2022 年 62 巻 7 号 p. 552-557
症例1は64歳女性,急性発症の瞳孔異常を欠く右動眼神経単麻痺を認めた.2回目の髄液検査で異型細胞が出現しており,体幹部CTで認められた卵巣腫瘍の病理所見から悪性リンパ腫と診断,neurolymphomatosis(NL)による動眼神経麻痺と判断した.症例2は63歳女性,下肢筋力低下と歩行困難で発症し,検査により悪性リンパ腫の診断で神経症状はNLと判断した.化学療法を行っていたが,経過中に瞳孔異常を欠く右動眼神経麻痺が出現し,右外転神経麻痺,右舌下神経麻痺も併発した.2例ともNLによる動眼神経麻痺を生じたが,瞳孔異常を伴わない点が特徴的であり,その機序について検討した.
Case 1: A 64-year-old woman with acute ptosis and diplopia was admitted to our hospital. She had right oculomotor nerve palsy with preserved pupillary reaction without any other neurological deficits. MRI showed abnormal enhancement in the right oculomotor nerve. An ovarian tumor was detected on CT examination, and was pathologically diagnosed as diffuse large B-cell lymphoma (DLBCL). Cerebrospinal fluid cytology disclosed malignant lymphoma cells. Based on the above findings, we concluded that she had neurolymphomatosis (NL) of the right oculomotor nerve. Case 2: A 63-year-old woman was admitted to our hospital due to weakness of the bilateral lower extremities and gait disturbance. Lumbar MRI showed enhanced lesions in the cauda equina, and we diagnosed her as having DLBCL based on bone marrow aspiration study. She later developed right oculomotor nerve palsy with preserved pupillary reaction together with the right abducens and hypoglossal nerve palsies, which were caused by NL. Our cases suggest that oculomotor nerve palsy with preserved pupillary reaction can be a clinical feature of NL. Although NL mainly affects the subperinerium, as parasympathetic fibers are located in the periphery of the oculomotor nerve and supplied by pia matar blood vessels, patients with NL may shows this clinical feature.
悪性リンパ腫による神経障害は主に非ホジキンリンパ腫でみられ,腫瘍による物理的圧迫,腫瘍の直接浸潤,遠隔効果による傍腫瘍性症候群,感染症,治療の副作用などによって生じる1).悪性リンパ腫による神経障害のうち,末梢神経への直接浸潤を呈した状態をneurolymphomatosis(NL)という2).今回われわれは,瞳孔異常を伴わない動眼神経麻痺を呈し,NLの診断に至った2例を経験した.症例1は悪性リンパ腫の脳神経障害としては比較的稀とされる動眼神経単麻痺で発症した点,症例2は症状が顕在化する前から画像にて両側動眼神経の腫大を呈していた点が特徴的であった.今回のNLによる動眼神経麻痺の2例ともに瞳孔異常を伴わない点も特徴的であることから,その病態について考察を加えて報告する.
症例1:64歳,女性
主訴:右眼瞼下垂,複視
既往歴:痔核術後,高血圧症,脂質異常症.
家族歴:妹 肺癌.
現病歴:2016年8月X日に右眼窩部痛を自覚し,近医眼科にてドライアイの診断で点眼薬が処方された.その後,8月X + 3日より複視が出現したため,当院救急外来を受診した.受診時に右眼瞼下垂を認め,精査加療目的に同日当院脳神経外科に入院となった.しかし,画像検査にて症状の原因となりうる動脈瘤等の異常所見はなく,症状が進行傾向で,さらなる精査目的に8月X + 4日に当科転科となった.
入院時現症:体温36.6°C,血圧135/67 mmHg,脈拍58/min・整.表在の腫大リンパ節は触知せず,胸腹部理学所見で異常は認めなかった.神経学的には,意識清明,高次脳機能障害はなく,脳神経系では,対座法で視野障害を認めず,瞳孔正円同大4/4 mm,対光反射は両側迅速だった.眼位は右外転位,眼球運動は右眼に内転−2,上下方向−2の制限あり,右眼窩部痛を認めた.右眼瞼下垂あり,右瞼裂0 mm,日内変動はなかった.そのほかの脳神経の異常はなかった.運動・感覚系および平衡協調系の障害なく,病的反射を認めなかった.膀胱直腸障害はなく,髄膜刺激徴候を認めなかった.
