臨床神経学
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症例報告
パーキンソン病の経過中に筋力低下と首下がりを呈し筋萎縮性側索硬化症を合併した1剖検例
小田 真司佐野 輝典西川 典子三笠 道太髙橋 祐二髙尾 昌樹
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2021 年 61 巻 6 号 p. 373-377

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要旨

症例は64歳女性.52歳時に発症したパーキンソン病の経過中,62歳時に右上肢筋力低下,63歳時に首下がりが出現した.いずれもパーキンソン病に伴う症状と解釈されL-DOPAを200 mg/日から900 mg/日まで増量されたが改善せず,64歳で筋萎縮性側索硬化症の併発と診断された.患者は緩和的治療を望まれ,その後呼吸不全と低栄養で死亡した.多系統に渡る症状を診た際は,複数病態の併存の可能性も念頭におくべきである.

Abstract

A 64-year-old female developed Parkinson’s disease at the age of 52 years. She experienced muscle weakness in the upper right extremities and dropped head at 62 and 63 years, respectively; both symptoms were considered to be associated with Parkinson’s disease (PD). The dosage of L-DOPA was increased from 200 mg/day to 900 mg/day; however, her neurological symptoms did not improve. Eventually, she was diagnosed with amyotrophic lateral sclerosis (ALS) at 64 years. She was placed under palliative care, and died of respiratory failure and malnutrition. Neuropathologic findings were consistent with the coexistence of PD and ALS. In fact, there were α-synuclein immunoreactive Lewy bodies (Braak stage 4) as well as TDP-43 immunoreactive deposits in the motor nuclei at the level of brainstem and spinal cord. Therefore, coexisting pathologies must be taken into account in a patient showing multi-system symptoms.

はじめに

パーキンソン病(Parkinson’s disease,以下PDと略記)に筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,以下ALSと略記)を合併する稀な病態は1973年にBraitらにより初めて報告され1,以降Brait-Fahn-Schwartz disease(BFS disease)として報告が散見される.本症例はその貴重な剖検例であるとともに,PD患者であるという先入観がALSの診断遅延を惹起した症例であり,臨床経過の検証を含めここに報告する.

症例

症例:64歳 女性

主訴:首下がり,上肢筋力低下

既往歴:54歳 潜在性甲状腺機能低下症.

家族歴:特記事項なし.神奈川県出身.

現病歴:2007年(52歳)頃から,右手で小銭が取りづらくなり,歩行が緩徐になった.2008年(53歳)頃から右手の振戦が出現し,近医でPDと診断された.2012年(57歳)からL-DOPAの内服を開始し,体が動かしやすくなった.以降,L-DOPA 200 mgとエンタカポン200 mgで症状は安定していた.2017年(62歳)頃から右手の力が入りづらくなり,ウェアリング・オフ現象による寡動と考えられた.それに伴いL-DOPAの用量と内服回数が増やされ,2018年(63歳)1月にはL-DOPA 700 mgを1日7回に分けて内服していた.軽度のジスキネジアが出現した.右手の筋力低下が進行し,左手で食事をするようになった.9月頃から左手の力の入りづらさも自覚し,頭頸部が持ち上がらなくなった.10月に近医で,上肢筋力低下と首下がりについて精査されたが,いずれもPDによる症状と解釈された.ロチゴチンが開始されたが,首下がりが更に増悪したため中止された.2019年(64歳)1月頃から左手で食事をすることも困難になった.ロピニロール塩酸塩2 mgが開始になり,L-DOPA 900 mgとエンタカポン900 mgをそれぞれ1日9回に分けて内服していた.8月,往診医の変更をきっかけに,精査目的に当科へ入院した.

入院時現症:身長165 cm,体重40.6 kg(半年で10 kgの低下),BMI 14.9と低体重であり,仮面様顔貌で高度の首下がりを認めた(Fig. 1).Mini-Mental State ExaminationとFrontal Assessment Batteryは満点で認知機能は保たれていた.脳神経では嗅覚低下を認め,嚥下障害・構音障害はないが小声だった.眼球運動は正常で,舌の萎縮はなかった.口唇と上肢に静止時振戦を認め,オン時に軽度のジスキネジアを認めた.線維束性収縮を上肢に認めた.右優位の上下肢に軽度の筋強剛があり,下肢に軽度の寡動を認め,いずれもオフ時に増悪した.上肢の寡動は筋力低下により評価困難だった.頸部のトーヌスは低下し,右下肢に軽度痙縮を認めた.上肢はびまん性に萎縮し,特に母指球で強かった.徒手筋力検査は頸部屈曲伸展2,上肢近位1/1,上肢遠位1/3,下肢は左右差なく4であった.下顎反射は正常で,腱反射は上肢消失,下肢亢進.Babinski徴候は陰性で腹壁反射は消失していた.歩行は歩隔がやや広く小刻みで,首が下がり両上肢を前方に下垂した状態で数メートルの歩行は可能だったが,オフ時は歩行不能だった.Retropulsionは突進して立ち直れず支えを要した.失調症状や感覚障害はなく,自律神経症状として頻尿と便秘を認めた.

