臨床神経学
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症例報告
Wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplegia(WEBINO)症候群を呈した心原性脳塞栓症の1例
若生 翔遠井 素乃水野 貴文西村 絢子石塚 健太郎北川 一夫
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2022 年 62 巻 7 号 p. 541-545

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要旨

症例は突発性の複視,構音障害,歩行困難を呈した85歳男性.入院時にwall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplegia(WEBINO)症候群,中枢性右顔面神経麻痺および錐体路徴候を認めた.慢性心房細動があり,脳MRI上,中脳下部,小脳半球,前頭葉皮質にも梗塞巣が確認された.正面視時右眼の外斜視は改善したが,その他の眼球運動障害は持続した.眼球運動障害の機序に両側内側縦束および傍正中橋毛様体の障害が疑われた.WEBINO症候群を呈する心原性脳塞栓症の報告は少ないが,その特徴として眼球運動以外の症状が多彩であること,病変が多発性に見られることが挙げられる.WEBINO症候群の原因として心原性脳塞栓も考慮する必要がある.

Abstract

Here, we report a case of an 85-year-old man who presented sudden onset of diplopia, dysarthria, and gait disturbance. On admission, he exhibited bilateral adduction palsy, convergence palsy, and binocular exotropia in the forward gaze showing wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplegia (WEBINO) syndrome. He had a history of chronic nonvalvular atrial fibrillation. DWI-MRI revealed acute ischemic lesions in the paramedian pontine tegmentum, lower midbrain, both cerebellar hemispheres, and left frontal cortex. He was thus diagnosed with an acute phase of cardioembolic stroke. Subsequently, the right eye adduction palsy in the forward gaze was slightly improved, but other eye movement disorders persisted during discharge from the hospital. The pathology was suspected to involve bilateral damages to both medial longitudinal fasciculus and the paramedian pontine reticular formation. WEBINO syndrome was not only ascribed to lacunar infarction and large artery atherosclerosis but also cardioembolic stroke. The presence of other non-eye symptoms and multiple ischemic lesions could be the characteristics of WEBINO syndrome following cardioembolic stroke.

はじめに

Wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplegia(WEBINO)症候群は原因として多発性硬化症が大半であり,脳血管障害が次に多く,その他,進行性核上性麻痺や正常圧水頭症で報告されてきた‍1.脳血管障害ではラクナ梗塞やアテローム性脳梗塞による発症が多数を占めており,心原性脳塞栓症による症例は比較的少ない.今回我々は発症早期にWEBINO症候群が完成し,その眼球運動障害が遷延した心原性脳塞栓症を経験したため,若干の文献的考察を加え報告する.

症例

患者85歳,男性

主訴:ふらつき,歩行障害

既往歴:アルツハイマー型認知症,慢性心房細動,狭心症,陳旧性心筋梗塞,腹部大動脈狭窄・動脈瘤,2型糖尿病,食道癌.

家族歴:特記すべきことはない.

現病歴:20XX年8月Y日,歩行中に突然物が二重に見え,ふらつき,下肢の脱力感を自覚した.その後呂律が回らなくなり,ふらついてまっすぐに歩けなくなった.急性期脳血管疾患が疑われ,当院に救急搬送された.

入院時現症:身長165 cm,体重53.0 kg,Body mass index, BMI 19.47 kg/m‍2,血圧169/107 mmHg,脈拍102/min,不整,体温36.1°C,SpO2 95%(NC O2l),一般身体所見に明らかな異常なし.

神経学的所見:意識JCS I-2.構音障害を認めた.瞳孔は正円同大,対光反射は正常であった.複視があり,眼球運動は下方視は可能だが上方視ができず,両眼は内転障害を示し,輻輳はできず.眼位は正面視時,両側眼の外斜視を認め,単眼固視では他眼の外斜視により誘発される交代性外斜視を呈しており(Fig. 1A),左右外転時の水平性眼振を認めた.右口角下垂を認めた.その他の脳神経に異常はなかった.上下肢に筋力低下を認めず,表在覚,深部覚共に保たれていたが,指鼻指試験と膝踵試験は共に左側が拙劣であった.起立は可能だが,歩行時にふらつきを認めた.Babinski反射は右側で陽性だった.

