臨床神経学
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症例報告
HAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練により歩行機能が改善した筋強直性ジストロフィー1型の1例
中津 大輔松井 未紗米延 友希豊岡 圭子井上 貴美子齊藤 利雄
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2021 年 61 巻 6 号 p. 368-372

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要旨

症例は,筋強直性ジストロフィー1型の53歳女性である.歩行障害が進行したため,入院によるhybrid assistive limb®(HAL®)歩行訓練を,1日40分間,週3回,3週間を1クールとして2クール施行したところ,2分間歩行テストでの歩行距離は111 mから154 mに改善し,歩行速度は2.01 m/sから2.78 m/sまで,ケイデンスは2.21 steps/sから3.05 steps/sまで改善した.また,筋ジストロフィーQOL評価尺度MDQoL-60による評価も改善した.適切なHAL®歩行訓練は,進行性の神経筋難病患者の歩行機能改善に加え,QOLも改善する可能性が示唆された.

Abstract

A Japanese woman first noticed dysarthria at the age of 23. She visited a hospital at the age of 32 and was diagnosed as having myotonic dystrophy clinically. She was diagnosed genetically as having myotonic dystrophy type 1 at 47 years old with 160–270 CTG repeats on the DMPK gene. At the age of 48, she needed non-invasive positive pressure ventilation because of hypoxia at night. Her gait function also deteriorated. She could not stand up from the supine position by herself. However, when she stood, she could walk without a cane for a short distance. She was admitted to our hospital to receive rehabilitation against progressive gait disturbance at the age of 53. She received gait training with hybrid assistive limb® (HAL®). We evaluated some parameters such as walking distance of 2-minute walk test (2MWT), gait speed /cadence/stride length of 10-meter walk test (10MWT), before and just after the course. The first course was performed in September 2017 and the second was done in May 2018 so the interval was about six months. After two courses of HAL® gait training, the distance on the 2-minute walk test increased from 111 m to 154 m, the average speed and the cadence of 10MWT improved from 2.01 m/s to 2.78 m/s and from 2.21 steps/s to 3.05 steps/s respectively. The score of the muscular disability quality of life (QOL) rating scale was also improved. The factors including “defecation,” “breathing,” and “ADL” suggest that the patient’s physical abilities improved and she could move easily. Other factors such as “hope”, “activity” and “human relationship” suggest that patient’s mood improved after the HAL® training.It was suggested that HAL® gait training could improve QOL as well as gait function in patients with progressive neuromuscular disorder.

緒言

Hybrid assistive limb®(HAL®)は,医療に応用される世界初の生体電位駆動による装着型ロボットである.2013年から2014年まで行われた無作為ランダム化比較試験(NCY-3001試験)の結果に基づいて,2016年に,HAL®医療用下肢タイプ(CYBERDYNE社製)が,脊髄性筋萎縮症,球脊髄性筋萎縮症,筋萎縮性側索硬化症,Charcot-Marie-Tooth病,遠位型ミオパチー,封入体筋炎,先天性ミオパチー,筋ジストロフィーの8疾患の歩行障害に対して保険適用が認められた12.当院では2017年から,上記神経筋疾患患者の歩行リハビリテーションにHAL®医療用下肢タイプを適用している.

今回,われわれは筋強直性ジストロフィー1型(myotonic dystrophy type 1,以下DM1と略記)患者に対してHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を行い,歩行機能とquality of life(QOL)の改善が得られたので報告する.

症例

53歳,女性

主訴:筋力低下

既往歴:子宮内膜増殖症(47歳時).

家族歴:類症なし.

現病歴:23歳(1986年)頃から舌の動かしにくさを自覚し,30歳(1993年)頃から頭部挙上が困難となった.32歳(1995年)時,前院を受診し,筋強直性ジストロフィーと臨床診断された.2004年12月当院初診,以後外来通院していた.47歳時に遺伝子診断でDMPK遺伝子のCTGリピート数が160~270(正常値5~37リピート)であることが判明し,DM1と診断された.48歳時の2012年8月,%FVC 80%,pO2 82.5 mmHg,pCO2 50.1 mmHgと高炭酸ガス血症及び夜間の低酸素血症が認められ,夜間の非侵襲的人工呼吸療法が導入された.徐々に歩行障害が進行して独歩が困難となった.53歳時(2017年9月)に機能評価を実施しHAL®の適応と判断され,入院の上,1クール目(2017年9月下旬~11月上旬)のHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を行った.54歳時(2018年5月)に2クール目(2018年5月下旬~6月中旬)のHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を施行した.

