臨床神経学
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症例報告
膠芽腫を合併した筋強直性ジストロフィー1型の1例
潟山 高士黒田 順一郎大田 和貴井上 泰輝植田 光晴武笠 晃丈
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2022 年 62 巻 11 号 p. 844-849

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要旨

症例は65歳女性.10年ほど前から両下肢の筋力低下を自覚しており,既に筋強直性ジストロフィー1型(dystrophia myotonica type 1,以下DM1と略記)と診断されている長男の通院に同伴した際,顔貌,体格などからDMを疑われた.初診時に筋萎縮に加え把握ミオトニーを認め,遺伝子検査からDM1と診断された.全身の腫瘍性病変スクリーニングで行った頭部MRIで右側頭葉に辺縁不整のリング状増強効果を伴う腫瘍性病変を認めた.同病変は1か月の経過で増大傾向を認め,開頭腫瘍摘出術を施行し病理診断は膠芽腫であった.DMは全身性疾患のため周術期管理の配慮も必要である.DM患者のがん発症リスクは一般集団の約2倍とされるが,膠芽腫との合併は稀であり報告する.

Abstract

This case involved a 65-year-old woman, who had been suffered from weakness in both legs for 10 years. She had not been diagnosed of dystrophia myotonica type 1 (DM1) despite her son’s diagnosis of DM and her distinct facial features and gait anomaly. During her son’s recent clinical visit, she was finally suspected of having DM. She was sent to our institution, where a distinct muscle atrophy and grip myotonia were observed and a genetical examination was performed. The sequencing data confirmed her diagnosis of DM1 due to the distinct 230–900 CTG repeats found in the dystrophia myotonica protein kinase gene 3' untranslated region. A brain MRI revealed an abnormal lesion with irregular ring-enhancement at the right temporal lobe. Because of the steady growth of the lesion during one month observation, a surgical intervention was performed in our institution. The histopathological examination gave a diagnosis of glioblastoma multiforme (GBM). The clinical management of the patient required special cares during the perioperative periods due to the distinct pathological manifestation of DM. The risk of developing cancer in DM patients has been estimated about twice as much as general population. Since GBM developed in the DM patient is rarely reported, we present this rare case with a few insights: the difficulties of the clinical management of DM patients under the perioperative stress; the pathological contribution of DM to the malignant transformation of the glial cells.

はじめに

筋強直性ジストロフィー(dystrophia myotonica,以下DMと略記)は,進行性の筋萎縮・筋力低下や筋強直現象を特徴とする疾患で,白内障・内分泌異常・心疾患および腫瘍を含め,様々な疾患を合併しやすいとされる1.今回,DM1に合併した膠芽腫に対する加療を施行した症例を経験したため,文献的考察を加え報告する.

症例

症例:65歳,女性

主訴:手足に力が入りにくい

既往歴:白内障,子宮筋腫.

家族歴:長男がDM1.

現病歴:55歳頃から座ったり立ち上がる際に,下肢の力の入りづらさを自覚していた.その後徐々に重いものを持つことができなくなった.2017年頃から嚥下時にむせが生じ,体重減少を認めた.DM1と診断されている長男の通院に同伴した際に,顔貌,体格などからDMを疑われ,2019年11月に脳神経内科に精査目的で入院した.スクリーニングの頭部MRI検査で右側頭葉に辺縁不整のリング状増強効果を伴う腫瘍性病変を認め,当科紹介となった.

入院時現症:身長:157.5 cm,体重:30 kg,血圧:99/64 mmHg,脈拍:64回/分,整,体温:37.5°C,呼吸回数:16回/分,禿頭あり,斧様顔貌あり,臍下に手術痕あり.

入院時神経学的所見:意識は清明で,握力は右2 kg左3 kgと低下,把握ミオトニーを左右で認めた.両上肢下肢に筋萎縮を認め,徒手筋力検査で3と低下しており,明らかな遠位筋優位や近位筋優位はめだたず,左右差も認めなかった.胸鎖乳突筋は左右とも徒手筋力検査4で筋萎縮を認めた.感覚系は正常で病的反射なく,歩行は可能だが不安定で動揺性歩行あり,つぎ足歩行は不可,しゃがみ立ちも不可であった.明らかな失行,失認,失語は認めなかった.視野検査は異常なく,聴力正常で失語や記憶障害も認めなかった.また,嚥下機能低下があり,舌運動も不良であった.