Fig. 1 Ocular movement.

A) On day 1, the patient shows bilateral adduction palsy. During monocular fixation, alternating exotropia induced by exotropia of the other eye is observed. Convergence is absent. B) On the day 34, the right eye adduction palsy in the forward gaze is improved; however, the other eye movement disorders remain. C) Explanations of eye movements in (A) and (B). Fig. 1 is published with patient’s permission.

神経学的所見のまとめは,認知機能障害(ミニメンタルステート検査19点,長谷川式認知症スケール12点),構音障害,両側内側縦束(medial longitudinal fasciculus,以下MLFと略記)症候群,交代性外斜視,右側の中枢性顔面神経麻痺,錐体路徴候,左側の協調運動障害であった.NIHSS 8点(意識水準1点,意識障害2点,注視1点,顔面麻痺1点,運動失調2点,構音障害1点)であった.

入院時検査所見:血糖値149 mg/dl,HbA1c 6.9%,D-dimer 3.8 μg/ml,BNP 176.8 pg/mlと高値を認めたが,その他の血算や生化学に異常はなかった.心電図では心房細動を認めた.経胸壁心エコーでは左房は拡大しているが,血栓を認めなかった.下肢エコー(静脈)では高輝度エコーを示す血栓があったが,浮遊血栓を認めなかった.頸部血管エコーでは両側内頸動脈起始部狭窄,および左椎骨動脈血流速度は低下し拡張期血流が消失していた.経頭蓋ドプラを,右椎骨動脈で15分血流モニタリングを施行したが,微小塞栓子は検出されず,右左シャントも認めなかった.頭部単純CTでは出血所見がなかったが,両側大脳半球深部白質に淡い低吸収域が広がっており,左視床と左小脳半球に明瞭な低吸収域を認めた.CT perfusion解析では小脳・脳幹の灌流障害は軽度であった.頭部MRIでは拡散強調画像(DWI)で左前頭葉皮質下白質,右小脳半球に高信号域病変を,FLAIR画像でも同部位に高信号域を認めた.T2*強調画像では微小出血を認めなかった.頭部MRAでは脳底動脈遠位が描出されず閉塞が疑われ(Fig. 2),左椎骨動脈は2015年頃に認知症精査時で撮像した頭部MRIと同様で近位部の描出がなく,遠位側は右椎骨動脈から描出されていた.また2015年のMRIでは脳底動脈は遠位部まで良好に描出されていた.

Fig. 2 Brain MRI on day 1.

DWI shows small high-intensity areas in the left frontal subcortical white matter (A) and right cerebellar hemisphere (B). 3D TOF MRA reveals distal tapering stenosis of the basilar artery (yellow arrowhead) (C, D).

入院後経過:両側内頸動脈起始部狭窄,左椎骨動脈遠位部閉塞などの主幹動脈の閉塞と狭窄がみられ,アテローム硬化の関与も考えられるが,心房細動があり,ほぼ同時に画像上の両側小脳半球や脳幹および大脳半球に新規梗塞巣が発生していたため,心原性脳塞栓症と診断した.発症時間は4.5時間以内であったが,エドキサバンの内服時間が不明のため,経静脈的血栓溶解療法は施行しなかった.また血管内治療に関しては入院時NIHSS 8点であったが,軽度な意識障害や運動失調を認め,家族もカテーテル治療を希望されなかったため実施しなかった.第2病日以降腎機能と年齢を考慮してダビガトラン220 mg/日を内服開始した.

