,膀胱直腸障害を認めた.胸腰椎MRIの拡散強調画像及びT2強調画像で下部胸髄内異常信号を認め,脊髄梗塞(spinal cord infarction,以下SCIと略記)と診断した.その後,血清抗アクアポリン4抗体陽性が判明.脳脊髄液検査での細胞数が上昇し,MRIのT2強調画像で病変が拡大しており,視神経脊髄炎スペクトラム(neuromyelitis optica spectrum disorder,以下NMOSDと略記)病態の合併を疑った.ステロイドパルス療法を施行し,MRIでの異常信号は改善した.SCIの発症に伴いNMOSD病態が疾患修飾要因として出現した可能性があり,病態を考える上で貴重な症例と考え報告する.

Abstract

We report a 60-year-old woman who developed spinal cord infarction (SCI) with anti-aquaporin (AQP) 4 antibody seropositive. She was admitted to our hospital with acute onset of flaccid paraparesis and urinary disturbances that completed within a few minutes after acute pain in her lower back. Neurological examination revealed flaccid paraparesis, bladder and bowel dysfunction and dissociated sensory loss below the level of Th11 spinal cord segment. Diffusion weighted imaging (DWI) and T2-wighted imaging (T2WI) of thoracic spine MRI showed high signal intensity in the spinal cord between Th9 and Th12 vertebral levels with decreased apparent diffusion coefficient (ADC). We diagnosed her as having SCI. Thereafter the serum examination on admission was reported as positive for anti-aquaporin 4 (AQP4) antibody. Cerebrospinal fluid (CSF) analysis revealed pleocytosis, and the spinal cord lesions became enlarged in MRI on 12 days after the onset. We, therefore, suspected that the pathophysiology of neuromyelitis optica spectrum disorder (NMOSD) accompanied SCI. The patient underwent two courses of high dose intravenous methylprednisolone (IVMP) for three days (1 g/day). Her neurological symptoms did not improve significantly, but the size of T2WI MRI high signal lesion improved to that of the initial MRI scan. Anti-AQP4 antibody seropositivity may have modified the SCI pathology in the present patient.

はじめに

視神経脊髄炎スペクトラム(neuromyelitis optica spectrum disorder,以下NMOSDと略記)はまれな中枢神経系の炎症性疾患で,中高年の女性に好発し,抗アクアポリン4(aquaporin 4,以下AQP4と略記)抗体が疾患特異的な自己抗体として知られる1.急性増悪期の治療としてはステロイドパルス療法(intravenous methylprednisolone,以下IVMPと略記)や,血漿交換療法(plasma exchange)があり,再発予防の治療としては免疫抑制療法が選択される2.一方で,脊髄梗塞(spinal cord infarction,以下SCIと略記)は,全脳卒中患者に対し0.3~1%の罹患率であり3)~6,脳梗塞と同様の再発予防治療や動脈硬化のリスクファクターに対する治療が検討される7.脊髄炎とSCIは病歴や画像上の鑑別が困難であり,Barrerasらの報告によれば脊髄炎の14~16%はSCIと診断されているが8,SCIと診断されたものの中に潜在的な脊髄炎がどの程度あるかは不明である.

われわれはSCIと診断した患者で,髄液細胞数上昇と抗AQP4抗体の陽性を認めた症例を経験した.経過中にMRI病変が拡大したものの,免疫治療により改善を認めたことから,NMOSDの病態が合併したと考えた.診断・治療上の問題点について若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:60歳女性

主訴:腰痛,両下肢の筋力低下,異常感覚

既往歴:29歳時 腎盂腎炎,55歳時 高血圧症,更年期障害(ホルモン剤治療中).

家族歴:心血管・脳血管疾患,膠原病の家族歴なし.

生活歴:職業:主婦,飲酒:なし,喫煙:なし,アレルギー:なし,同居:夫,ADL:自立,外傷歴なし.

現病歴:先行する外傷や感染症はなかった.2020年4月某日洗面所で立ったところ,5分以内に突然腰背部の疼痛が出現した.数分程度の経過で両下肢全体に灼熱感が出現し,隣の部屋のソファーに自力で歩行し横になった.その後,両下肢がほとんど動かないことに気づいた.徐々に灼熱感は消失した.排便・排尿はできなかった.近医受診し当院を紹介受診した.