検査所見:一般血液検査は正常で生化学検査はCK:91 U/lであり,その他の肝・腎機能,電解質,血糖を含め正常であった.腫瘍マーカーは,CEA,CA19-9,SCC抗原のいずれも上昇は認めなかった.動脈血ガスは,pH:7.446,PaCO2:41.2 mmHg,PaO2:82.0 mmHg,HCO3:27.7 mmol/l,BE:3.4 mmol/lであった.改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は28/30点,Mini-Mental State Examination(MMSE)は24/30点,Frontal Assessment Battery(FAB) 12点,針筋電図は第一背側骨間筋で施行し刺入時電位の亢進,myotonic dischargeを認めた.心電図は洞調律でホルター心電図でも有意な不整脈はなし.胸部X線は心拡大なく肺野も正常範囲であった.一般肺機能検査では肺活量が1.83 l,%肺活量:68%,一秒率:92.9%であった.上部消化管内視鏡検査,下部消化管内視鏡検査も有意な所見はなかった.婦人科にて施行した膣断端細胞診は陰性であった.十分な遺伝カウンセリングを行った上で施行した遺伝子検査では第19番染色体長腕(19q13.3)に存在すdystrophia myotonica protein kinase(DMPK)遺伝子3'非翻訳領域での230~900回のCTG反復配列増加を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 Genetic testing.

Southern blots of (A) normal control (B) patient. The estimated number of expanded CTG repeats (red arrow) was about 230–900 repeats. E: EcoR I, G: Bgl I, Ps: Pst I. : Normal allele, : Mutant allele

画像所見:頭部MRIで右側頭葉先端部深部に不均一な信号を示す腫瘍性病変を認め,周囲はT2WI高信号,T1WI低信号,DWI高信号で内部は一部T2WI低信号,T1WI高信号であった.Gadolinium(Gd)造影では病変の辺縁にリング状の不整な増強効果を認めた(Fig. 2).体幹部造影CTでは縦隔や腹部に有意な所見を認めなかった.

Fig. 2 Pre-operative brain MRI.

(A) Fluid attenuated inversion recovery-weighted images (FLAIR) show a high-intensity lesion in the right temporal lobe. (B) Gadolinium-enhanced T1-weighted images show high intensity lesions in parts of the right temporal lobe and reveal ring enhancement of the tumor-like area. (C) Gadolinium-enhanced T1-weighted images of monthly progress from left to right, The ring enhancement lesions become irregular in the wall.

臨床経過:造影CTや上部下部消化管内視鏡検査,膣断端細胞診などの全身検索で他臓器に腫瘍の所見はなく,この右側頭葉病変は原発性脳腫瘍が第一に疑われた.当初は積極的加療希望がなく,1か月毎に画像フォローを行った.その後,Gd増強病変は比較的緩徐に増大し,周囲の浮腫の拡大を認めた.外来にて病状と治療方針について繰り返し説明し,診断から3か月後に手術加療の同意を得て,開頭腫瘍摘出術を施行した.手術では全摘出を得られた(Fig. 3).

Fig. 3 Post-operative brain MRI.

(A) At the post-operative, Gadolinium-enhanced T1-weighted images show removed ring enhancement of the tumor-like area. (B) At the post-operative 4-months, Gadolinium-enhanced T1-weighted images show no recurrent lesions.