第3病日に施行した頭部MRIでは,DWIでは入院時に検出していた左前頭葉皮質下白質と右小脳半球に加え,中脳下部と左右橋被蓋傍正中部および橋下部に高信号域を認めた.T2強調画像とFLAIR画像で同部位に高信号を認めた.T2*強調画像で左小脳半球に低信号域を認めた.頭部MRAで脳底動脈は入院時と比較し,描出良好となり,早期自然再開通と判断した(Fig. 3).画像上では新規病変を認めたが,眼症状を含む臨床症状の増悪はなく,現行治療継続の方針とした.第4病日両眼の下方視は制限が生じた.第34病日に正面視時,右眼の外斜視は改善が見られたが,その他の眼球運動障害は残存していた(Fig. 1B).第36病日,NIHSS 4点(意識障害1点,注視1点,顔面麻痺1点,運動失調1点)と改善し,リハビリテーション病院へ転院となった.

Fig. 3 Brain MRI on day 3.

(A, B) A new lesion is found to appear in the paramedian pontine tegmentum, lower midbrain, and both cerebellar hemispheres. (C) 3D TOF MRA displays vessel recanalization of the basilar artery (yellow arrowhead).

考察

本症例はWEBINO症候群を呈した心原性脳塞栓症である.入院時のMRI画像所見では明らかな橋病変や中脳病変を認めなかったにもかかわらず,両側内転障害,交代性外斜視および左右外転時に注視方向性眼振すなわちWEBINO症候群を呈していた.第3病日のMRI所見では左前頭葉皮質下白質,右小脳半球に加え,左右橋被蓋傍正中部,中脳下部に新規に高信号域を認めた.中脳と橋の梗塞病巣はMRI画像では遅れて描出されたと推測された.WEBINO症候群の病態は,橋の傍正中網様体(paramedian pontine reticular formation,以下PPRFと略記)や外転神経核および前庭神経核,内側縦束(MLF)などが障害されることにより生じる‍2)~4.本症例の病変部位は中脳下部,左右橋被蓋傍正中部および橋下部に認めており,WEBINO症候群の病変部位と矛盾しないと考えた.また,橋被蓋の血管支配は脳底動脈傍正中穿通枝,短・長回旋枝,上小脳動脈,前下小脳動脈からなる.WEBINO症候群の眼症状は一過性に消失する場合も多いが,本症例では梗塞巣が中脳,橋,小脳に広範囲にわたって存在し,両側のMLF,PPRF,動眼神経核周囲の線維を非可逆的に障害したことからWEBINO症候群が持続したと考えられた‍2

従来WEBINO症候群は稀で,脳血管障害による症例は少ないとされる.PubMedおよび医中誌Webで “WEBINO” および “wall-eyed bilateral internuclear ophthalmoplegia” をキーワードとして検索したところ,WEBINO症候群を呈した脳梗塞症例は我々の症例を含めて26例検索できたが,その大部分はラクナ梗塞とアテローム血栓性脳梗塞であり,心原性脳塞栓症によるものは本例を合わせて6例であった‍3)~25.心原性に伴うWEBINO症候群では多発性病変があり,WEBINO症候群以外に多彩な症候を認めるのが特徴と考えられた(Fig. 4).本症例では橋被蓋以外に小脳半球に多発性に病変を認め,構音障害や左運動失調などを合併したが,過去のWEBINO症候群を呈した心原性脳塞栓症の症例報告で,降矢ら21が運動失調,嚥下障害を合併し病変を橋被蓋以外に小脳半球にも認めると報告したように,既報告の5例中3例で眼症状以外の症状を合併し病巣部位も多発性に見られた.

Fig. 4 Details of the disease group.

Among the ischemic stroke incidence, the most common infarction subtype is non-cardioembolic stroke, while cardioembolic stroke accounted for 23% (six cases). Patients background, etiology, lesion locations, and symptoms other than WEBINO in six cases with cardioembolic stroke are shown in the right panel.

一般臨床では脳梗塞による眼障害を伴う症例に遭遇することが少なくないが,脳卒中での眼症状を正確に把握することは,症候学から病変の局在を診断する上で大事であると考えた.突発性に発症する両側外斜視に遭遇した際にはWEBINO症候群を想起し,脳梗塞,さらには心原性脳塞栓症の可能性も念頭に入れて検査と治療を進めるべきである.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
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