入院時現症:身長156 cm,体重64.7 kg,BMI 26.6,体温37.3°C,血圧150/87 mmHg,脈拍79/分,呼吸数16/分,SpO2 99%(room air),一般身体所見では心音整で雑音は聴取しなかった.神経学的所見では,意識は清明.脳神経領域の視神経に関しては視野障害なし,瞳孔径4 mmで正円同大,対光反射正常,Relative Afferent Pupillary Defect(−/−)であった.その他脳神経領域に関しては,眼球運動制限なし,顔面感覚(触覚・痛覚)は正常,顔面筋麻痺はなかった.運動系では両上肢に筋力低下を認めず,両下肢は弛緩性麻痺で,随意運動は不可能であった.腱反射は両上肢では正常なものの両下肢では消失し,肛門反射も消失していた.病的反射を認めなかった.感覚系では触覚・振動覚・位置覚は正常であったが,痛覚に関しては右では臍部より10 cm程度以遠で,左では鼠径部より以遠で,それぞれ低下を認めた.排便・排尿はできなかった.項部硬直,Kernig徴候はなく,Lasègue徴候も見られなかった.

検査所見:血液検査では軽度の白血球数増多(9,900/μl)が認められ,赤血球沈降速度の亢進(26 mm/60 min)を認めたが,CRPは陰性で,凝固機能も正常であった.また脂質異常症(T-Chol 281 mg/dl, LDL-C 196 mg/dl, LDL/HDL 2.42)を認めた.PR3-ANCA,MPO-ANCA,抗カルジオリピン抗体などの自己抗体は陰性でプロテインCおよびSの活性は正常範囲内であった.脳脊髄液検査(第12病日)では初圧120 mmH20,水様やや淡黄色,細胞数22/μl(単核球95%),蛋白345 mg/dlと高値を認め,糖56 mg/dl(血糖102 md/dl),IgG index 0.74,MBP 1,470 ng/mlで,oligoclonal IgG bandsは陰性であった.経胸壁心エコー,血管エコーによる心血管系の評価では塞栓源は指摘できず,頭部MRIでは深部白質に軽度の慢性虚血性変化を認め,拡散強調画像(diffusion weighted imaging,以下DWIと略記)で新規病変は認めなかった.

臨床経過:受診時の脊髄MRIでは神経所見に合致してT2強調画像でTh9からTh12レベルの髄内に連続する前方優位の高信号域を認めた.Owl’s eyes signや病変周囲の浮腫性変化(Hologrey pattern, Holocord pattern)も認めた.病変部位はDWIでも高信号を示し,同部位のapparent diffusion coefficient(ADC)値は0.53 × 10−3 mm2/sと低値であった(Fig. 1A, B).突発完成の神経症状とDWIを含めたMRI画像変化からSCIと診断し,アスピリン100 mg/日,ヘパリン10,000単位/日を開始したが,症状に著変はなかった.第12病日に入院時に採取した血清での抗AQP4抗体陽性(ELISA, 25.2 U/ml)が判明した.後日,cell-based assay(CBA)でも陽性を確認した.同日の髄液検査で細胞数,蛋白の増加が認められたが,髄液での抗AQP4抗体陰性(CBA法)であった.脊髄MRIではT2WIでTh5からTh12レベルに異常信号が拡大していた.Th5からTh8にかけては腹側の中央部に異常信号を認め,Th9からTh12レベルではOwl’s eye signが明瞭化していた(Fig. 1C).症状の増悪はないものの画像所見増悪に抗AQP4抗体を介した炎症病態の関与を考え,第14病日よりIVMPを2コース施行した(1コースはメチルプレドニゾロン(1 g/日)を3日間経静脈投与).下肢の筋力は徒手筋力検査では0~1と改善はなかったIVMP後,第29病日の脊髄MRIではT2WIでTh5からTh8レベルの病変は消失しており,Th9からTh12レベルの異常信号は残存していた(Fig. 1D).胸腹部・脊髄の造影CTでは動脈解離,血管閉塞を疑う所見はなかった(第16病日施行).第30病日に転院した.NMOSDとしての再発予防を目的としてプレドニゾロン5 mg/日を開始した.

Fig. 1 MRI findings on 2, 12, and 29 days after spinal cord infarction (SCI).

A) The spinal cord on diffusion weighted imaging (DWI) revealed the brightest intensity on 2 days after SCI (arrows) with low apparent diffusion coefficient (ADC) values (circled: 0.53 × 10−3 mm2/s, non-ischemic region control: 1.63 × 10−3 mm2/s). Scanning parameters were TR: 5,000 ms, TE: 72 ms, thickness: 3.0 mm, and b = 1000 s/mm2. B–D) T2-weighted images (T2WIs) of the spinal cord revealed high intensity signal from Th9 to Th12 vertebral levels on day 2 (B; arrows). The lesion expanded up to Th5 levels on day 12 (C; arrows), Thereafter, spinal cord lesions recovered to the original levels (Th9–12) after IVMP treatment on day 29 (D; arrows). T2WIs did not show any abnormality in vertebral bodies.

