2023 年 14 巻 1 号 p. 1_88
(緒言)
脳卒中片麻痺患者の上肢運動機能障害に対する効果の高いリハビリテーション手法として,運動イメージ練習が報告されている1).運動イメージとは運動のシミュレーションであり,実際の運動を脳内でイメージすることである.運動イメージ練習は単に運動イメージの繰り返しによって運動イメージ能力が向上する2)が,運動イメージの難易度によって運動関連領域などの脳活動量が異なるのかは明らかではない.本研究の目的は,運動イメージの難易度が一次運動野領域の脳活動量に与える影響を検証することである.
(研究方法)
対象は健常成人21名(平均年齢: 22.0 ± 3.0歳)の左上肢であった.
運動イメージ課題は1. タッピング(120bpm)と2.シークエンスタッピング (120bpm)とし,それぞれ視覚的運動イメージと筋感覚的運動イメージを実施させた(合計4課題).イメージの順番はランダムとした.
測定は32チャンネルの脳波計(BIOSEMI Active Two System)を使用し,ブロックデザインを用いた.ブロックデザインは安静―課題を繰り返すデザインとし,課題は各条件を5セットずつ実施した.対象者は椅子に腰掛けて,前方のモニターに映し出される指示に従い,運動イメージを行った.脳波の被験者間のチャンネルの統一には10-20法を用い,関心領域は全脳とした.周波数はα(8-13Hz)とβ帯(14-30 Hz)域とした.
脳波の解析はEEGLABを用いた.各条件の生データをフィルタ処理後,4秒のエポックに区切り,独立成分分析を実施した.その後,関心領域の周波数解析を実施した.
また,どの程度鮮明にイメージできたかをVisual Analog Scale (VAS)を用いて,各課題後に聴取した.
統計学的処理について,脳波はEEGLABを用いて比較した.VASはボンフェローニで補正したt検定を用いて比較した.
(結果)
VAS(運動イメージの鮮明度)はシークエンスタッピングの視覚的運動イメージはタッピングの視覚的運動イメージよりも鮮明度が有意に低かった(P=0.004).さらに,シークエンスタッピングの筋感覚的運動イメージはタッピングの筋感覚的運動イメージよりも鮮明度が有意に低かった(P = 0.016).
筋感覚的運動イメージのシークエンスタッピングはタッピングと比較し,α,β帯域ともに左半球の一次運動野領域の活動が低かった.視覚的運動イメージのタッピングとシークエンスタッピングともに,α帯域では一次運動野の興奮性が高かったが,β帯域では左半球の後頭領域が活動した.
(考察)
結果より難易度の高い筋感覚的運動イメージのシークエンスタッピングはタッピングと比較しイメージの鮮明度が低く,一次運動野領域の活動が低かった.先行研究では実際の運動が困難なほど難易度が高い運動イメージは一次運動野の興奮性は低く,代償的に他領域が活動することが報告されている3).本研究は先行研究3)を支持するものであった.運動イメージ練習は鮮明に,かつ難易度が高すぎないイメージを用いることが一次運動野の興奮性を高める上で重要であることが示唆された.
(倫理規定)
本研究は東京都立大学荒川キャンパス倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:20101).