抄録
本稿では、民藝運動の陶芸家・島岡達三の文様、「縄文象嵌」について整理・考察する。この整理・考察を通して、これまで研究の蓄積が手薄であった、縄文象嵌の特色を明らかにする。また、縄文象嵌と密接に関わる、島岡の作陶における「個性」と「無名性」の問題について、明らかにする。
まず、縄文象嵌の成立過程について、島岡の回想や、当時の濱田の評価などを手がかりとしながら確認する。これにより、縄文象嵌の成立に、「個性」と「無名性」の止揚という島岡の問題意識が深く関わっていたことが明らかになる。
続いて、縄文象嵌と、そこに追加される釉薬流し掛けなどの関係(すなわち島岡作品における「地」と「図」の関係)を確認する。これにより、島岡が縄文象嵌という独自の文様をある種の背景(「地」)として位置付けていたことが明らかとなる。そして、「個性」を「無名」にすることで深い「個性」を生もうとする島岡の問題意識と、縄文象嵌を「地」とすることで控えめながら独自の作風へ至ろうとする島岡の志向の、構造の共通性が明らかになる。
さらに、こうした島岡の態度は、縄文象嵌の着想の源となった縄文土器と島岡の関係性にも関わっていた。本稿ではこの点についても一考し、島岡が「個性」と「無名性」を止揚できる文様として縄文象嵌を生み出す過程は、縄文から「図」としての側面を捨象し、「地」としての縄文を展開していく過程でもあったことが分かる。また、島岡が自作や蒐集において実は無文の造形を好んでいたことにも触れ、この志向と「地」としての縄文象嵌の関連性について考察する。
以上のように、島岡の縄文象嵌には、「無名性」と「個性」という二つの命題の往還の問題が、一貫して深く関わっている。この問題は、縄文象嵌の創出、縄文象嵌作品の作風の広がり(釉薬流し掛けなど)、島岡の古作への向き合い方など、島岡の活動をめぐる各所に特徴的なものであった。