今やマクロ生物のモニタリング手法として欠かせないものとなった環境 DNA 分析は,1987 年に微生物を対象として初めて実施が報告され,その後は古代 DNA の解析にも用いられた.2008 年の Ficetola らの研究は,水からウシガエルの DNA の検出に成功し,原生のマクロ生物の分布調査に革命をもたらした.同時期に日本でも独自に環境 DNA の研究が進められ,日本の研究者たちは多くの重要な成果を上げてきた.特に,Takahara らの環境 DNA の定量に関する研究や,Miya らの魚類環境 DNA メタバーコーディングプライマー「MiFish」の開発は特筆すべき成果である.環境 DNA 分析は,現場での作業が簡単で専門性を必要としないため,大規模なモニタリングに特に有効性を発揮する.日本では,全国沿岸での一斉調査や ANEMONE プロジェクトなどが実施され,多くのデータが蓄積されている.環境 DNA 分析は,水から DNA を取り出す方法が主流であったが,近年では水中堆積物や植物体の表面など,さまざまな媒体から DNA を抽出し,マクロ生物の情報を得る取り組みがなされている.また,感染症の監視や生物の繁殖行動の時空間的な把握への応用も進んでおり,感染症の予防や制御,繁殖行動の詳細な理解に基づく希少生物の保全などに役立つことが期待されている.ただし,環境 DNA 分析にもいくつかの課題がある.最大の課題は,リファレンス DNA 配列データベースの充実度と正確性であり,環境 DNA が示す時空間的な範囲の不確定性も大きな課題である.環境 DNA 分析はまだ若い技術であり,さらなる研究と技術開発が必要である.また,環境 DNA 分析は直接採捕の代替ではなく,生物モニタリングの基本を疎かにしないことを忘れてはならない.次世代に生態系の豊かさを伝えることも保全のために重要である.