手術前後のMMTでは,術前の腸腰筋や大殿筋は両側MMT4で,下肢では大腿四頭筋や大腿屈筋群が両側MMT3,下肢遠位筋も両側MMT3であった.組織学的検討では,Hematoxylin and eosin(H&E)で核の多型性を有する腫瘍細胞が密に増生しており,壊死と核の柵状配列,微小血管増殖を伴っていた.免疫組織化学では,Olig2とglial fibrillary acidic protein(GFAP)は陽性で神経膠腫の星細胞系腫瘍と考えられた.細胞周期に入った細胞の割合を示すKi-67 labeling indexは30~40%と高値で腫瘍の悪性度も高いと考えられた.約30%の原発性膠芽腫でみられるepidermal growth factor receptor(EGFR)は陽性であった.また,p53は約10%で変異が示唆されたが,isocitrate dehydrogenage R132H mutation(IDH1)は陰性で年齢が65歳,α-thalassemia/mental retardation syndrome(ATRX)の欠失が見られないことなどからIDH-wild typeのde-novo膠芽腫(glioblastoma, IDH-wild type, WHO Grade-IV)の診断となった(Fig. 4).その他,治療反応性の指標となるO6-methylguanine DNA methyltransferase(MGMT)は陰性であった.術後創治癒は問題なく経過し,病理結果が得られた後の術後20日目からテモゾロミド75 mg/m2併用放射線治療:60 Gy/30回を開始し治療は完遂された.放射線治療終了後に行った治療効果判定の脳造影MRIで明らかな再発は認めなかった(Fig. 3).全身状態も落ち着いており,自宅退院とし,通院でのテモゾロミドによる維持療法を開始した.しかし,維持療法2コース目の途中で,嚥下機能低下に伴う誤嚥性肺炎を発症し,治療を中止せざるをえなかった.その後はリハビリ転院先にて画像フォローを行いつつ,術後7か月経過の当院再診時で明らかな再発病変を疑う所見は認めなかったが,術後約10か月で誤嚥性肺炎により逝去された.

Fig. 4 Histological examinations of the tumor specimen.

(A) Hematoxylin and eosin (H&E) staining, magnification, Bar = 100 μm. (B) H&E staining, magnification, Bar = 50 μm. (C) Olig2, Bar = 50 μm. (D) glial fibrillary acidic protein (GFAP), Bar = 50 μm. (E) Ki-67, Bar = 100 μm. (F) p53, Bar = 50 μm. (G) isocitrate dehydrogenage (IDH1) R132H, Bar = 50 μm. (H) α-thalassemia/mental retardation syndrome (ATRX), Bar = 50 μm. (I) O6-methylguanine DNA methyltransferase (MGMT), Bar = 50 μm. (J) epidermal growth factor receptor (EGFR), Bar = 50 μm. In H&E, tumor cells were accompanied by Pseudopalisading necrosis. Immunohistochemistry showed that Olig2 and GFAP were positive, suggesting that it was an astrocytoma. The Ki-67 labeling index was as high as 30–40%, and the malignancy of the tumor was considered to be high. A mutation was suggested in about 10% of p53, but the IDH1 R132H mutation was negative, and no deletion of ATRX was observed. MGMT, which indicates treatment responsiveness, are negative. The EGFR found in about 30% of primary glioblastomas was positive.

考察

DM1は有病率が1万人あたり4.76人と筋ジストロフィーの中では最も多い常染色体顕性(優性)遺伝疾患であり,進行性の筋萎縮・筋強直を主体とする疾患である2.筋症状に加え,中枢神経障害(発達障害,認知障害),呼吸障害,心疾患(心伝導障害,心筋障害),眼症状(白内障,網膜変性症),内分泌異常(糖尿病,高脂血症)など多彩な全身症状を呈する2.症状の程度には個人差があり,第19番染色体長腕のDMPK遺伝子の3'非翻訳領域内に存在する,CTG配列の反復数と臨床的重症度はほぼ相関すると言われている3.本症例でも筋症状に加え,禿頭,白内障とCTG配列の反復数は230~900回程度の増加を認めた.

以前よりDMには腫瘍が併存しやすいといわれている,DM1患者に合併しやすい良性腫瘍に関しては甲状腺腫瘍・大腸ポリープ・子宮筋腫・脳腫瘍の報告があり4,本症例でも子宮筋腫の既往を認めた.一方,DMに悪性腫瘍を合併する頻度は5.4~12.7%といわれ,スウェーデン及びデンマークのがん登録をもとにした研究ではDM患者のがん発症リスクは一般集団の約2倍とされ,脳・結腸・子宮・卵巣で特に発がんリスクが高かったと報告している5.死亡は一般人口の2.5倍多く,DMの死因の10~11%を占める6

