千葉県立保健医療大学紀要
Online ISSN : 2433-5533
Print ISSN : 1884-9326
第9回共同研究発表会(2018.8.28)
鏡像の運動観察で運動を誘発する
:健常人におけるミラーセラピーの基礎研究
高杉 潤武田 湖太郞杉山 聡加藤 將暉大塚 裕之松澤 大輔
著者情報
研究報告書・技術報告書 フリー

2019 年 10 巻 1 号 p. 1_121

詳細
抄録

(緒言)

 鏡による錯視を利用した治療“ミラーセラピー(MT)”は,切断患者の幻肢痛に対する除痛効果の報告から始まった(Ramachandran et al., 1995).その後,難治性疼痛(複合性局所疼痛症候群)(Moseley, 2004)や脳卒中後の運動麻痺(Sutbeyaz et al., 2007; Yavuzer et al., 2008)に対してもMTの有効性が報告されている.

 MTの効果の神経生理学的根拠としては,鏡に投影された身体の運動観察によって起こる運動錯覚によって,その運動に関連する脳の領域(一次運動野を含む皮質脊髄路)が,活性化することが示されている(Shinoura et al., 2008).

 大塚ら(2014)は,運動肢の鏡像の観察中に,鏡の背後にあるもう一方の手の運動が即時的に誘発された脳卒中片麻痺例を報告している.この報告は,鏡像の運動と同様の動きが麻痺側上肢に見られたとしているが,実際に同期しているのか,定量的には示されていない.

 本研究は健常者を対象とし,鏡像の手指運動の観察によって,鏡の背後の手指に運動が誘発されるのか,その有無や割合,同期性を明らかにすることを目的とした.

(研究方法)

 【対象】健常成人70名(20歳代,男女各35名)を対象とした.

 【課題と手続き】被験者は安静座位をとり,机上の鏡の箱(ミラーボックス)に両前腕を回内位にて挿入した.鏡に映った手と鏡背後の手の位置が重なるように投影させた後,鏡に映す側の手(運動肢)の示指を屈伸運動(自動および他動)させ,その鏡像を観察した.課題中,動かさないように指示された鏡背後の示指に運動が誘発されるか,検査者は筋電計,加速度計,目視により確認した.検査は,左右手,自動および他動運動の全てを実施し,順番はランダム化した.

 【計測の機器と方法】左右の示指(基節骨部)に3軸加速度計と示指伸筋にワイヤレス筋電計(OE-WES1222,OE-WES1224,追坂電子機器社)を貼付した.サンプリング周波数は1kHzとした.

 【解析方法】加速度は,合成加速度を算出し,フィルタ処理(カットオフ周波数 1-8Hz)を行い,100msの時間幅で積分した.左右示指の合成加速度の時間変化で相互相関関数を算出し,左右示指の運動の同期性を評価した.筋電図は,フィルタ処理(カットオフ周波数 5-250Hz)を行った後,全波整流し,200msの時間幅で積分した.筋電図の有意水準は開始から5-10秒の5秒間の平均+5SDとし,これを越えた場合,筋活動ありとした.

(結果)

 全被験者70名のうち2名(男女各1名;2.9%)に,左・右手の他動・自動運動ともに鏡背後の示指の運動の誘発が,筋電図,加速度,目視により確認された.誘発されたその運動は,運動肢よりも動きが小さく,概ね80ms以内の範囲で遅延していた.他の68名は,いずれの課題でも鏡背後の示指には運動は誘発されなかった.加速度計にも筋電計にも変化はみられなかった.

(考察)

 鏡像の運動肢の観察によって,鏡背後の手指に運動が誘発される現象は,健常人において約3%という,極少数の割合で存在することが示された.また,その誘発される運動の特性は,可動範囲は小さく,運動肢に対して80ms以内の範囲で遅延していた.

 鏡像肢の触刺激の観察で生じる体性感覚(referred sensation)は,健常人でも強く誘発される者や全くされない者が存在し,個人因子の影響が示唆されている(Takasugi et al., 2011).運動誘発については,本結果からも,誘発する者と全く誘発しない者が存在することから,個人因子の影響が推察される.

(倫理規定)

 本研究は,千葉県立保健医療大学研究等倫理委員会の倫理審査承認後,実施した(承認番号2017-10).

著者関連情報
© 2019 千葉県立保健医療大学
前の記事 次の記事
feedback
Top