Fig. 1 The patient in an upright position.

(A) Severely dropped head in a natural standing position. (B) Improved posture when the head is voluntarily raised.

検査所見:一般血液検査ではCK 361 U/lと上昇し,アルブミン3.8 g/dlと軽度低下を認めた.甲状腺機能は正常であり,抗核抗体や各種筋炎関連抗体,抗アセチルコリン受容体抗体はいずれも陰性だった.呼吸機能は仰臥位で肺活量1.38 l(%肺活量54.5%),%努力性肺活量59.3%と高度に低下し,動脈血液ガスでO2分圧107.8 mmHg,CO2分圧45.4 mmHgと軽度CO2貯留を認めた.神経伝導検査では上肢で複合筋活動電位の低下を認めたが筋萎縮を反映したものと考えられた.筋電図は僧帽筋,総指伸筋,大腿四頭筋で安静時に急性脱神経所見を認め,随意収縮では長持続の多相波が出現しrecruitmentやinterference patternも減少していた.頭部MRIで脳萎縮を認めず,皮質脊髄路に沿った高信号もなかった.123I-MIBG心筋シンチでH/M比はearly 1.63,delay 1.40,washout rate 32.8%であり,123I-ioflupane single photon emission computed tomography(SPECT)で両側線条体への集積は高度に低下していた(Fig. 2).嚥下造影検査で誤嚥はなかった.

Fig. 2 123I-Ioflupane SPECT of this case.

123I-Ioflupane SPECT of the basal ganglia shows a prominent left-side reduction in bilateral uptake. SBR (Specific Binding Ratio) = 1.49 (R: 1.52, L: 1.47). SPECT: single photon emission computed tomography.

入院後経過:臨床経過と神経所見,画像所見からPDの診断に矛盾はないと考えた.L-DOPAによりパーキンソニズムは改善し歩行可能となるが,上肢筋力低下や首下がりに変化はなかった.頻回の内服に対するストレスが強く,入院中にL-DOPA 900 mg/日から400 mg/dayまで減量したが,パーキンソニズムの悪化はなくジスキネジアは消失した.一方,2年程度の経過で上肢筋力低下と首下がりの進行を認め,上肢の線維束性収縮,下肢腱反射亢進,呼吸機能低下の存在から運動ニューロン疾患の併発を疑った.臨床所見と筋電図所見から,updated Awaji基準に照らし合わせPossible ALSと考えた.

胃瘻や人工呼吸器の導入は希望されなかった.構音障害と嚥下障害が出現し,去痰困難に対し適宜吸痰と酸素投与で対応を継続し,2019年9月に療養施設へ転院した.

退院後経過:転院後,頻回の呼吸苦の訴えに対して施設での対応が困難になり,他院へ転院した.線維束性収縮は舌と四肢に拡大し,下肢筋力低下の進行により寝たきりになった.食思不振と嚥下障害により経口摂取が不可能になった.2019年11月,低栄養と呼吸不全で死亡した.家族の同意を得て,当院で剖検を施行した.

病理所見:脳重1,332 g.肉眼所見では,青斑核と中脳黒質の高度脱色素(Fig. 3A)と頸髄前根の萎縮を認めた.光顕所見では,青斑核と黒質のメラニン含有色素細胞は高度に脱落していた.抗リン酸化α-synuclein染色陽性のLewy body(LB)とLewy neuritesを,脳幹では迷走神経背側運動核,黒質,青斑核に多く認めた(Fig. 3B, C).LBは,嗅球,マイネルト基底核や,扁桃核,前帯状回といった辺縁系にも多く認めた(Braak stage 4).脊髄の前角細胞,延髄の舌下神経核に中等度~高度の神経細胞脱落を認め(Fig. 3D),中心前回には神経細胞貪食像を認めた.前索と側索の錐体路の髄鞘染色性低下は軽度だった.脳幹と脊髄の残存神経細胞には,抗リン酸化TDP43抗体(pTDP43)陽性所見を認め(Fig. 3E),グリア細胞質内陽性所見も認めた.Bunina小体は認めなかった.C9orf72に関してpolyGlyAla(GA)配列を認識する抗GA抗体による免疫染色で陽性の沈着を認めなかった.神経原線維変化は移行嗅内野に少数散見する程度で,老人斑や嗜銀顆粒は認めなかった.

Fig. 3 Neuropathology of amyotrophic lateral sclerosis and Parkinson’s disease.