入院時現症(1クール目開始時):身長167 cm,体重48 kg,血圧123/78 mmHg,脈拍61回/分・整,体温36.5°C,SpO2 97%.意識清明,軽度の構音障害と斧様顔貌を認めた.徒手筋力手テストにて頸部屈筋2,頸部伸展3+,上肢(右/左):三角筋4/4,上腕二頭筋2/2,上腕三頭筋3+/3+,手関節背屈3+/3+,手関節伸展3+/3+,握力3.8 kg/2.5 kg,下肢(右/左):腸腰筋4/4,大腿四頭筋4/4,ハムストリングス4/4,前脛骨筋4/4,腓腹筋4/4であった.把握ミオトニアと叩打ミオトニアは陽性であった.四肢の腱反射は低下していたが,病的反射はなかった.支持なしで臥位からの起立は不可能であったが,一旦起立してしまえば補助具なしで短距離の歩行が可能であった.歩容は動揺性で,長距離歩行時は1本杖を使用していた.その他感覚系,協調運動系,自律神経系に異常所見を認めなかった.

方法

週3回月・水・金曜日に1回40分間,HAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を実施した.火・木曜日には1回20分~40分間,四肢の関節可動域訓練,持久力維持目的の自転車エルゴメーター10~15 W 10分~15分,呼吸理学療法として深吸気訓練を行った.各クールの開始時と終了時に2分間歩行テスト(2MWT)の歩行距離と,歩行速度,歩行率(ケイデンス;時間単位当たりの歩数),ストライド長,肺活量(vital capacity,以下VCと略記)を評価した.

歩行速度,ケイデンス,ストライド長は,10 m歩行テスト(10MWT)の方法を用いて,最高歩行速度で10 mを歩行(2 m加速歩行,定常状態で6 m歩行,2 m減速歩行)させて中6 mのそれぞれの数値を計測した34.なお,HAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練中は転倒予防対策として免荷機能付き歩行器(ホイスト)を併用した.

1クール目の訓練前と2クール目の訓練後のQOLについて,筋ジストロフィーQOL評価尺度MDQoL-60を用いて評価した5

結果

2分間歩行テストにおいて,1クール目の訓練後から2クール目の訓練前までの6か月間で一時的に歩行距離は低下したものの,2クールの訓練を経て111 mから154 mに歩行距離は改善した(Fig. 1A).一方,2クールの訓練を経て歩行速度は2.01 m/sから2.78 m/sまで(Fig. 1B),ケイデンスは2.21 steps/sから3.05 steps/sまで改善した(Fig. 1C).ストライド長は,いずれの評価でも0.91 mで変化を認めなかった(Fig. 1D).

Fig. 1 Walking parameters at the baseline, after the first course, before and after the second course were performed.

After two courses, the walking distance of the 2MWT increased from 111 m to 154 m (A), the average gait-speed and the cadence of 10MWT improved from 2.01 m/s to 2.78 m/s (B) and from 2.21 steps/s to 3.05 steps/s (C) respectively. The stride length of 10MWT has not changed during the courses (D). HAL®: hybrid assistive limb®.

HAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練の前後で呼吸苦の増悪はなく,1クール目の訓練前のVCは2,200 ml,2クール目の訓練後のVCは2,240 mlと,2クールの訓練を経て呼吸機能の悪化を認めなかった.

筋ジストロフィーQOL評価尺度MDQoL-60は,ほとんどの項目において点数の改善を認めた.特に排便,人間関係において改善度が高く,次いで呼吸と咽頭機能,希望,活動などで得点が上昇していた(Fig. 2).訓練後の患者本人の感想としては,「関節の動きが滑らかになった気がする」とのことであった.

Fig. 2 Evaluation of the quality of life by MDQoL-60.

The dotted line shows the baseline (before the first course) and the solid line shows after the second course. The factors of “defecation” and “human relationship” improved remarkably.