脳腫瘍は脳実質内発生腫瘍と脳実質外腫瘍に分けられ,原発性の脳実質内発生腫瘍はグリア細胞由来腫瘍(神経膠腫:グリオーマ)が最も多く,脳腫瘍の約26%を占める.グリオーマの約90%を占めるのが,星状グリア細胞(astrocyte)への分化の特徴を示す腫瘍群であり,その中で最も悪性度が高いのが膠芽腫(glioblastoma)である.膠芽腫は脳実質に浸潤性に増大する性質のために外科的治療,放射線治療,化学療法といった集学的治療を行っても生存期間中央値が約18か月と悪性脳腫瘍の中で最も予後不良の疾患である7

DMにおける脳腫瘍の合併に関しては,スウェーデンのがん登録をもとにした研究があり,DM患者1,119例の長期の観察(45,183人・年)の結果,20例の原発性脳腫瘍を認め,16例がastrocytic tumorであり,その内4例が低悪性度グリオーマで,12例が高悪性度グリオーマであったと報告している.DM患者の脳腫瘍発症リスクは一般集団の約5倍といえる8.更に膠芽腫とDM合併脳腫瘍の比較の報告では,年齢中央値は膠芽腫で62歳,DM合併脳腫瘍では53歳でありDM合併脳腫瘍の方がやや若年での発症であった.男女比では膠芽腫が(男性:女性で)46.7:53.3,DM合併脳腫瘍が55:45と僅かに逆転傾向であった.診断後の5年生存率では膠芽腫が16%に対しDM合併脳腫瘍は52%であった78.一方で我々が渉猟しえた限り,膠芽腫が合併したDM1の症例の報告はなかった.DMの罹患自体が少なく,膠芽腫も1~2人/10万人の稀少腫瘍であり79,本症例はDM1と膠芽腫が併存した極めて稀な1例といえる.

DM1における発がんの原因については,まだメカニズムが十分解明されていないが,DM1ではマッスルブラインド様タンパク質(muscleblind-like proteins,以下MBNLと略記)が伸展したCTG repeatを含むRNA(Repeatによるヘアピン構造部分)に絡め取られて機能低下し,スプライシング制御機能が障害されるため,多数の遺伝子にスプライシング異常が生じ多臓器障害の原因となるが1011,MBNL機能低下によるスプライシング異常が膠芽腫発生に関わる可能性を指摘した報告もある12.神経膠腫における共通染色体欠失領域の一つがDMPK(19q13.3)の近傍(19q13)に存在することから13,症例が少なく憶測の域ではあるが何らかの関与の可能性もあると考えられるがさらなる知見の蓄積が必要である.

DM患者の死因は,呼吸器感染や呼吸不全が最も多く半分前後を占めると報告されている14.呼吸機能については,呼吸調節異常や進行性の拘束性換気障害などを認める.さらに今回の症例のように手術加療を行うと,全身麻酔が呼吸器系有害事象の危険因子になり,術後平均肺活量は有意に低下すると報告されている15.手術によって慢性的呼吸抑制から無気肺を合併すると,術後も人工呼吸器管理の継続が必要なこともある16.本症例では術後集中治療室で呼吸管理を行い,幸い人工呼吸から離脱ができ,膠芽腫に対する放射線治療や化学療法を行った.徒手筋力検査においては,術後5日目も変化は見られず,手術に伴う明らかな筋力低下は認めなかった.また,手術前後での構音機能は変化なく,食事も全粥きざみ食で可能であり,手術に伴う明らかな嚥下機能増悪は認めなかった.しかし,術後2か月の時点では軟菜で誤嚥徴候なく食事摂取されていたが,術後5か月の時点ではゼリーでも誤嚥を認め,反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test: RSST)で2回/30秒と嚥下障害の進行を認めていた.その後も嚥下障害が悪化し,誤嚥性肺炎にて逝去された.

以上,膠芽腫を合併したDM1の1例を報告した.現在,DM患者の平均寿命は50歳半ばであるが,今後も医療の進歩により生存期間の延長が予測されている3.それに伴い,DM患者が脳腫瘍を合併し開頭術を検討する機会も増えることが予想される.本症例のようにスクリーニングにより発見される脳腫瘍に対して,呼吸機能や嚥下機能などの全身状態に応じた手術適応の有無や周術期管理の対応を検討していく必要があると考えられた.

Notes

本報告の要旨は,第79回日本脳神経外科学会学術総会(2020年10月15~17日)にて発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2022 日本神経学会

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