(A) Gross pathology shows marked depigmentation of the substantia nigra. (B) Lewy body in the substantia nigra (hematoxylin and eosin stain). (C) Phosphorylated α-synuclein immunoreactive Lewy bodies in the locus coerulus (anti-immunohistochemistry using monoclonal anti-phosphorylated α-synuclein antibody). (E) Loss of neurons in the right anterior horn of the cervical spinal cord (Klüver-Barrera stain). (D) Neuronophagia in the precentral gyrus(hematoxylin and eosin stain). (F) Phosphorylated TDP-43 immunoreactive neuronal cytoplasmic deposits in the anterior horn cell of the lumbar spinal cord (anti-immunohistochemistry using monoclonal anti-phosphorylated TDP-43 antibody). Scale bars: (A) 1 cm, (B) 5 μm, (C,F) 20 μm, (D) 50 μm, (E) 100 μm.

考察

L-DOPA反応性PDの発症後に偶発的にALSを合併する症例は,1973年にBraitらによって初めて報告され1,以降BFS diseaseと称された.Braitらの症例と,その後BFS diseaseとして報告された症例を併せて検討すると,PD罹患時の平均年齢は62.4歳(50~73歳)で,PD罹患から平均30.4ヶ月後にALSを合併していた1)~5.そのうち剖検された1例は,PDとALSを支持する病理に加え,Argyrophilic grain diseaseを合併していた5

臨床および神経病理学的にPDとALSはそれぞれ独立した疾患であるが,ALS患者の5~30%がparkinsonismを伴うことや26,ALS患者で123I-IPT SPECTにおいて線条体取り込みが低下していたこと7,ALS剖検例において淡蒼球・黒質・視床下核の変性を病理学的に認められることなど89,二つの病態には類似点も見られる.PDとALSが併存する疾患として,紀伊半島やGuam島における筋萎縮性側索硬化症/パーキンソン認知症複合(amyotrophic lateral sclerosis/parkinsonism-dementia complex: ALS/PDC)があるが,本症例は家族歴がなく,C9orf72遺伝子変異やいわゆるタウオパチーを示唆する所見を病理学的に認めないこと10,PDの罹患からALS発症までの経過が10年と長いことから,BFS diseaseの病態に近い.

本症例を考察する上で重要な点は,PDの経過中に出現した複数の病態をPDに伴うものと解釈したことによって,ALSの診断に遅れが生じたことである.

PDの経過10年頃に出現した上肢筋力低下は,当初ウェアリング・オフ現象による寡動と解釈され,L-DOPAの投与量が増加された.筋力低下の原因が寡動によるものか,錐体路症状によるものかの鑑別はL-DOPAの反応性を見ることで可能だが,実臨床では適切な評価が難しいケースも多い.さらに本症例がPD患者であること,またウェアリング・オフ現象が合併し得る罹病期間だったことから,筋力低下の出現初期に他疾患の併発を疑うことは困難だった.

またPDの経過11年頃に出現した首下がりも,ロチゴチン導入後のタイミングであったため,当初はPDに伴う姿勢異常もしくはドパミンアゴニストによる副作用と考えられた.首下がりはPD患者の5~6%に出現し11)~13,ドパミンアゴニスト誘発性の首下がりは,Uzawaらによると日本人,女性,Hoehn & Yahr III以上の患者に多かった14

一方ALSでは,病初期から首下がりを呈す患者の割合は0.9~1.9%と頻度は多くないが1516,頸部屈筋群と呼吸筋の支配髄節が重なることから,呼吸不全との関連が示唆されている17.首下がりの機序は,PDでは,前屈筋の緊張亢進や頸部ジストニアによるのに対し,ALSに伴う首下がりは頸部伸筋群の筋力低下に起因する.本症例において頸部の筋トーヌス亢進はなく,高度の頸部筋力低下を認めていた点から,首下がりはALSに起因したものと考えられた.

このように,神経変性疾患の患者を長期に診療する際,経過中に生じた症状も原病に起因するものとして一元的に考えてしまう傾向がある.しかし複数の神経変性疾患が偶発的に合併する報告は散見され,PDだけではなく,多系統萎縮症18や進行性核上性麻痺19の経過中にALSが合併した報告例もある.本症例では,ALSの診断が遅れた結果,当科入院時には既にエダラボンやリルゾールの投与が困難であった.多系統に渡る症状を診た際は,一元的な解釈だけではなく,複数病態の併存を念頭に診療を行い,早期診断ならびに治療介入を行うことが,患者のquality of lifeの向上に繋がる.また近年,本症例のように変性疾患に関連する蛋白が同一個体に複数発現するmultiple pathologyというコンセプトが重視され20,個々の病理変化が,どのように臨床症候に影響を与えるかといった問題は重要である.病理解剖による検討は,こうした知見の蓄積,ならびに診療過程の検証と今後の診療向上において非常に重要と考えられた.

Acknowledgments

謝辞:当患者をご紹介頂きました,川崎ヒューマンクリニック三橋成輝先生に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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