検査所見:入院時の血液検査では血算,血液像に異常を認めず,抗アセチルコリン受容体抗体陰性,糖尿病や甲状腺機能異常を示唆する所見もなかったが,血清可溶性IL-2レセプー(sIL-2R)1,470 U/mlと上昇していた.髄液検査では細胞数17/μl(単核球100%),蛋白67 mg/dlと軽度の上昇があったが,髄液sIL-2Rは基準値内だった.頭部MRIでは動脈瘤を含め有意な異常所見は認めなかった.
入院後経過:症状の改善はなく,入院第5病日には眼球運動制限が増悪したが,その他の脳神経症状は認めなかった.入院第7病日の髄液検査再検にて,細胞数44/μl(単核球96.2%,多形核球3.8%),蛋白87 mg/dlと増悪しており,細胞診ではN/C比の高いリンパ球様細胞を認め,class IIIの診断であった.入院第12病日に眼窩部造影MRIを追加したところ,右動眼神経の腫大と造影効果を認めた(Fig. 1).全身疾患の可能性を考え,体幹部CTを施行したところ,子宮体部近傍に腫瘤性病変を認めた.また,18F-FDG-PET/MRIでは右心房とその近傍の椎体周囲,脾臓,両側卵巣などに集積を認めたが,動眼神経および中枢神経系への集積はなかった.診断確定目的に入院第20病日に卵巣腫瘍摘出術を施行,病理所見はびまん性大細胞性B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma,以下DLBCLと略記)の診断であった(Fig. 2).経過中に末血中に異型リンパ球も認められ,入院第14病日に骨髄穿刺を施行し,DLBCLの診断であった(Fig. 2).NLによる動眼神経麻痺と考え,入院第29病日に当院血液内科に転科となった.同日の髄液細胞診では腫瘍細胞が検出された(Fig. 2).メトトレキサート(MTX)髄注を含むR-CHOP療法を施行された.2クール目の化学療法後には右動眼神経麻痺が改善,髄液所見も改善した.化学療法を計6クール施行後は寛解を維持していたが,2017年5月に急性リンパ性白血病へと変化し,化学療法を行うも同年9月に永眠された.
Axial (A) and coronal (B) gadolinium-enhanced T1-weighted images showed enhancement and enlargement of the right oculomotor nerve (arrowheads). (T1-weighted image; TR 680/TE 15)
(A, B) Histopathological findings of the ovarian tumor. (C, D) Histopathological findings of the bone marrow. (A, C) Hematoxylin and eosin stain showed diffuse infiltration of atypical large lymphocytes with irregularly shaped nuclei. (B, D) The Lymphoma cells were positive for immunohistochemical staining for CD20. (E) Atypical lymphocytes were detected in the third lumbar puncture. (F) Atypical lymphocytes were also found in the peripheral blood.
症例2:63歳,女性
主訴:下肢筋力低下,歩行困難
既往歴:胃潰瘍,高血圧症.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2015年9月初旬より階段を上る際の疲労感を自覚し,徐々に歩きにくさが出現した.近医で血液検査等を施行されたが,有意な異常なく経過観察となった.10月初旬より両下肢痛と感覚低下が出現,10月中旬には歩行が困難となり,上肢の巧緻運動障害も出現したため,A病院神経内科を紹介受診した.受診時に四肢遠位の筋力低下と腱反射低下,下肢痛覚鈍麻を認めたことから末梢神経障害が疑われ,精査加療目的に同院入院となった.入院後に施行した脊髄造影MRIにてTh12以下の脊髄周囲と馬尾の造影効果を認め(Fig. 3),精査加療目的にA病院入院第5病日に当科転院となった.
