千葉県立保健医療大学紀要
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第13回共同研究発表会(2022.9.12~9.16)
運動課題における運動誤差の研究
―若年者と高齢者の比較―
三和 真人堀本 佳誉大谷 拓哉山本 達也真壁 寿
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2023 年 14 巻 1 号 p. 1_83

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抄録

(緒言)

 振戦は,手,頭,体幹,声帯で起きる不随意でリズミカルな震えである.振戦には生理的なものと疾病や薬物によって引き起こされる病的なものがある.特に,オリーブ橋小脳萎縮症など多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)は発症初期に生理的なものとの違いは少なく,疾病の進行に伴って徐々に大きな振戦になる.神経難病において発症初期に振戦の生理的と病的の見分けることができれば,早期に治療介入を行える可能性が生まれる.通常,臨床現場では生理的と病的な振戦の分類は経験的に行われているが,定量化することで多系統萎縮症の診断補助になる可能姓があると考えられる.

 本研究の目的は,健常な若年者と中枢姓神経疾患や整形外科疾患のない高齢者の利き手中指の振戦を加速度信号の鉛直成分を用いて比較し,定量化による診断補助に繋げるものである.

(研究方法)

 研究課題は,利き手中指の伸展位で①指尖保持,②50g負荷,③負荷なし(下垂手)の3課題とし,測定時間1分とする.なお,筋疲労を考慮して各課題間隔を1分設けた.

 対象者は,若年者20名(年齢21.9±3.9歳,身長162±8.5cm,体重54.7±8.1kg),高齢者15名(年齢67.5±11.7歳,身長158.3±7.7cm,体重56.5±9.8kg)で,年齢以外に差はみられなかった.

 加速度計は,中指DIP関節と爪の間に貼付し,鉛直方向の信号を記録した.加速度信号は3次元加速度計(AMA-A-5,共和電業)を用い,サンプリング周波数500Hzで計測してA/D変換後PCに取り込んだ.測定肢位は,イス座位で肘関節90°屈曲,前腕回内位で固定し,手関節より遠位は自由とした.測定項目は,相関消失時間,フラクタル相関積次元(GP法による埋め込み次元),振戦の再現性を表す自己相関性のリアプノフ指数(Sano-Sawada法による)の第1-λとした.

 統計分析は,若年者と高齢者の3課題を測定項目ごとに比較した.有意水準5%とした.

(結果)

 若年者と高齢者による指尖保持,50g負荷,負荷なしの3課題の比較を測定項目順に示す.相関消失時間は,若年者23.5±25.8,24.9±15.7,17.0±12.2,高齢者22.4±9.4,23.8±20.5,32.8±16.1と負荷なしで高齢者は高値であった(p<0.05).埋め込み次元は,若年者5.5±0.5,5.3±0.4,5.5±0.5,高齢者5.6±0.5,5.3±0.4,5.5±0.5と両者間で3課題に差はなかった.自己相関性のリアプノフ指数の第1- λは,若年者590.2 ± 354.0,635.5 ± 195.5,570.6 ± 309.4,高齢者593.6±382.4,679.2±200.8,608.6±374.0と負荷なしで高齢者は高値であったが,有意差は認められなかった.

 加速度信号の波形を個別に調べると,指尖保持と50g 負荷で振戦がみられた高齢者1名があった.また,5年前に小脳梗塞を発症した高齢者は課題すべてで振戦がみられず,小脳性運動失調症の改善のみられた高齢者があった.

(考察)

 MSAにおける病的な振戦を抽出して早期の診療補助を検討してきた.負荷なし(下垂手)で若年者と高齢者の間に相関消失時間で差がみられた.高齢者の振戦で相関消失するまで遅延時間が多きこと示している.つまり,振戦周期が長く,振戦が消失しにくいことが考えられる.しかし,フラクタル相関積次元による埋め込み次元に差はなく,時空間における振戦は5次元から6次元に存在することが考えられた.また,振戦の自己相関性リアプノフ指数の第1-λで高齢者の負荷なし(下垂手)が若年者のものよりも大きく,一定の周期を伴った振戦が発生する可能性を示唆しているものと考えられる.

 健常な高齢者15人を含めた36人で加速度信号の測定することにより,振戦を捉えることができ,早期の診療補助として有用であると考えられる.また,小脳梗塞後の振戦の改善から,運動失調症の治療効果判定になり得るものと考えられる.

 今後,対象者数を増やして測定の精度を高めて行き,治療効果などの診療補助として有用性を高めて行きたい.

(倫理規定)

 本研究は,千葉県立保健医療大学倫理審査委員会の承認を得て実施したものである(研究倫理番号2021-09).本研究において開示すべきCOIはない.

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