抄録
明治39年4月,遠山が「一種の褐色円形落屑性皮膚病に就いて」其の6例を擧げて論説し後日此を連圏状粃糠疹と命名したが,次で同年6月,松浦も同一の疾患を正円形粃糠疹なる標題のもとに発表した.爾来その初頭には本症の成因檢索に力める者が輩出したがやがて当疾患への関心も次第に逓減するに到り,唯僅かに症例報告が散見されるに過ぎぬ儘に略々50年を経過した.茲に私は本症が諸外國に於て反響の殆ど悉無なのは勿論,本邦に於てさえその成因に確たる定説もないまゝに放置されてあるのを遺憾とするものであり,まず本編に於ては諸先学の発表にかゝる158例並びに自驗例及び諸機関より提供せられた未発表症例24に依る統計的観察を試み聊かの知見を分析し得たと信ずるので報告する.