(A) Sagittal view of T2-weighted image showed swelling of the cauda equina. (B) Diffuse enhancement of meninges of the spinal cord was observed in the sagittal view of gadolinium-enhanced T1-weighted image. (T1-weighted image; TR 600/TE 12, T2-weighted image; TR 3,800/TE 100)
入院時現症:体温36.3°C,血圧121/98 mmHg,脈拍81/min・整.体表の腫大リンパ節は触知せず,胸腹部理学所見で異常は認めなかった.神経学的には,脳神経系の異常所見はなく,運動系では徒手筋力テストで上肢遠位4,下肢近位3,下肢遠位1~2程度の筋力低下を認め,深部腱反射は下肢で消失していた.また,Th12以下に温痛覚鈍麻があり,膀胱直腸障害を認めた.
検査所見:入院時の血液検査では血算および肝・腎機能,電解質の異常は認めなかった.膠原病関連項目や腫瘍マーカーは測定した範囲では陰性であったが,血清sIL-2R 1,190 U/mlと上昇していた.頭部MRIでは両側動眼神経の腫大を認めた(Fig. 4).体幹部CTでは前縦隔,子宮背側腹腔内に腫瘤性病変あり,頸部,右腋窩,腹部大動脈周囲などのリンパ節腫大を認めた.また,18F-FDG-PET/MRIでも同部位に集積を認めたが,動眼神経の集積は認めなかった.
Axial (A) and coronal (B) gadolinium-enhanced T1-weighted images showed enhancement and enlargement of bilateral oculomotor nerves. (T1-weighted image; TR 640/TE 20)
入院後経過:進行性の脊髄・馬尾障害を認め,全身の散在性病変と血清sIL-2R高値から悪性リンパ腫を疑った.神経症状が急速に進行しており,リンパ節生検および骨髄穿刺施行後にデキサメタゾン33 mg/日を4日間投与したところ,若干の改善がみられた.病理組織検査にてDLBCLの診断で,神経障害はNLと判断,転院第9病日に当院血液内科に転科した.MTX髄注を含めたhyper CVAD/R-MA(Cyclophosphamide, Vincristine, Doxorubicin, Dexamethasone/Rituximab, MTX, Cytarabine)療法を施行され,神経症状は改善傾向ではあったが,2016年2月中旬より複視を自覚するようになった.神経学的には右眼瞼下垂あり,瞳孔不同はなく,対光反射両側迅速で,眼球運動は右眼に外転−3,上転−1,内転−1程度の制限を認めた.また,構音障害と右舌に軽度の萎縮があり,右動眼神経,右外転神経,右舌下神経の障害が考えられたが,その他の有意所見はなかった.経過からNLによる右多発脳神経麻痺と判断し,化学療法を継続されたが改善に乏しく,全身状態が増悪し同年8月に永眠された.
今回のNLによる動眼神経麻痺の2例は瞳孔異常を伴わない不全麻痺(pupil-sparing oculomotor nerve palsy)を呈していたことが特徴であった.症例1はNLによる右動眼神経単麻痺であり,他の脳神経麻痺を認めなかった点が稀であり,化学療法への反応性があった.症例2は脊髄円錐部・腰仙部多発神経根障害で発症したNLで,画像上は動眼神経病変があるにも関わらず,初期には臨床症状を呈していないことが特徴的であった.