考察

本例では,神経症状が突発完成した臨床経過,DWIで異常信号を認めたことからSCIと診断した.一方で,脳脊髄液検査で細胞数上昇を伴っていたこと,経過中に画像病変が拡大したこと,ステロイドパルス治療によって画像所見の改善を認めたこと,抗AQP4抗体がELISA法,CBA法ともに陽性であったことから,抗AQP4抗体の病態への関与が疑われた.

SCIとNMOSDの鑑別方法としては,病歴,症状,髄液検査,MRI,血管造影検査があげられる(Table 1).NMOSD患者とSCI患者の発症時の症状,経過を比較した報告(既報の合算でSCI 101例,NMOSD 21例)では,超急性発症(hyperacute onset: < 4~6時間)はSCIが93%で認められたのに対しNMOSDは0%であり,超急性発症であればSCIの可能性が高くなる89.また,他の臨床症状としてSCIでは発症時に髄膜,椎体,神経根の虚血により腰痛が半数以上に認められる8)~11が,NMOSDでも腰痛が見られる症例が報告されている9

Table 1  A review of clinical, laboratory, and imaging features between spinal cord infarction (SCI) and neuromyelitis optica spectrum disorder (NMOSD).
SCI Patients, (No./Total No. (%)) NMO Patients, (No./Total No. (%)) this case
Clinical features
Focal pain9)15) 100/165 (61%) 1/21 (5%) +
Hyperacute onset (< 4–6 hours)9)15) 113/165 (68%) 0/21 (0%) +
Naider time9) 11 ± 13 minites (n = 39) 8 ± 6 days (n = 21) a few minutes
Cerebrospinal fluid findings
Cells (/μl)9) 0.8 ± 1.3 (n = 39) 9.0 ± 20.3 (n = 21) 22
Protein levels (mg/ml)9) 51.7 ± 32.2 (n = 39) 45.7 ± 11.3 (n = 21) 345
MRI Findings
Mean ADC (×10−3 mm2/s)23) 0.81 ± 0.08 (n = 6) 1.37 ± 0.23 (n = 21#) 0.53
Owl’s eyes sign9)15)16) 97/176 (55%) 4/34 (12%) +
Bright spotty lesion9)12)16) 4/49 (8%) 38/57 (67%)
Lesion length (vertebral segments)9) 3.1 ± 1.5 (n = 39) 5.0 ± 1.7 (n = 21) 4
Edematous cord expansion9)15)16) 34/137 (25%) 12/13 (92%) +

Several clinical and laboratory parameters of the case are compared between SCI and NMOSD based on a review of literatures.

髄液検査に関してはNMOSD 39例とSCI 21例を比較した報告があり9,細胞数はSCIでは0.8 ± 1.3/μl(平均値 ± SD,以下同様),NMOSDでは9.0 ± 20.3/μlでありNMOSDの方が高値の傾向にあった.一方,SCI 57例のうち17%で細胞数が5/μl以上となる報告8もあり注意が必要である.蛋白に関してはSCIで460 mg/dl,NMOSDで362 mg/dlまで上昇することがあり両者の鑑別に有用ではない1314

