2020 年 11 巻 1 号 p. 1_81
(緒言)
認知症の人を対象とした研究は,インフォームド・コンセント(I.C.)の段階など様々な困難があり,ケアする側や介護する側を対象とした研究となりがちである.しかし,看護・介護・リハビリテーション領域において,認知症の人本人の視点での研究の推進は必須である.
研究において被験者保護の観点は重要であるが,認知症の人は,通常の治療やケアの場面で意思決定できない存在とみなされ意向を尊重されないことがあり,研究においても同様のことが起こる可能性は高いと考えられる.国内にも研究に関する倫理指針は存在するが,指針は基本的な原則の記述となっており,認知症の人を対象とした研究に関する具体的な倫理的配慮については,個々の研究者や各機関設置の倫理審査委員会の判断に任されている現状がある.
そこで,本研究では,認知症の人を対象とした看護・介護・リハビリテーション領域の研究における倫理的配慮について,現状と課題を明らかにすることを目的とした.
(研究方法)
認知症の人を対象とした研究に携わった経験のある研究者と研究倫理審査委員を対象に,半構成的面接調査を実施した.
インタビューデータを逐語録にしたうえで倫理的配慮に関連する意味内容を抜き出し,内容分析をおこなった.倫理的配慮に関連する意味内容は,ベルモントレポートで示された研究倫理の原則と実際の研究との対応を参考に判断した.
(結果)
対象者は,研究者が7名,倫理審査委員が9名であった.研究者の平均経験年数は12.4±6.3年で,看護領域の研究者が5名,リハビリテーション領域の研究者が2名であった.倫理審査委員の平均経験年数は7.0±2.4年であった.
認知症の人を対象とした看護・介護・リハビリテーション領域の介入研究における倫理的配慮に関する現状と課題として,以下が明らかになった.研究倫理の原則ごとに,カテゴリーを【 】で示す.
人格の尊重/インフォームド・コンセント:【所属機関の倫理規定に従うことの困難】,【本人の同意やアセントの判断の困難】など
善行/リスク・ベネフィット評価:【効果評価に使用する認知機能検査実施の困難】,【協力を依頼した施設との認識の相違】など
正義/対象者選定:【対象となる認知症の人を集めることにおける困難】,【つながりのないフィールドに協力を依頼することの困難】など
全てに共通していたカテゴリーに,【倫理審査に申請される計画書の中の不備の存在】があった.具体的な内容は,研究内容が異なるにもかかわらず同じ倫理的配慮が記載されていること,研究に伴う利益と不利益が書かれていないこと,高齢者が対象だが認知症が除外基準でなく代諾に関する記載もないこと,などであった.
(考察)
本研究では,認知症の人を対象とした研究における倫理的配慮に関する現状として,倫理的妥当性だけでなく科学的合理性に関する課題も明らかとなった.科学的合理性は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」において研究責任者の責務とされているものである.認知症の人を対象とした研究が倫理的に問題なく行われるためには,倫理審査で承認されればよいということではなく,認知症の人の意向を尊重するI.C.の方法や,対象者へのリスクを最小化するための方法など,研究者が,自身の研究に相応しい倫理的配慮について,具体的かつ十分に検討する必要がある1).
(倫理規定)
本研究は,千葉大学大学院看護学研究科倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:29-136).
(利益相反)
本研究において,開示すべきCOIは存在しない.