悪性リンパ腫による末梢神経障害は神経への直接浸潤や腫瘍による物理的神経圧迫,遠隔効果による傍腫瘍性症候群などによって生じる1).悪性リンパ腫の8.5~29%に神経系への浸潤や転移を認め2),脳神経では顔面神経が最も障害されやすいが3),脳神経単麻痺は少なく4),動眼神経単麻痺が初発症状として出現するのは稀である5).悪性リンパ腫による末梢神経障害のうち,神経への直接浸潤を呈した状態がNLであり2),主にB細胞性非ホジキンリンパ腫で生じ,痛みを伴う例が多く2),20%は脳神経障害が初発症状となる6).また,症例2のように画像所見があっても症状を呈さないこともあり,生前診断は20~55%程度とされる2).診断にはMRIで神経の腫大や造影効果を認めることのほか2),髄液細胞診や神経生検での病理組織学的検査が有用である7).しかし,診断率はMRIで40%,髄液検査で21%程度,神経生検で80%とされており8),初期には診断に至らない例も多く,繰り返し検査をする必要がある.近年ではFDG-PETが行われるようになり,感度が89~100%,特異度が72~95%と高く診断に有用と考えられているが9),今回の2例のように脳神経病変に関しては有意所見が得られない可能性もあり,確定診断のためには病理組織学的検査との併用が必要である.
今回のNLによる動眼神経麻痺の2例では瞳孔異常を伴わなかった点が特徴的であった.一般に,動眼神経麻痺の原因として微小血管障害(42%),腫瘍による圧迫(11%),動脈瘤による圧迫(6%)などが挙げられる10).また,中脳微小病変でも瞳孔異常を伴わない動眼神経麻痺を呈するとの報告もある11).動眼神経の構造は中心に外眼筋を支配する運動成分があり,神経表面付近に瞳孔を支配する副交感神経成分が存在する12).このため,腫瘍や動脈瘤などの物理的圧迫の場合に瞳孔異常が生じうる一方,糖尿病などの場合には,神経中心部の細動脈閉塞による虚血性神経障害のため内眼筋麻痺が生じず,瞳孔異常を伴わない外眼筋麻痺を呈する.実際にJamesらは動眼神経麻痺1,400例の検討において14%は瞳孔異常を認めなかったと報告しており13),Fangらは物理的圧迫による動眼神経麻痺では64%に内眼筋麻痺を認めたが,微小血管障害による動眼神経麻痺では17%にしか内眼筋麻痺を認めなかったと報告している10).Satoらは悪性リンパ腫における動眼神経麻痺では42%は内眼筋麻痺を呈さなかったと報告しているが3),この報告ではNLのみでなく,海綿静脈洞悪性リンパ腫による圧迫性動眼神経麻痺も含んでいる.また,悪性リンパ腫による傍腫瘍性神経症候群としての動眼神経麻痺の報告もあり14),本症例のようなNLによる動眼神経麻痺は少ない.
この原則を踏まえ,今回の2例において,瞳孔異常を伴わなかった機序について考察する.TomitaらはNLの剖検4例において,腫瘍細胞が神経周膜下に浸潤し,神経内膜内へと進展すると報告している15).前述のとおり,動眼神経の副交感成分は神経表面に存在しており,また,運動成分と異なり副交感成分は軟膜血管により栄養されていることから16),神経周膜下から神経内膜病変を主座とするNLでは解剖学的に副交感成分ならびに軟膜血管は障害されず,瞳孔異常を伴わない可能性が考えられる.加えて,神経周膜下への浸潤により,神経内部の圧力が上昇する一方,外部の副交感成分は相対的に圧迫が少ないと考えられ,この病態に寄与している可能性がある.症例1,2ともにMRIにて右動眼神経の腫大と造影効果があり,NLに矛盾しない所見と考えられ,瞳孔異常を伴わないことに関しては上記の機序が推測された.
NLによる動眼神経麻痺では,今回の2例のように瞳孔異常を伴わない不全麻痺を呈することが特徴の可能性があり,今後の更なる検討が必要である.悪性リンパ腫による動眼神経麻痺の直接浸潤を病理組織学的に証明することは困難ではあるが,瞳孔不同を伴わない動眼神経麻痺の原因として,今回の検討から悪性リンパ腫も鑑別に挙がる可能性がある.悪性リンパ腫は早期の治療開始が重要であるが,症例1のように初期には画像や髄液所見だけでは容易に診断ができない場合があり,疑った場合には繰り返し検査を行うほか,全身検索を並行し組織学的に診断することが重要である.
※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.