NMOSDの脊髄MRIはMultiple sclerosisと比較検討されることが多く,NMOSDではBright spotty lesionや3椎体以上の病変,中心部から広がる不均一な病変,横断性病変が特徴的とされる12.一方で,SCI 126例の検討ではOwl’s eyes sign(65%),Anterior pencil-like hyperintensity(40%)およびそれに伴う矢状断でのAnterior U shape or V shape(25%),Anterior spot(24%),Hologrey(associated edematous T2WI hyperintensity on sagittal view)(19%),Holocord(associated edematous T2WI hyperintensity extending through the conus on sagittal view)(16%)が特徴としてあげられる15.Bright spotty lesion,Owl’s eyes sign,浮腫性変化についてSCIとNMOSDの画像についての報告(既報の合算でSCI 176例,NMOSD 58例)によればBright spotty lesionはNMOSDで67%,SCIで8%,Owl’s eyes signはNMOSDで12%,SCIで55%,浮腫性変化はNMOSDで92%,SCIで25%にそれぞれ認められた9121516.また,SCIでの脊髄MRI T2WIの異常信号の時間経過について決まった見解はないが,病変が著明に改善することは稀である.7例の脊髄梗塞(うちステロイドパルスの使用は3例)の報告によれば,1例でのみTh9からL1にかけての脊髄梗塞が消失したとの記載がある以外では,2椎体以上の改善を認めた報告はなかった.改善した1例は外傷を契機に脊髄梗塞を発症した小児例であり,抗AQP4抗体の測定は行われていなかった17)~22.本例ではBright spotty lesionを認めず,Owl’s eyes signや浮腫性変化(Hologrey/Holocord)は認めたものの,NMOSDとSCI両者を鑑別する決め手に欠けた.第12病日に出現したT2WIの異常信号は腹側・中心部の病変であり,Owl’s eyes sign等のSCIを示唆する所見は見られなかった.ステロイドパルス後に,異常信号は著明に改善しており,SCIとしては典型的でなかった.DWI画像の有用性については,33例の脊髄病変(炎症性疾患21例,SCI 6例,その他6例)を認める患者で病変部のADC値の比較を行った報告があり23,SCIではADC = 0.81 ± 0.08 × 10−3 mm2/s,炎症性疾患ではADC = 1.37 ± 0.23 × 10−3 mm2/sと有意差を認めた.本例でも受診時の脊髄MRIでADC値は0.53 × 10−3 mm2/sと,病変のない部位の脊髄のADC値1.63 × 10−3 mm2/sと比して低値であった.第12病日に出現したTh5からTh8の病変に関してはDWI画像を撮像しておらず評価は困難であった.SCI診断における血管造影検査の有用性については,SCI患者82例にCTA・MRA・DSA(Digital Subtraction Angiography)のいずれかを施行した報告がある15.SCIを示唆する所見(大動脈解離(Stanford A: 4例,Stanford B: 3例),椎骨動脈解離(4例),前脊髄動脈閉塞(3例),腸骨動脈閉塞(1例),Adamkiewicz動脈の閉塞(1例))は20%(n = 80)に留まっていた15.本例では,超急性発症の両下肢筋力低下を認め,腰痛も伴っていた.脊髄MRIではDWIで異常信号を認め,ADC値は0.53 × 10−3 mm2/sと低値であったことからSCIが強く疑われた.

一方で,入院時に採血した検体での抗AQP4抗体が陽性であったこと,経過を通じてMRI病変が拡大したこと,その際の脳脊髄液細胞数が22/μlと上昇していたこと,IVMP治療に伴い脊髄病変が改善したことからはNMOSD病態の関連も疑った.NMOSDはシェーグレン症候群,橋本病といった自己免疫性疾患を合併しやすいことが知られている.一方で,脊髄梗塞との合併や,脊髄梗塞に続発したという報告はない.NMOSDは発症の数年前から,血清抗AQP4抗体が認められることがある.血液脳関門(blood brain barrier)の透過性亢進を引き起こす二次的な病態により,血中の抗AQP4抗体が中枢神経内に浸潤し,中枢神経の星状細胞に結合した可能性も報告されている24.本例では潜在的に存在した抗AQP4抗体がSCIにより血液脊髄関門(blood spinal cord barrier)を通過した影響で,脊髄病変の悪化に寄与した可能性がある.なお,第12病日の髄液での抗AQP4抗体(CBA法)は陰性であった.また,Akaishiらの報告によれば53例のNMOSD患者における発症促進因子となり得るエピソードの内訳として,1ヶ月以内の手術(4例)・外傷(3例),硬膜外血腫(1例)の報告があり,抗AQP4抗体産生に全身ないし局所の炎症性の病態が関与している可能性が示唆されている25.中枢神経の虚血性病変では炎症性サイトカインが上昇する報告があり26,本例ではSCIによる局所的な組織障害と炎症を契機とし,NMOSD病態が促進された可能性もある.本患者では発症前の抗体の評価はできなかったが,MRI画像でTh5からTh8レベルの異常信号がIVMP後に改善しており,抗AQP4抗体が関連する神経炎症の関与が推察された.一方で,退院時点で,臨床症状の改善は十分でなく,SCIによる神経障害は重篤であった.

病歴上,SCIを疑うものであっても,脳脊髄液の細胞数増多,抗AQP4抗体陽性,MRI病変の改善といったSCIとして非典型的な所見を認めた場合はNMOSDを鑑別に上げるだけでなく,その病態の併発も考慮して早期の治療介入と治療効果判定を行うことが望まれる.SCIをきっかけにNMOSDの病態が顕在化する可能性があり,今後の症例の蓄積が待たれる.

Acknowledgments

謝辞:診断につきご助言をいただき,抗体測定いただきました国立病院機構米沢病院・東北大学医学部神経内科学教室 高橋利幸先生に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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