考察

DM1は有病率が1/8,000人と比較的頻度の高い常染色体優性遺伝疾患であり,全身の筋力低下をきたすほか種々の合併症を有するが,根本的な治療法はない6.自然経過で筋力低下は進行し,特に筋痛をきたすような無理な歩行やリハビリテーションを行うと下肢の筋力低下は加速度的に進行すると考えられており,通常のリハビリテーションでは筋力の維持や改善は見込めないことが多い7

一方,HAL®は装着者の運動意図により生じた生体電位信号を感知して装着者の運動前にHAL®が動作を開始するサイバニック随意制御,HAL®に内蔵された運動データベースにより生体電位信号が不十分でも運動を完遂させるサイバニック自律制御,装着者に重量を感じさせないサイバニックインピーダンス制御により構成されている8)~12.HAL®医療用下肢タイプを用いたサイバニクス治療では弱い力でも意思に従って正確にHAL®医療用下肢タイプが動くため,筋に過度の負担を強いることなく誤りのない正確な歩行運動を疲れずに繰り返して再現でき,脳神経系のつながりが強化・改善されると報告されており8)~14,進行性の神経難病であっても定期的なHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を行うことで症状の進行を遅らせることができると考えられている15)~20

本症例では,進行性の歩行障害に対するHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練後に,歩行速度,ケイデンス,歩行距離の改善を認めた.また,2クール目の訓練後には1クール目の訓練後よりも歩行速度,ケイデンス,歩行距離は更に改善していた.

本症例では,1クール目の訓練後から6か月空けて行った2クール目の訓練前の評価で歩行距離の軽度低下がみられたが,歩行速度やケイデンスには悪化はみられなかった.これは効率の良い正しい歩容を身体が憶えていた可能性が示唆される.そして,2クール目の訓練後には歩行機能は更に改善した.このように,長期間のインターバルの後であってもHAL®医療用下肢タイプを用いた訓練効果が期待され,維持できる可能性があることを示すと考えられる.自然経過による筋力低下の進行を可能な限り防ぎ,長期的な歩行機能の改善を保つためには,一定の訓練間隔で繰り返し訓練を行うことが必要である.適切な訓練間隔についての一般的指標は未だなく,今後の検討課題であるが,現時点では患者ごとに適切な訓練間隔を模索しつつ見極めて適切なタイミングで介入していくことが望ましいと考えられる.

本症例の筋ジストロフィーQOL評価尺度MDQoL-60を用いたQOLの評価では,特に排便,ADL,呼吸と咽頭機能の項目に関して改善度が高かった.排便,ADLの項目に改善がみられたことは,HAL®医療用下肢タイプを用いた訓練後の歩行能力の改善により屋内の移動や動作のしやすさに繋がった可能性が示唆される.本症例は夜間の非侵襲的人工呼吸療法を施行中であるものの,2クールを経て呼吸不全の悪化を認めない上に,筋ジストロフィーQOL評価尺度MDQoL-60の呼吸と咽頭機能の項目にも改善がみられており,呼吸不全をきたしている患者にも安全にHAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練が施行できると考えられる.

DM1は前頭葉を主とした高次機能障害をきたすことがあり,保続や過度の固執といった遂行機能障害を認めることも少なくない21)~23.医療者から見た運動機能評価に基づく生活指導が受け入れられず,治療に難渋することもしばしば経験される.また,アパシーを認めることも多く,否定的・消極的感情により活動性の低下と更なる廃用性筋萎縮を招くこともある.

しかしながら,HAL®医療用下肢タイプを用いた歩行訓練を行ったDM患者の報告には,意欲的に歩行訓練に取り組む例も紹介されている21.本症例のQOL評価でも,人間関係,希望,活動の各項目で改善がみられており,歩行のみならず情緒面にもよい影響が認められた.

本症例のようにHAL®医療用下肢タイプを用いたサイバニクス治療を行い,歩容が改善することで肯定的・積極的な感情を惹起し,医療者側との良好な関係を構築することにより,治療経過全般におけるQOLの改善効果も期待できると考えられる.

Acknowledgments

謝辞:当患者のHAL®医療用下肢タイプを用いた訓練を行った永山ひろみ,久保美佳子,寺田幸司,山本誠の各理学療法士並びに機能評価を行った川邊利子作業療法士,船本峰宏言語聴覚士の諸氏に深謝いたします.

Notes

本報告の要旨は,第113回日本神経学会近畿地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2021 日本神経学会
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