2025 年 16 巻 1 号 p. 1_162
(緒言)
新型コロナウイルス(以下,コロナ)の流行により,緊急事態宣言の発出や外出自粛要請など住民の生活を変化させた.高齢者はウイルスの直接的な影響とコロナの流行による活動制限の間接的な影響の両方に対して脆弱とされ,コロナ流行下の生活習慣の変化やストレスレベルの上昇により,健康リスクが高まることが懸念されている.
先行研究では,コロナの流行が高齢者の顕著な体力低下につながることや1),活動制限による抑うつ,睡眠障害,孤独感が増加する等の知見が蓄積されつつある2).しかし,身体的または精神的健康への広範な影響に焦点が当てられたものが多く,血圧やコレステロール等の健康指標への影響は十分に明らかになっていない.また,コロナ流行前と流行下の高齢者の健康状態を比較した報告も少ない.
本研究は,2018年から2021年までに毎年受診した高齢者の健診データを分析し,コロナ流行による健康指標の変化を明らかにする.
(研究方法)
2018年から2021年までA市で特定健康診査及び後期高齢者健康診査(以下,健診)を毎年受診し,データを研究に用いることに同意が得られた65歳以上の健診データを対象とした.コロナ流行前の2018年と2019年,コロナ流行下の2020年(9月から10月に受診)と2021年の4地点のデータを使用した.各年の年齢の不一致(17名)や受診間隔が10ヶ月未満の者(332名)は除外した.最終的な分析対象者は男性656名(平均年齢±標準偏差:72.6±5.1歳),女性602名(71.8±4.8歳)であった.
健康指標は,各年のBMI,収縮期血圧,拡張期血圧,HDLコレステロール,LDLコレステロール,中性脂肪,AST,ALT,γ-GTP,HbA1cとし,4地点の中央値を男女別に比較した.各年のデータの比較には,Friedman検定を用い,有意水準はBonferroni法を使用して補正した(p<.0083,.05/6).
(結果)
男女ともに収縮期血圧,拡張期血圧,AST,HDLコレステロールは,コロナ流行の影響を受ける前の2018年から2019年にかけて加齢変化に伴う有意差は見られなかったが,これらの指標はコロナ流行前の2018年や2019年と比べて,コロナ流行下の2020年や2021年に有意に上昇していた.女性のみの所見として,ALTが2018年,2019年に比べて,2020年,2021年に有意に上昇していた.HbA1cは男女ともに経年で増加していたが,コロナ流行前と流行下に有意差は認めなかった.BMIや中性脂肪,LDLコレステロール,γ-GTPに関しても,コロナ流行前と流行下にて有意差を認めなかった.
(考察)
2018年から2021年にかけて65歳以上の高齢者の健康診査を分析した結果,男女ともにコロナ流行前と比較し,コロナ流行下に血圧,AST,HDLコレステロールが有意に上昇し,女性ではALTの上昇が確認された.これらの変化は,コロナ流行下による生活習慣の変化やストレスの増加と関連している可能性があり,他の研究の結果と一致している3).
成人を対象とした先行研究ではBMIや体脂肪率の増加が報告されているが3),本研究の高齢者においてはコロナの流行前と流行下において変化はみられず,異なる傾向も確認された.選択バイアスや交絡因子を考慮したさらなる研究が求められる.
本邦では感染拡大防止の観点から,健診の一時的な自粛が要請され,各自治体は対応を求められた.今後,パンデミックにより社会生活が変化した際に高齢者の健康状態を把握し,その対応方法を検討していくことは重要と考える.
(倫理規定)
本研究は,本学の研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:2023-08).