抄録
チェスというゲームを高いレベルでプレイするためには、様々な技術が必要であるが、そのような能力のうち、どのような部分が特に衰え、どのような部分は比較的保たれるのであろうか。本稿はかつてチェスの日本チャンピオンであった筆者が、10 年ぶりに引退を撤回して競技に復帰した過程を分析するオートエスノグラフィである。競技チェスからの長いブランクと加齢により、筆者のチェスの実力は大幅に低下し、多くの自分よりも順位(レーティングという点数で表される)の低いプレイヤーに敗北を喫した。その一方で筆者は、一部の能力についてはそこまで衰えていないと感じた。具体的には、計算能力が極端に衰える一方で、ポジショナルなスキル(局面を評価したり駒の配置をデザインしたりといった、局面の正確を判断する能力)は、比較的保たれており、それがなんとか実力低下に歯止めをかけたと考えられる。